次の日楓の家を発った。母は、長い付き合いであるかごめの母がうまくいってくれたらしく、諸々のことを了解してくれて、下着や着替えなどをよこしてくれた。かごめの自転車の荷台に載ってぼやーっと空を眺める。雲一つない晴天だった。

「かごめ〜」
「なっ、びっくりした」

 腰に手を回してぎゅ、と抱きついてみる。夢のような昨日だったが、夢ではない。田舎道をただ突っ切る今と、健康そうなかごめと、かごに乗っている尻尾の付いたかわいい妖怪七宝と、少し前を素足で駆けている半妖、犬夜叉がそう物語っている。 の生まれ変わりかもしれない可能性。自らの胸を突き刺し果てた誰かのことを伝える黎明牙の記憶。
 自分のことなのだがどこか他人事のような感覚だった。

「どこへいってるの?」
「宛なんかないわよ」
「……ないの?」
「あったら苦労してないわよ〜」

 ずいぶんとアバウトな旅のようだ。

「でもあたし、四魂のかけらといろいろ因縁があるみたいでさ、体内にあっても見えるし、気配わかるのよね」
「生まれ変わりだから?」
「たぶんね。あの玉あたしの横っ腹からでてきたのよ」
「へ?」
「妖怪に横っ腹食い千切られて、産出したわけよ」

 体内に玉が眠っていたとは杉田玄白もびっくりである。

「そんなことよりってどういう妖怪なの?」
「なんかすごい妖怪なんだって」
「随分アバウトね。説明する気ないわね?」
「わたしもあんまりわからないの。まあ、知ってることだけ言うとね、」

 とても強い妖怪だということ。人間と仲が良かったこと。犬夜叉の父親に仕えていたこと。桔梗とともにこの村を守っていたこと。ある日突然自害したということ。

「なるほどねぇ。素敵な妖怪じゃない」
「そうみたい」
「犬夜叉もだいぶ敬愛してるみたいだったわよ」
「みたいだよね」
「あいつ、どんな妖怪だったの? って聞いても感情が先走って全く説明できなかったのよ」

 そのときのことを思い出したのか、かごめは目を細め笑った。

「あたしはさ、桔梗の生まれ変わりだからさ……」

 その先の言葉は言わずとも伝わってきた。 は黙ってかごめに回した腕に力をこめた。昨夜楓から、桔梗が妖術を使い蘇ったことを聞いた。食い違う過去の記憶が招く戸惑い。恨み、死んでいったのだと叫んだかつて想い人。そしてその人の生まれ変わりであるかごめ。
複雑で、どろどろとしたもつれあいだった。



 その日の夜、無人の温泉を見つけた一行は、そこで野宿することにした。温泉に入るべくいそいそと服を脱いだ。風呂や温泉に入る習慣のない犬夜叉は見張りだった。

「絶対見ないでよね?」

 かごめが念を押すと、犬夜叉しれーっと「誰が見るか」と呟いた。その反応にぷちっときたかごめだが、「失礼しちゃう」と呟くだけで終えた。
 天然の温泉に浸かると全身の力が抜け、疲れも抜けていった。腑抜けた顔をし「ふい〜」と声をもらす。

「ばばくさいなぁ」

 かごめが苦笑いする。そういわれても、気持ちいいのだから仕方ない。見上げれば満天の星。少し冷えた夜風。立ち上げる湯気。まさに最高だ。

「お風呂はいらないなんてどうかしてるよね〜」
「ほんと、小汚いわよ」
「ねえかごめはさ、犬夜叉のこと好きなの?」

 顔同様腑抜けた頭が、何も考えずに尋ねる。

「うーん、桔梗のことを思い出して辛そうにしてる姿は嫌だけど、好きにはならないわね。友達止まりみたいな」
「へぇ……まあ好きだったら二人きりで旅なんてできないよね。」
「おらもいたぞ!」
「あ、ごめんごめん。因みに七宝ちゃんはわたしのことが大好きなんだよね〜?」

 むくれた七宝を無理やり抱き締めると、じたじた暴れて離せ〜! と叫ぶが、七宝が可愛くて仕方ないは抱き締め続けさらには頬擦りまでした。

はちっちゃくて可愛い子大好きなのよね。うわ七宝ちゃん真っ赤よ」
「だいすき〜」
「離してくれ〜!!」
「きゃああああ!!」

 突如かごめの悲鳴が暗闇を切り裂いた。<と七宝は動きを止めかごめを見る。すると犬夜叉が叫び声を聞いて「どうした!?」と駆け付けるが、<かごめはどこからか持ってきた岩で犬夜叉の頭にぶつける。

「大丈夫だから出てって」
「お猿…」

 かごめの悲鳴の正体は、猿がかごめの髪を引っ張ったからだった。かごめと犬夜叉とを見比べていると、かごめはいそいそと湯につかり、犬夜叉はいそいそと出ていった。



旅の始まり