昨夜一睡もせず絵師と戦ったため、かごめと弥勒とが犬夜叉に休憩を訴え、
しばし眠りに就くことにした。時刻は午後3時。時間も時間なので明朝に旅立つことに決まった。
「これだから人間はやわいな。」
「じゃ、見張り頼むわねー。」
「頼みましたよ。」
「お願いね、おやすみなさい。」
黎明牙を傍において目をつぶる。するとすぐにまどろみが押し寄せてきて眠りにおちた。
大きな赤い、緩いアーチを描く橋の端っこに立っていた。
あたりはもう暗かったが、提灯のようなやわらかな灯りがぽつん、ぽつんとちりばめられていた。
『黎明牙を手にしてしまったのですね。』
突然、橋の真ん中に麗しくもあどけなさを残した着物姿の男が微笑を湛え立っていた。
わたしは彼を知っている。
「。」
わたしの前世である妖怪だった。
魂のつながりというのは不思議なもので、一目見ただけでわかった。
『ええ、はじめまして。』
恭しく一礼をしたに倣ってわたしも頭を下げた。
『あなたが黎明牙を手にすることはわかっていました。』
「勝手に借りてすみません。」
『いいえ。黎明牙もそれを望んでいます。』
は美麗だった。
楓の言うとおり清らかだし、美しい。わたしとは似ても似つかない気がした。
『しかしね、黎明牙を使うということは私に近づくということです。』
穏やかだった微笑に憂いがさした。
『この言葉が何を意味するか今のにはわからないでしょうが、時が経てば自ずとわかるはずです。』
何を言いたいのか、真意が雲隠れしているがとりあえず頷いておく。
『残念ながらこの世界には私の力がしぶとくもまだ残っているようなのです。
その力は貴女に様々なことを見せ、不条理な暴力のようにに降り掛かり、いずれ飲み込んでしまいます。』
「…よく、わかりません。」
の言葉はひどく抽象的で雲を掴むようなものだった。
何を伝え、何をしてほしいのかがわからなかった。
『すみません、いますべてを伝えることはできません。』
「そう、ですか。」
いかにも申し訳なさそうには言った。
するとふとわたしの頭のなかに黎明牙の記憶が甦った。
「…あの、黎明牙が見せたあの記憶はやはり」
『ご察しのとおり私の死に際の記憶です。』
「なぜ、死んでしまわれたのですか。みんな嘆き悲しんでいました。」
50年経った今でもだ。という妖怪のすごさを物語っている。
力もあり、人望もあれば進んで死ぬような者はいないはずだ。
『…あのとき私はすでに死んでいたも同然でした。私は、生きる屍だったのです。』
視界が急にぼやけはじめた。あれ、と思い目を擦るが変わらない。
『時間が来たようです。』
ああなるほど、夢の世界がもう終わるみたい。
『またお会いしましょう。』
そして真っ暗になった。
まどろみの世界