川上へ上れば上るほど霧が濃くなっていった。
「すごい霧……先が見えないや。かごめ、ここで問題!霧は英語で?」
「fog!」
「正解!!これで模試は大丈夫だよ。」
「あんたねー……」
二人で笑い合う。と、そのとき、微かに声が聞こえてくる。
「おーい…」
「誰かー…」
どんよりとした声に華やかな笑い声は瞬時に止まる。
声のしたほうを見ると、大きな木が見えた。どうやらその木から聞こえているようだった。
木に駆け寄ると、驚くべき光景が広がっていた。
「首が……成ってる……?」
は硬直した。
流れてきたときは、首のまま生まれたんじゃないかと冗談半分に考えたが、まさか本当に成っているとは……。
皆一様に目を瞑り、少し苦しそうな表情であった。
「話を聞いてみましょう。」
弥勒が少し歩き、白髪で皺の目立つ老人に「もし、」と声をかける。
「どうなさいました?あなた方は一体……」
「……仙人に、喰われました。」
ぽつり、力なく老人は言った。
「仙人だとぉ?妖怪じゃなくてか?」
犬夜叉は不思議そうに尋ねる。
大抵こういった出来事は四魂のかけらを持った妖怪の仕業であることが多いため、
仙人と答えられたのが意外なのだろう。
「わしらは昔、この世に疲れて村を捨てたものたち……この山は仙人の住むこの世の極楽だと聞いて、
そして桃果人と名乗る仙人に……喰われました……。」
老人の言葉に胸が痛んだ。
歴史に詳しいとは言えないでも、この時代の農民の暮らしが困窮極まっていたことぐらいわかる。
「けっ、ばっかじゃねーのかおめーら。甘い話に乗せられやがって。」
犬夜叉の非礼な発言にかごめはたしなめるように名前を呼び、七宝は軽蔑するようにじっと横目で見上げ、
は頬をつねり「こら」と眉を寄せ、弥勒は錫杖で一殴りし、「それが気の毒な方に対する口の利き方ですか。」
と一蹴した。チームワークは完璧だ。
「すみません。」
かごめが代わりに謝ると老人は「いえ…」と返す。
「ちなみに、助かる方法はないんですか……?」
がおずおずと問う。
「わしらはもう……だが、まだ喰われていないものたちがいるはず。せめてそのものたちだけでも……。」
老人の不運に胸が再び痛んだが、
不意に空から何かが落ちてくるのでそれに注意がいった。
「人の骨じゃ!」
骨に木の根が巻き付き、吸収すると、枝から人の顔がゆるりと生えてきた。
「その骨の主の顔です……。わしらの首は人面果と称されて桃果人の不老長寿の薬となる…」
聞けば聞くほど仙人とは思えない所業。
犬夜叉はけっ、といつものように吐き捨て骨が落ちてきた上空を見据える。
「どう考えてもたちの悪い妖怪じゃねぇか!さっさと片付けてくらぁ!」
地面を蹴り、崖を使いながら上へ飛び上がっていく。
「待て犬夜叉!我々も一緒に……」
「てめえらいちいち崖の上まで運んでたら日が暮れちまうわ!そこで待ってろ!」
そういって犬夜叉の姿は霧で見えなくなった。
「そんな……」
かごめが愕然とする。
犬夜叉が自分達を置いていくなんて考えられないのだろう。も少し妙だと感じた。
「…日が暮れる前におわらせたいのではないか?」
七宝が声を潜めて言う。
「今日は朔の日じゃ。」
「朔の日?!」
ばかみたいに大声でが聞き返す。
「そうじゃ」
七宝が頷く。
なんてことだ。そろそろだとはおもっていたが今日だとは。突然すぎてなんの心構えもできていない。
自分は今夜妖力が不安定になる――
スーパーマで例えるならもうマのストックが残っていない状態。(たぶん。)
今までは命が危険に曝されても"覚醒するから大丈夫"と少したかをくくっていたが、ただの人間でしかなくなる。
少し前までただの人間だったくせに、と自嘲気味に口元を釣り上げた。
そんななか、犬夜叉は一人妖怪に立ち向かってる。すごい勇気だ。
へたすれば人間になって殺されてしまうかもしれない。
――犬夜叉は遠い明日をどんな気持ちで待っていたのだろう。
は霧の立ちこめている虚空を見つめた。
仙人か妖怪か