「くくく犬夜叉……なぜ自分が恨まれているのか、理由もわからぬでは死んでも死にきれんだろうな。」
「てめえ……一体何なんだ。」
「くくく……。」
喉の奥で笑うような嫌な笑い方だった。
奈落は不意に楓のほうをむいた。
「楓、すっかり年老いたな。」
この発言が意味することは、小さい頃の楓を知っているということ。
「……貴様、やはり鬼蜘蛛なのか」
かつて桔梗が匿ってやっていた野盗、鬼蜘蛛。
ひどい火傷で動くことすらままならなかった男。
「確かにこの奈落は五十年前鬼蜘蛛の洞穴で生まれた。」
生まれた……?
いまいち見えてこない奈落の物言いに、は苛立ちを覚える。
「それというのも桔梗の霊力が日ごとに弱まり、またこの地を守っていた愚かな妖怪が死に、
妖怪たちを封じきれなくなっていたから……。なぜだかわかるか犬夜叉?」
「……。」
愚かな妖怪。少しむっとくるが、何も言わない。
「桔梗がつまらん半妖に惚れて、ただの無力な女に成り下がったせいだ。」
すべては高尚な巫女であるが故なのだろうか。
特定の誰かを好きになってはいけない。なぜなら霊力を保ち続けるしかないから。
俗に染まってはいけないのだろう。
一般人のにも何となくわかる気がした。だからこそ悲しくなった。
(彼女だって、人間なのに……)
考えれば考えるほど孤独だった。
「そして鬼蜘蛛……あの邪気の固まりのような男は、桔梗にあさましい想いを抱いていた。
動けぬ鬼蜘蛛の凄まじき邪念は洞穴のなかに籠もり、その邪気が妖怪を集めた。」
あの洞穴…確かに気味が悪い雰囲気が漂っていた。あれの正体は即ち邪気だったのだろう。
「『ここから出られるなら貴様らに魂でもくれてやる。そのかわり俺に自由な体を…四魂の玉を奪い、
桔梗を俺の女にする力をよこせ。』――鬼蜘蛛の言葉通り妖怪たちは奴の身体をいただいた。
そうして寄り集まった妖怪がひとつになり生まれたのがこの奈落よ。」
「では鬼蜘蛛は……」
「くくっ、汚れた魂も体も、あの場で喰らいつくしてやったわ。いい肥やし代わりにはなったがな。」
妖怪というのは浅ましい。そう考えると、という妖怪が異常に思えた。
「なぜ俺と桔梗を罠に掛けた…」
「決まっている。桔梗の心を憎しみで汚し、四魂の玉に恨みの血を吸わせるためよ。」
なんとも非道な奴だ。
妖怪というのは、こんなのばっかなのだろうか。
人の心を弄び、どうしたいのだ。ひどく浅ましい。
「信じ合ったもの同士が憎み合い殺し合う。これほど救いがたいことがあるか。
そして想いが強ければ強いほど憎しみは増し、玉は汚れる。犬夜叉……おまえとて桔梗を憎んだはずだ。」
奈落自身、汚れきっているくせにわざわざそのようなことをするとは、つくづく救えない奴だ。
しかし桔梗は確か、犬夜叉を殺すのではなく封印したと聞いた。
(桔梗はできなかったんだ……愛する男を殺すことが。)
「あとは桔梗が我が身可愛さに四魂の玉に願かければ良かったのだ。
自分だけは生き長らえたいと…あさましい願をかければ良かったのだ。」
犬夜叉を愛していた桔梗が、そんな願いをするわけがない。ただ二人で幸せになりたかっただけなのに。
「それを待って桔梗を八つ裂きにし、汚れきった玉を頂くはずだった。
ところがあの女…四魂の玉を抱え込んで死におった。」
雲隠れしていてなかなか真相がわからなかった物語は、やはり悲しい物語だった。
「おかげで四魂の玉を取り逃がしたわ。それもお前ごとき半妖のせいで。まったくつまらん…愚かな女よ。」
「てめえ…よくも桔梗のことを…」
犬夜叉が今まで見たことのない形相で奈落を見据える。深く、怒っていた。
「ゆるさねえ!」
奈落を切り裂く。が、切り裂かれたのは後ろに生えていた木。奈落は既に空高く舞い上がっていた。
「逃がすか!」
弥勒の錫杖が奈落に当たり、奈落は地表に降り立った。
「おまえが弥勒か…じいさんに似て女好きそうな顔をしているな。」
「私の顔のことなどどうでもよい。」
「軽口叩いてんじゃねえ!ぶっ殺してやる!」
犬夜叉が飛び掛かると、奈落から瘴気が放たれた。
地面が溶け、木が焼けるほどのものだった。
「犬夜叉は?」
「瘴気の中に…!」
かごめの問いにが答える。いくら半妖とはいえ、無事なのだろうか。
「戻れ犬夜叉!体が溶ける!」
弥勒の声が聞こえていないのか、はたまた聞こえているが無視しているのか、彼は戻ってこない。
犬夜叉は命を懸けて奈落を倒そうとしている。
「犬夜叉…」
頑張れ、犬夜叉。
落ち着かず昂ぶる心の中、静かに祈った。
奈落の誕生