「七宝、結局のところ犬夜叉は誰が好きなのでしょう。」

前を歩く、かごめ、犬夜叉の姿を見ながら弥勒が言った。

「難しいところじゃな。」

子供相手に話す話題でもないのだが、七宝はその話題に乗った。

「見たところかごめさまは犬夜叉のことを好きそうだから、くっついちゃえばいいのにな。」
「しかし犬夜叉も浮気者じゃからな……結局誰が好きなのかのう。
 おらは多分、桔梗のことを想いつつ、が気になる。でもかごめも必要。みたいな感じだと思う。」

鋭い七宝の予想に弥勒は感服する。あながち見当違いでもなさそうだと感じた。

「ちくしょう……もしが犬夜叉を好きになったらどうするか。」

がかごめの制服の裾をくいくいと引っ張り空を指した。かごめが首を横に振る。

は微妙じゃのう。誰を好きとか、まだなさそうじゃ。」
「手厳しいなあ……。」

は今度、犬夜叉にたいして空を指し何かを言っている。

「弥勒はが好きなのか?」
「ああ、この上なく。」

犬夜叉は腕を組み、頷いた。どうやら犬夜叉には伝わったらしい。

は知っているのか?」
「知ってる。返事は次どこかで会ったときなんて言ったんだが、こうしてともに旅をしているからもらえていない。」

犬夜叉とがタッグを組み、かごめと対立しながら笑っている。

「一目惚れなのか?」
「まあそんな感じですな。俺はこの人に会うために生まれたんだ!くらい感じた。」

あのときの胸の痺れをまだ覚えている。
四魂のかけらを盗みにいったのにに心を一瞬で掠め取られてしまった。
顔が好みだとか、そういうちんけな理由じゃなくて、理由なく目を奪われた。
しかしたとえあのとき惹かれなくとも、ともに旅をしていれば遅かれ早かれ恋に落ちるのは時間の問題だったろう。
それくらい弥勒にとって魅力的な女性だった。

「弥勒は軟派なものだから、本気と取られてないのかもしれないの。」
「……そうかもなあ。」
「その点犬夜叉は硬派じゃから、とられんようにな。」

気を付けないとな、と心底感じたそのとき、くるりとが振り返り、「弥勒ー!」と呼んだ。

「きてきて」

手招きに誘われて弥勒は小走りの隣にやってきた。

「あの雲、七宝に似てるよね?」

至極楽しそうに言われれば、こちらまで楽しくなる。
弥勒がの笑顔を眺めている間に七宝が「似とらん!」と一蹴した。「えーそうかなあ」とは不服そうだ。

「……弥勒、見てっていったのは雲。わたしの顔じゃないよ。」

照れてるのか、ほんのり頬を染めて言い、ぐい、と無理矢理顔を空へ向かされた。
確かに、七宝に見えなくもない雲が空を漂っていた。

「微妙、ですなあ」
「そうよねーっ!」

かごめが同調した。
するとかごめと弥勒の間にいたはすっと犬夜叉の隣に移動した。

「犬夜叉、さきいこ。」
「おう。乗りな。」

が犬夜叉の背中に搭乗すると、「先にいったところでかけら見れないでしょ」とかごめに言われ、
走りだそうとした犬夜叉足は見事に踏みとどまった。

「ちっ、この女」
「いつからそんな意地悪になったのかな……。」
「あんたたちよりましよ!」

弥勒は会話を聞きながらある仮定をした。もし、七宝の言ったとおりの関係だとしたら。
このかごめの笑顔の裏には何があって、犬夜叉は今何を想っているのだろう。
そしては――

「ねえ犬夜叉……わたし、犬夜叉のこと」

唐突にトーンを落としたの言葉に弥勒は焦りを感じた。勝手に"好き。"、という言葉が弥勒のなかに付け足される。
まさか、と思いつつ、早くなる鼓動が抑えられない。
ちら、と横を見ればかごめも犬夜叉もそれぞれ腹に何を抱えているかは違うだろうが、
同じように次の言葉を心待ちするかのような表情だった。

「……なんでもない。」
「なっなんでい!言えよ!!」
「あとで言うよ。さっ、きびきびあるきたもれ〜」
「たっ、たく、今日だけだぜ」

前方を指差し楽しそうには笑う。
でも楽しそうなのはと犬夜叉だけで、かごめも弥勒も、七宝まで複雑な面持ちだ。

もし、の想い人が犬夜叉だったら……。

その可能性はどこまでも弥勒を苦悩させた。




弥勒の憂鬱