「追い詰めましたな。」
「でも刀は使えない…蛇を斬ったら臭気にやられちゃうもの。」
「絵師の首を跳ねることならできるはず。」

立ち上がり、呟いた弥勒の言葉にかごめは黙る。
――そんなこと……しないよね?

「犬夜叉はそんな事しないよ」

かごめの代わりにがやけに断定的に言った。
そのとき
危機的状況にたたされているはずの絵師がニヤっと笑った。

「誰が観念など!」

絵師が叫んだ瞬間、一つの頭が犬夜叉に向けて豪火を放った。
犬夜叉の全身が炎に包まれる。は息を呑んだ。
――犬夜叉!?
声にならない叫びが込み上げる。

「犬夜叉!!!」

かごめが叫ぶ。
しかし、こんなことでくたばる犬夜叉ではなかった。ゆらめく炎の中犬夜叉が不敵に笑った。

「この俺が人間に負けてたまるかよ!」

鉄砕牙を抜き、炎を斬る。
さすがの絵師も臆した。顔を恐怖に歪め、腰を抜かす。後退りしながら命乞いをした。

「ひいいい!命だけは!これを…これがなければ操れぬ!」

竹筒を差しだした。
だが犬夜叉は受け取らない。

「さんざん人を殺して血と肝を取ってたやつが命乞いかよ。」

確かに彼は人を殺しすぎた。
なのに命を乞うのは虫のいい話のように思える。

「わ、わしはもともと非力な男…こんなものがなければ。」

がたがたと震えながら涙を流した。
強い魔力とも言える魅力を放つ物を手に入れてしまった心根の弱い者は、その魔力に乗っとられてしまい
その者自身の人生を狂わせてしまう。四魂のかけらとは恐ろしい。
犬夜叉は舌打ちをし、鉄砕牙を鞘にしまう。

絵師はニヤリと笑んだ。


犬夜叉の側方にある頭たちが同時に犬夜叉の腕に噛み付いた。

「ちくしょう!」

犬夜叉は蛇の頭を殴り、ひるんだ隙に腕を離す。
その隙に絵師は蛇から飛び降り、砂利とごつごつとした岩ばかりの所に着地した。
だが着地に失敗し、ぶつけたとこら血が滲む。だがそんなことに構わずひたすら逃げる。
犬夜叉も飛び降り、まだ逃げようとする絵師を追い掛ける。

「まちやがれ!」

ゴボゴボ…
竹筒から墨があふれているのが見えた。

――まさか!
犬夜叉が咄嗟に叫ぶ。

「手放せ!」
「誰が手放すものか!わしにはまだやることが…!え?」

墨が溢れ出て絵師の腕にかかる。すると、かかった部分が体から、いとも簡単に切断された。
絵師は尻餅をつき呆然としていて、状況を理解できていないようだった。
切断された右手から竹筒が音を立てて地面に落ち、その拍子に蓋が取れた。
墨は不自然な位絵師に向かって流れる。そしてとうとう絵師へ流れ着いた。
ぶくぶくと泡立ちながら絵師を飲み込み、溶かしていく。

「た、助け……」

犬夜叉が慌てて駆け付け絵師の手を引っ張るが、既に遅く、掴んだ手を残して墨に喰われてしまった。
たちが遅れて駆け付けた。

「墨に喰われた……」
「どうして……。」
「この墨は人の血と肝できてる…絵師の流した血を吸いに出て来たんだ。」
「これ…」

は地面に落ちている紙を拾った。
そこには姫が描かれていた。

「姫さまを描こうとしてたんだね。」
「このような汚れた墨で描こうなど…」

苦い顔をした弥勒。
確かに姫を描くには墨も、そして彼自身も汚れきっていた。
かごめはスッと墨からかけらを拾った。その瞬間空間の淀みが消えたように思えた。

(あれ……。)

かけらの邪気がかごめが触れることよって浄化されたのだ。弥勒も驚いている。

「誰が持つ?」
「何で相談するんだよ!」
「だって弥勒様に助けてもらったじゃない。」
「かごめ様がお持ち下さい。」

あっさりと弥勒が言う。
かごめも犬夜叉も拍子抜けしたように「え?」と目を見開いた。

「ただし、私もかごめ様達の旅についていきますね。」
「あらほんと?」
「ええ。やはり美しい女子と一緒のほうが楽しいですからな。」
「なら改めてよろしくね、弥勒。」

握手を交わした。
だがまだ犬夜叉は不服らしく、顔が険しい。

「だめかな?」

遠慮がちに尋ねてみると、犬夜叉はため息を一つつく。

「……わあったよ」

了解してぷいっと顔を背けた犬夜叉には笑みを浮かべた。

+++

絵師を供養するべく、遺体はないが墓を作ることにした。
その間かごめは七宝を屋敷に迎えに行った。

「供養なんてしてやんなくたっていーのによ」
「死んでしまえば良し悪しは関係ありません。あるのは仏の慈悲だけです。」
「なんか法師さまっぽいね。」
「あのねえ、法師なんです。」

弥勒は苦笑いをした。

「…これだから人間のいうことはわからねえな。」
「犬夜叉…お前は絵師の首を跳ねようと思えば跳ねれた。だが跳ねなかった。それが慈悲なのです。」

そう。
犬夜叉にはきちんと慈悲の心が備わっている。
は微笑み「そうだよ。」と頷いた。気恥ずかしくなった犬夜叉は「けっ」と言い残しどこかヘいってしまった。




慈悲のこころ