「やだ、帰る……。」
涙すら薄ら浮かべ、近くにあった柱に隠れる。
弥勒は、やれやれ、とため息を吐いた。
「ではずっとそこにいてもいいのですよ。」
は人の悪い笑みを浮かべた弥勒のそばに急いで駆け寄った。
「や、やだ!おいてかないで!」
「冗談ですよ。を置いていくわけがないじゃないですか」
とたんに、仏のような慈悲に溢れた笑みに変わる。
「これぞ飴と鞭…を骨の髄までがっつりいただきます。」
「声に出てるぞ弥勒」
いやらしい弥勒の思惑は言葉になってついてでたが、極度の緊張状態にあるには聞こえていなかった。
この村では最近、死んだ娘の魂を妖怪がどこかへ持っていってしまうと言う不可思議な現象が起こっているらしい。
法師である弥勒に泣き付いてきた地主はつい先程娘を亡くしてしまったらしく、お祓い、もしくは
妖怪の退治を頼まれたのだった。お化けなどの類の話が大の苦手であるは断固反対で、
他の宿に泊まると言ったのだが、「事件は村全体で起こっているのですよ」という言葉に、同行を決意したのだった。
いま犬夜叉とかごめは亡骸の見張りを、と弥勒と七宝は屋敷の見回りをしたのち、妹の護衛をする予定であった。
「大丈夫じゃ、おらがついとる!」
「七宝……ありがとう!頼もしい!」
弥勒の肩に載っていた七宝をぎゅっと抱き締めた。
小さくて暖かい七宝を抱き締めているとなんだか安心する。
「七宝…お前……。」
弥勒はきっと七宝をにらみつけた。
「あーなんか安心するなぁ。」
ほんわかした顔で言うと、
「私が代わりに抱き締められましょうか」と弥勒が爽やかな笑顔で言ったので、丁重にお断わりした。
+++
「あ〜ん怖い〜法師さまぁ」
「私は貴女が怖いです…!」
「……あんまり似てないみたいだね、妹さん。」
「父親似じゃな」
「ふふ、いい気味だよ。」
せせら笑う先には、亡き姉とは全然顔が違って、平安美人といった感じの妹に抱きつくというかしがみ付かれている。
生まれてくる時代を間違えてしまったのだろう。
きっと弥勒は姉同様綺麗だと踏んでやってきたのだろうから、からしたらざまあみろ、といった感じだ。
先ほどより格段と落ち着きを取り戻しただが、七宝はまだ胸の中だった。
「…」
すがるような目で見られるが、はニコッと笑ってすませた。と、そのとき、なにやら遠くが騒がしくなる。
外を見れば魂のようなものを抱えて空をふわふわ飛んでいく妖怪が数匹居た。
慌てて廊下に出ると、犬夜叉とかごめも出てきた。少し遅れてずるずると妹を引き連れながら弥勒が出てきて、
「おいましょう」とひどく疲れた様子で言った。
「どうしたんでい?」
犬夜叉が不思議そうに言った。
+++
「ねえ、行こうよ」
川のせせらぎをバックにかごめが言うが、犬夜叉も弥勒も取り合おうとしない様子だった。
も一緒で、お化け退治関係のことなんてもう御免だった。
後に聞いた話だと、亡き姉が急に宙に舞い上がったらしいではないか。想像しただけで恐ろしい。
「どこに?」
「だから、昨日の妖怪よ!」
「やなこった。」
「…すっかり撒かれたもんね。」
あのあと妖怪を追ったのだが、妖怪が突然消えたのだ。それ以降結局妖怪は見つからなかった。
依頼である娘の魂を守ることは完遂したのでひとまず屋敷を出て、近くの川辺でぼんやりしていた。
「娘さんたちの魂を取り戻しましょうよ!」
「ただの人助けじゃねぇか。四魂のかけらが取れるわけでもないし」
気の抜けた目を川の流れにやり、身も蓋もないことを言う。
確かにこの旅の目的は諸国漫遊をし、困った人を助けていくという水戸黄門的なものではないのは確かだ。
だが、
「そういう損得勘定ばっかしてると卑しい人間になるよ」
「俺は人間じゃねぇっつうの!大体、だっていやなんじゃねぇのかよ」
「そりゃあお化けはいやだけど…でもなんか後味悪い気がしない?なんで娘の魂をとっていくのかわからずじまいなんて」
「でしょー。ほら、もこういってんのよ。」
「わたしの予想は、中年妖怪がウハウハするためにやってると思うの。どう思う弥勒。」
「許せませんな…おなごの、いや全人類の敵といえましょう。」
至って真面目な顔でと弥勒は語り合う。
「かごめ、乙女の、いや全人類の敵を倒しに行きましょう!」
「そ、そうね。ほら犬夜叉は?」
「(女の敵=の敵…)しょ、しょうが……。」
「なにかしらあれ?」
「って聞いてんのか!?」
犬夜叉の言葉を聞くのをやめてかごめが川をじっと見つめる。
と弥勒も立ち上がり視線の先を見れば、なにやらぷかぷかと浮いていて流れている。
「あれは……なにかな」
は目を凝らす。
「タコじゃ」
と七宝が言い、
「人でしょう」
と弥勒が言った。
「助けなきゃ!」
妙に冷静な弥勒に変わり、かごめが言う。
なんと人が川を流れていた。
犬夜叉は舌打ちをして川へ入りその人を担ぎあげ、地面に寝かせた。袈裟をまとった坊主であった。
魂の行方
「人工呼吸とか必要かな?」
「あたしやったことないわ…名前は?」
「ないない。」
「、気絶しているだけです。人口呼吸の必要はありません。しかし、うなされているようですな。」
確かに呻きながら眉を寄せている。そしてうっすらと目が開かれた。
「っうわああああぁ!!!」
「きゃああああああ!?!」
覚束ない視線でかごめを捉えたと思ったら、坊主は目をかっと見開き、勢い良く後退りした。
かごめは咄嗟に犬夜叉の影に隠れ、は坊主に負けないくらいの悲鳴をあげながら、
坊主とは反対の方へ逃げようと思い後ろに身体を反ったため、後ろ座っていた弥勒の胸元に頭をぶつけた。
「な、なによー」
かごめの声に坊主はあ、と幽かに声をあげた。
「す、すみません…そちらのお方が妖怪に似ていまして…」
「かごめが?」
は起き上がり体勢を整え、怪訝そうに眉を寄せた。
「まー失礼しちゃう。」
「ならまだしも、かごめさまが?」
「人の姿をしていたが…恐ろしい化け物でございました。あの巫女は…」
かごめに似た巫女ーー
「あの巫女は法力を跳ね返して、私の師匠を殺した…名は確か、桔梗と…」
「なっ…てめえ!」
犬夜叉が坊主の胸元を掴んだ。
「でたらめ抜かしやがると…」
「嘘ではない!その女はおびただしい人魂を呼び集めて…」
人魂を呼び集めてーー
昨夜の出来事が頭によみがえった。もしかしたら、一連の事件の犯人というのは、
「犬夜叉、確かめに…」
かごめは犬夜叉の表情を見て言葉を止めた。
「…おまえらは、先に戻れ」
「な、なにいって」
「一人でいきてえんだ」
かつて愛した女。
憎しみながら決別した女。
しかし憎しみは何者かに仕組まれたもので。
――やはり、大切な女性なのだろう。
かごめの犬夜叉を見る表情が痛々しかった。
「……そう。」
やっとこさ出てきた言葉。それから暫く、流水音だけこの場を支配した。