「もうっいつまで怒ってるのよ」

 かごめはいつまでも岩で殴られたことを根にもっている犬夜叉に不満げに言った。

「あんただってあたしの裸見たんだからおあいこでしょ!」
「見てねえ!」
「見たわよね!?」
「……しーらない。」

 振られたはどぎまぎと呟いた。かごめのとばっちりも、犬夜叉のとばっちりもごめんだ。中立という立場が一番いいのだ。七宝も同じ意見らしく、今日も自転車の籠のなかに乗る七宝は無言を決め込んでいた。
 旅を初めて二日目。見慣れぬ美しい景色は相変わらずに感動を与える。いまは崖を登っているのだが、崖の下の景色もやはり美しかった。と、そのときだった。頭上から轟音が聞こえてきて一同が上を見る。すると不細工な顔が付いた岩が猛スピード下ってきていた。

「!? あ、」

 危ないという間もなく、岩のようなものはかごめの自転車の後輪を掠め、バランスを崩した自転車は倒れ、その岩は犬夜叉を崖の下へと押しやっていく。 が呆然としていると、どこからともなくやってきた男が自転車を、かごめを連れていった。思考回路が完全に停止しているは目を存分に、口を少々開けながらその様子を眺める。

(どちらさま……?)

 そのうちにかごめは男から逃れていた。そしてそこでやっとの意識が戻った。

「泥棒!」

 これは所謂自転車泥棒なのだろう、という結論に至った。は走りだし、自転車泥棒を追い掛ける。幸いまだ遠くまで行ってなかったのですぐ追い付いた。荷台に手をかけ、無理やり自転車を止めた。

「こら! 返しなさい!」

 男はこちらを振り向き、驚いたようにを見つめる。

!」

 犬夜叉が迫ってきた岩を殴り、こちらに向かってやってこようとした。男は自転車からひらりと降り、右手を突き出し、がんじがらめにされていた数珠を解いた。すると突然強風が吹き、犬夜叉はバランスを崩しそのまま岩に突っ込んだ。
何が起こったかわからず、再び思考が止まりかける。その間にかごめは犬夜叉に駆け寄り、男は倒れた自転車をおこし、呆然としているを器用に抱き上げ、自転車を漕ぎだした。

「は、離して!」
「私は四魂のかけらを先程のおなごからくすねました」

 暴れて降りようとしたが、男に囁かれ動くのをやめる。

「かけらの方……? とりあえず、返して」

 しかし今気づいたが、この時代に存在しない自転車を盗むわけがない。むしろ悠々と乗れてるのが可笑しい。この男相当な運動神経の持ち主だろう。

「まあまあ、とりあえずこの先の村で一休みしましょう」
「いや! いますぐ返して!!」
「手荒な真似はしたくないのですが、これ以上邪魔だてするのなら崖から突き落としてしまいますよ」

 にっこり笑って恐ろしいことを言う男に恐ろしさを感じ、思わず口を閉じた。

「冗談ですよ。そんな怯えた顔をしないでください。私はさんとお話がしたいだけなのです」
「……なんでわたしの名前を?」
「お仲間さんにそう呼ばれていました。私は弥勒と申します」

 弥勒と名乗った男をまじまじと見つめてみると、随分と整った顔をしていることに気付いた。 の視線に気付いた弥勒ははにかんだような笑いを浮かべた。そしてそのはにかみを隠すように話題を振った。

「それにしても女二人に男一人とはまた複雑ですなぁ」
「そうでもないよ」
「しかしあの男、羨ましいかぎりですな。さんのような方とともに日々をともにできるとは」
「変な。」
「今はまだ変な人で構いません」
「未来を感じる言葉だけど」
「あるかもしれないじゃないですか」
「泥棒と、ねぇ」
「泥棒と、です」

 攫われているにもかかわらず、いつのまにか弥勒と自然と話していることに気付き違和感を感じたが、もうその違和感を正す意味すら見いだせず、そのままのらりくらりと攫われ続けた。
犬夜叉たち、迎えに来てくれるかな?とぼんやり思った。抵抗もせずただ攫われていることを怒られるかな?とも思った。見たところ悪い人には見えないので本気で抵抗すればなんとかかけらを取り返し、逃げることもできそうだ。(とはいっても見かけでの判断なので何の根拠もないのだが。) でもはそれをしようとは思わなかった。流れに身を任せているといえばいいのか、いや少し違う。この流れが適当だとなんとなく感じるのだ。
 そしてのこの根拠のない確信はやがて根拠を持つようになる。



誘拐の目的



 彼がいったとおり、近くの村で一休みすることにした。「お迎えがくるまで一緒に待ちましょう。」と、攫った本人が言いだしたのには開いた口がふさがらなかった。大通りに面した茶屋にやってきて、奢ってくれるらしいのでお団子とお茶を頼む。品物が届くあいだも弥勒の隣に座っていたのだが、彼はモテるらしかった。遠巻きに彼をみるもの、とおりすがりに「あの殿方素敵ね」と言葉をかわしあうものたちと様々だった。

、変なことを言っても構いませんか?」

 思考がなぜか弥勒のモテ具合にとんでいたところだったが弥勒の言葉で戻ってきた。

「どうぞ?」
「私、あなたを見た瞬間びびっときたんです。」

 弥勒の穏やかな瞳がの双眸を捕える。

「私はこの人を好きだ、と。」
「え!?」

 突拍子のない発言に思わず大声がでてしまった。ちょうどよくお茶とお団子が運ばれてきたのではお茶を一口飲む。

「私だってびっくりしましたよ。でもほんとに感じたんです」
「一目惚れって、やつ?」
「かもしれませんなあ。しかしそれとも違う気がするんですよねぇ。魂が求めているような感覚です」
「……よくわからないなぁ」
「ですなあ。もう気付いたときには攫ってました」

 そういって弥勒はお団子を一つ口に含んだ。も食べると素朴な甘さが口に広がった。

「一期一会とはよく言いますが、こうして出会えたのも何かの縁です。私の気持ち、心に留めていただければ幸いです」
「うん」
「また出会うことがあれば、そのときの返事を聞きましょうか」
「また会ったらね」
「私の気持ちは本気です。それを忘れないでくださいね」

 それきりその会話は終わった。何とも言えない沈黙を打ち消すべく忘れかけていた本題をけしかけた。

「ねえ、四魂のかけら返してよ」
「んーそれは無理な相談ですなぁ」
「でもいずれは犬夜叉がきて奪い返すよ絶対。死んじゃっても知らないよ」
「私の身を案じてくれているのですか? お優しいのですね」

 そういって手持ちぶさただったの左手が弥勒にやわらかく取られた。数珠ががんじがらめされている不思議な手だった。

「なっ」
「大丈夫、私は多分逃げ切れます」
「ねえこの数珠」
!!!!」

 遠くから呼ぶ声がしてみやれば、犬夜叉たちがこちらへむかってきていた。どうやら迎えに来てくれたようだ。

「少しお待ちくださいね」

 そっと囁き弥勒は立ち上がった。