『なぜ半妖がいやなのですか?』

麗しい、だがどこか可愛らしい耳の尖った男
――が問えば、少し幼い犬夜叉は不機嫌そうに眉を寄せた。

『俺は妖怪になりてぇんだ。親父みたいな、みたいな、強い妖怪に!』
『だから半妖が、人間がいやだと。』
『そうだよ。』
『ですが母君のことは好きでしょう?』
『………まあな。』

は例の穏やかな笑みを浮かべた。

『私はね、半妖とは素敵な存在だと思っている。』
『そんなのほんとの妖怪だから言える言葉だ!が半妖だったら絶対に妖怪になりたいと思うはずだぜ!』

犬夜叉の瞳には悔しさが籠もっていた。
力がないこと、混血だということが心底嫌なのだろう。は困ったように眉を下げた。

『ですが人間でも妖怪でもないのなら、きっと架け橋になれます。』
『なりたくもねぇ!』
『むぅ、犬夜叉にしかできない素敵なことなのですが。』

淋しそうに笑うに犬夜叉の表情が揺らいだ。
そんな顔にさせたいわけじゃなかった、と後悔しているようだ。

『……考えがあめぇんだよ。』

それでも口下手な犬夜叉は悪態を続けてしまう。
だがそれを包み込むような穏やかな微笑みをは浮かべた。

『柔軟な発想だといってください。』
『柔軟すぎだっつうの……。』

くしゃ、と犬夜叉の頭を撫でる。

『犬夜叉が思っている以上に半妖とは素晴らしい存在です。それを忘れないでくださいね。』
『へーへー。』

頭を撫でられるのが心地よいのか、満更でもない顔で犬夜叉は相槌を打つ。

『そうだ犬夜叉、あなた四魂の玉を欲しがっていましたね。』
『ああ、もしかしてなんか知ってるのか!?』
『ええ。紹介したい人がいます。』

(犬夜叉、あなたはもっと人間を知るべきです。)

の心の声のようなものが聞こえてきた。

(桔梗と犬夜叉の出会いはきっと互いにとって有益なはず)



彼が二人を引き合わせたのか。と、思い瞬くと、視界が変わっていた。
いつも彼と会う場所であった。

『たびたび夢のなかに現われてすみません。』

申し訳なさそうなが目の前にいた。

『夢でないと語り掛けることができないんです。』
「そうなんですか」
『私が桔梗と犬夜叉を引き合わせたのは間違いだったのかもしれません。』

憂いを帯びた表情をした。

『彼らは似ていました。人であって人であってはいけない桔梗と、妖怪でも人でもない犬夜叉。
二人が出会えばきっとわかりあい、新しい道を切り開ける。そう思って会わせたのですが……。』

鬼蜘蛛という男の登場によってそれは打ち砕かれた。

は鬼蜘蛛という男の存在はご存知でしたか?」
『いいえ、彼が逃れてくる前に私は死にましたので皆目。まさかそんなことが起きるとは。』

苦々しい表情で眉を寄せた。
が生きていれば何かが変わったかもしれない。

「でも、起こってしまったことはしょうがないですよ。」
『そうですね。……、私の代わりにどうぞ犬夜叉の力になってください。』
「そのつもりです。の生まれ変わりでよかったです。力があるということは、いいですね」

四魂の玉の因果か何かが原因で、の生まれ変わりとしてやってきたこの時代で味わった人間の非力さ。
彼らとともにいるためには力が必要だと痛感した。足手纏いは御免だった。
しかしが微かに、本当に微かに表情を曇らせた。
が、それは一瞬で、次の瞬間には困ったような顔になった。

『しかし力を過信しすぎてはいけませんよ。妖怪だから絶対などということはありません。
 私よりも強い妖怪はそこらじゅうに居ますし、妖怪というのは頭がよろしくないものばかりですが、
 たまに賢いのがいるのですから、気を抜くとやられてしまいますからね。』
「気をつけます。……するとは賢いほうなのですね」
『ふふ、そうですね。化け猫は賢いのです。犬夜叉たち、犬一族には適いませんがね。
 賢い妖怪は挙げればきりはないのですが…ああ、あと年月を経た妖怪はやはり賢いですね。』
「なるほど……気をつけます。あ、あと、なぜわたしはこの世界にきたのでしょうか?」

彼といれる時間は限られているし、会いたいときに会えるわけではないから日頃から
聞きたいことは積もっていたものだから、それらを思い出しては口にする。

『それは私にもわかりません……。私も、がここにきた瞬間、突然の中で自我に目覚め、
 に伝えるべきことを自覚したのです。』

伝えること……それは、生まれ変わりであるとか、黎明牙についてだとか、五十年前のこと?
でも、そんなことは他の誰にでも聞けること。はきっと彼にだけ与えられた何かがあるはず。
でも聞いたところできっとは、憂いを帯びた顔で『ごめんなさい、』といって、答えてくれないことは
予想が付いた。初めて会ったときもそうだった。だからそのことは口にはしなかった。

「四魂の玉の因果でしょうか…?」
『かもしれません。何かにも役目があるのかもしれませんね。
 桔梗の生まれ変わりであるかごめさまがここに降り立ったように。』

確かに、一理ある。
ということはわたしには成すべきことがあって、それにはも必要で、
それを済ませなけばならないということか。
仮にそれが済んだとしたらわたしは再び現代に帰れるのだろうか。
そしては?

「謎は深まります……。」
『そうですね。まあ、いずれわかることでしょう。』
「四魂のかけらを見つけて、奈落を倒せば!」
『……、繰り返し言いますが犬夜叉を支えてください。あの子は恐れている。それから、殺生丸のこともよしなに。』
「殺生丸を?」

殺生丸……犬夜叉の刀、鉄砕牙を狙う怖くて綺麗なお兄さん。
その彼をわたしがどうしろと?

『いずれわかることです。それがいつになるか、全くわかりませんが。』

またはぐらかされた……。
この妖怪は、なんて秘密主義なのかしら。
わたしの不服そうな顔を見兼ねて、

『課題をやるのはあくまで本人ということです。』

と妙に朗らかな笑顔で付け加えた。あまり参考にならない付け足しだった。

『ああ、そろそろ時間ですね。』
「いっちゃうんですか……?」

急激に淋しさが襲った。
会うたびに異常なまでの親しみを覚えているだけに(生まれ変わりだけあって)、会うたびに別れの辛さが増す。
それはも同じのか、淋しそうな顔をして

『もっと一緒にいたいのですが……。』

と申し訳なさそうにいった。

「しょうがないですね。」
『いつでもの中にいますから。』
「わたしの意識ある時にも話し掛けてみてください」

ああ、意識がぼやぼやとしてきた。

『一応頑張ってはいるのですが、精進します。』

笑顔が霞んで見える。いかないで、いかな――




ゆらめく世界