「犬夜叉を一人で行かせてよかったのでしょうか」

橙色が空を彩り、鳥が群れをなしどこかへと飛んでいく。
昨日の村への道を辿っていたなか、弥勒がぽつり、そんなことを口にした。

「犬夜叉きっと……まだ桔梗のこと好きなのよ」
「は?」
「だから、あたしたちはいないほうが…」
「ちょっと待て。犬夜叉は妖怪退治に行ったのではないのか?」

七宝が疑問を口にする。確かに、言われてみればそのうな名目だった。

「そ、それは」

かごめが口籠もる。

「私にはわかるような気がします。」
「…と、いうと?」

が聞くと、弥勒は遠くへ目を馳せて語りだす。

「昔、惚れたおなごが変わり果てているかも知れぬ。だとすればそのような姿、他人の目に触れさせたくない……」

何を思い出しているのか、やけに感情を込めて言う弥勒に、
はなんだかいい気がしなかった。

「それで、思ったより悪くなかったらどーするんじゃい。」

七宝が尋ねると、弥勒はきっぱり

「私なら、とりあえずよりを戻しちゃいますけど。」

と言い放った。

「へぇ……そういうもん?」

そんな弥勒を、かごめがひどく冷涼な目で射ぬいた。

「いま、大変冷たい目で射ぬかれたような……」
「気のせいじゃないんじゃないかな?」
…?頼みますからその軽蔑しきった目、やめてください。」

ああ、なぜか自分までいやな気分だ。
弥勒は昔惚れた女とよりを戻すらしい。ただそれだけのこと。
には何も関係ないはずなのに、無性に腹が立つ。

、怒りました?」
「……。」

それまで弥勒の隣を歩いていたが、意図的に少し前を歩いていると、
どうやら弥勒はの心持ちが穏やかでないことに気付いたらしい。

「私は今はしか見えませんよ。もしも私が犬夜叉の立場だったらの話です。」
「別に、弥勒がどうだろうと関係ないよ」
「そう、ですか。」

淋しそうな響きを含んだ弥勒の言葉は、の心にちくりと針を刺した。
関係ないなんて言うつもりじゃなかった。
弥勒の言動に揺り動かされることが度々あるくせに、口から素直なことがちっともでてこない。

「…かごめさま、犬夜叉を追い掛けますか?」

先程口をついてでた言葉を弁解するまえに弥勒がかごめに尋ねた。
その瞬間、弁解のタイミングが永遠に失われたような気がして心が沈んだ。

「いやよ、なんであたしが…」

言い掛けて、ざわっと空気が騒つく。急に妖気のようなものが、溢れた。
すると、昨夜見失った妖怪が魂を持ってふわふわと頭上を通っていく。

「あれは!」
「ええ、おいましょう!」

妖怪を追い掛け走る。

「今日は逃さないようにしないと!」
「ええ。…っく!」
「ふぎゃ!」
「わっ!」

ばちっと身体に微量の痛みが走り、進行を阻まれる。どうやら結界が貼られているようだった。

「…かごめが、いない」

まわりを見れば、弥勒と七宝としか残っていなかった。

「かごめさまだけ結界を通れたのでしょうか。」
「…もしかしたら、桔梗さんが張った結界だからかごめだけ通れたのかも」
「成る程、一理ありますな。」
「…ここでまってようか。」
「ですね」

三人は結界の前で待機することにしたが、少しだけ気まずい。

『私なら、とりあえずよりを戻しちゃいますけど。』

弥勒の言葉がよみがえる。だって人並みに恋をしてきたから、この気持ちが何であるかくらい見当が付く。
しかし、恋人でもないのにそれを抱くのに抵抗があるし、抱いていること自体が嫌だった。

「もしさ、」
「ん?」

気まずさを紛らわすために話題をふる。

「かごめと犬夜叉と桔梗さんが鉢合わせしたらどうなるのかな」
「それは気まずいですな」
「おら想像しただけで怖い…」

確かに、恐ろしいことになりそうだ。それに犬夜叉の対応も気になる。
桔梗は土でできた人とも違う存在。だが、確かに愛した人。人間になり、共に生きたいと願った人。
かごめは生きて、いまの犬夜叉を支える大事な人。

「弥勒は…」

どっちを選ぶ、と聞きかけ、慌てて口をつぐむ。
先ほどよりを戻すと聞いたばかりだった。

「私は」

目の前にいた弥勒がの手を取りにっこり微笑む。

を選びます。」




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