退治屋の里に戻ると、珊瑚とかごめが亡くなった退治屋たちの墓の前にいた。
まだ安静にしていなければならないはずなのだが、どういうことだろう。
「かごめー、もう珊瑚さんはいいの?」
「ん……ダメなんだけど。」
「あんたら四魂の玉について知りたいんだろ?」
座っていた珊瑚が顔を上げて言った。きっとかごめが言ったんだろう。
「おう、そうだ。」
犬夜叉が頷くと、珊瑚がふらっと立ち上がり、彷徨うように歩き出した。
「珊瑚さん?」
「珊瑚でいいよ。」
かごめの呼びかけに珊瑚は立ち止まる。
「みんなの弔いもしてもらったし……教えてあげる、四魂の玉の出来た理由。」
四魂の玉について
犬夜叉が珊瑚を背負い、珊瑚の言うとおりに進んでいくと、鍾乳洞に行きついた。
ここは女性のミイラがあった鍾乳洞。あのミイラの姿を思い出し、少しおびえる。本当は入りたくない。
が、こんなところでぐずっている場合ではない。さりげなく弥勒に近寄って、袈裟の裾を気づかれないように
つかむ。
「あんたたち、この鍾乳洞の奥にあるもの、見たんだね?」
「おー、あれは妖怪のミイラか?」
「そう、それも無数の妖怪が一つにかたまって力を増したもの……竜や土蜘蛛や鬼なんかがね。
たった一人の人間を倒すために。」
奥地にたどり着いた。静寂の空間に、相変わらずミイラがたたずんでいた。かごめが懐中電灯で照らしだす。
照らす出されたその姿はあまりに不気味だった。
「そして妖怪どもはその人間に食らいついた。」
「ではこれはやはり人間……」
弥勒がミイラを見上げながらずい、と一歩前に出る。気づかれないように袈裟をつかんでいるため
も進まざるを得なく、一緒に進んだのだが、突如弥勒の手が袈裟をつかむ手を解いて、
さっとの手を取った。あまりにさりげなく、あまりに突然だったためは何も声が出ない。
相変わらず弥勒はミイラを見上げていて、とても強引に手をつかんだとは思えない。本当に弥勒の手なのか?
と疑い確認したのだが、やはり弥勒の手だ。なんだかドキドキする。
「古い鎧をまとっている……昔の武将ですか?」
「違う、それは女の人だよ。何百年も昔の巫女だって。」
巫女、という言葉にかごめがどきっとした顔になる。
「なるほどな、妖怪相手なら、巫女は妖怪百人分くれえ強いからな。」
なんだか桔梗みたいだ、とは思った。彼女も生前ずっと妖怪と戦っていた。
と、犬夜叉とともに。
「まだ貴族が治めていたころ、戦や飢饉が重なって人がたくさん死んで、死体や弱り切った人間を喰らいながら
一気に妖怪が増えていったんだって。いろんな坊さんや武将が妖怪退治してたらしいけど、中でも翠子という
巫女は妖怪の魂を取り出して清める術を使い、十匹の妖怪を一度に滅するほどの霊力を持っていた。」
人間でそんなに強大な力を持っていたなら、妖怪からしたら物凄い脅威だろう。
「魂を取り出して清める?」
かごめが尋ねる。
「うん、なんでもこの世のものは人間も動物も木も石も、四つの魂でできてるんだって。」
四つの魂―――四魂。
頭の回転は遅い方だが、それくらいはぱっと理解した。
「神道のひとつの考えですな。四魂とはすなわち、荒魂、和魂、奇魂、幸魂、これがそろって一霊
となり肉体に宿ったのが心であると。荒魂は勇であり、和魂は親、奇魂は智、幸魂は愛をつかさどる。
これら四魂が正しく働いた一霊は直霊といい、人心は正しく保たれる。」
は最初はちゃんと聞いていたのだが、段々と聞いていても理解できない領域にまで行ってしまったので
聞いてはいるが、理解しようとするのをやめた。
「……それで?」
犬夜叉もぽかーんとした顔で先を言葉をせかす。
「悪行を行えば四魂の働きは邪悪に転がり、一霊は曲霊となり、人の道を誤ります。」
弥勒は本当に法師なんだ、とは思った。
「……つまり?」
噛み砕いた言葉で、わかりやすく伝えてほしいので、肝心要の部分、つまり、何が言いたいのか、ということを
尋ねる。
「人の魂は良くも悪くもなるってことだよ。」
珊瑚が答えてくれた。
「とにかく翠子という巫女は、四魂を浄化し、妖怪を無力化する術を心得ていた。だから妖怪どもは翠子を恐れ
命を狙い始めた。だけどやみくもに襲って浄化されてしまう。だから翠子の能力に打ち勝つ巨大で邪悪な
魂を持つ必要があった。だから妖怪たちが一つになった。」
「どうやって……?」
「見てごらん、あそこ。」
珊瑚の視線の先を見ると、一人の人間が組み込まれていた。
「あれも人間?」
「翠子をひそかに慕っていた男がいたんだって。妖怪たちはその男の心の隙に付け込んで、憑りついた。」
この話……どこかで。
「たくさんの妖怪がひとつに固まるには、邪心を持った人間をつなぎに使うのが一番簡単なんだって。」
心当たりがありすぎて、はつながれた手をぎゅっと握る。するとそれに応えるように弥勒も強く握ってくれた。
「今の話、まるで奈落だね……。」
はぽそっとつぶやいた。
「野盗鬼蜘蛛が妖怪どもに体を差し出し、奈落に生まれ変わった成り行きと同じではないか。」
「奈落が?」
弥勒の言葉に珊瑚が反応する。つい先日身内を殺されたばかりなので奈落に対する憎悪は計り知れないだろう。
そしてここにいる人たちはそんな憎悪をだれもが抱いている。
「続きを話せよ珊瑚。この巫女は妖怪に勝ったのか、負けたのか。」
「戦いは七日七晩続いたんだって。そしてとうとう翠子は力尽きて体を食われ、魂を吸い取られそうになった。」
「そのとき翠子は最後の力で妖怪の魂を奪い取って、自分の魂に取り込み、身体の外にはじき出した。
そして妖怪も翠子も死に、魂の塊が残った。それが四魂の玉。でも肉体は滅びても。四魂の玉の中でまだ
妖怪と翠子の魂は戦い続けてるんだって。」
おとぎ話のような話ではあるが、ここに残るミイラがそれを本当の話だと物語っている。
「四魂の玉は持つ者の魂によって、良くも悪くもなるらしい。妖怪や悪人が持てば穢れがまし、
清らかな魂を持つものが手にすれば浄化されると。何百年の間、四魂の玉はいろんな妖怪や人間の手を
転々とし、あたしのじいさんの代にこの里に戻ってきた。」
「戻ってきた……?」
「退治した妖怪の体から出てきたんだよ。爺さんもその時の傷がもとで間もなく死んだけど。でもその時はもう
四魂の玉はひどく穢れていて、霊力の強い巫女に託したんだ。」
その巫女が桔梗。
「桔梗が浄化させたから、奈落が生まれた?」
「恐らくそうでしょうな。奈落は玉を穢したがっていた。」
「玉が、繰り返させているんだ。」
四魂の玉の中に眠る魂たちが繰り返させる悲劇。
桔梗は玉を持ったまま死んだ。それですべてを終わらせようとしたのだ。しかし玉は時を超えて戻ってきてしまった。
かごめとともに。時を超えてなお、繰り返そうというのか。四魂の玉は。
「けっ、俺たちのほうが玉に操られてるみたいじゃねえか。冗談じゃねえ。玉の因果でひでえことが
繰り返されてるんなら、そんなもん俺がこの手で断ち切ってやる。」
犬夜叉が精悍な顔で言った。