「どうしたんだ?」
「……あれ、忘れちゃった」
「んだよ吃驚させやがって。黎明牙触った瞬間突然動かなくなったら心配したんだぜ」
「ごめんごめん。なんでもないよ」

 なんとなく言いづらく、笑ってごまかした。は刀をそっと置いて立ち上がった。祠から出ると、朱色が空を覆いつくしているが、徐々に暗がりが広がっていた。

「あーもう暗いねぇ」

 キョロキョロと空を見ながら歩いているの横顔を見つめて、(またキョロキョロしてらぁ……)と少し笑った。

「いま」

 急にが犬夜叉の方を向いた。眉を寄せて、少し不機嫌そうな顔だ。

「笑ったでしょ?」
「おー笑った。よくわかったな」
「この、不届き者めっ」

 のちいさな拳が、てい!という妙な掛け声と共に犬夜叉の横っ腹にささやかに当たっていった。

「馬鹿か。」

 くしゃ、と頭を撫でてやる。 の心臓が急にきゅ、っと縮こまった。この感覚はときめいたときのそれと酷似していたが、まさか。と自分の中で自己解決した。

「馬鹿って言ったやつが、馬鹿なの」

苦し紛れに小学生の切り返しをしてみた。

「はあ? どうしたんでい?」
「ナンデモナイデス」

 何を言っているんだ自分は、と後悔した。

「……どうやらかごめの野郎が帰ってきたみたいだ」
「? ……なんでわかるの?」
「匂いがするんだ。うし、ばばあの家に戻るか」

 こうして二人はかえでの家に戻ることになった。街灯なんてあるわけもなく、しかも土地勘もないは犬夜叉に頼るしかなく、なんとなく犬夜叉の方へ近寄ってしまう。

「……近くねえか?」
「え、う、あ、ごご、ごめん! 道わ、わかんないから、近寄っちゃった」
「や、いんだけどよ!! ち、ちっと思っただけでい! 離れなくていいっつうの!」

 距離を置いた の肩を犬夜叉が抱き寄せた。突然のことに吃驚したはなされるがままになり、何も言えなかった。ただ、ただ、顔が赤くなる。

「……な、なんかいえよ」
「う、あ……ちか、い」
「!! すまねえ!」

 ぱっと肩から手を離して一歩と距離を置いた。人との距離のとりかたって難しい、とぼんやり感じた。
 楓の家に帰ると、七宝も帰ってきていた。それについ数時間前に別れたかごめの姿もあった。かごめはを見るなりすごい勢いで駆けつけてがし、っと肩を掴んだ。

「なんで!?!?」

 激しく揺らし倒す。視界がぐらぐら目まぐるしく変わり、思考回路がうまくまわらない。

「あわわわわ、わかんないけどくしゃみしたらさー、この世界に来たわけ。頼むから揺らすのやーめてー」
「しかもすごい妖怪の生まれ変わりなんだって!? どういうこと!?」
「ううう生まれ変わりっぽいだけ! 違うって!! だから揺らすなああああーっ!! 誰かかごめをとめてええ!」

 犬夜叉が面白そうに笑ってみていた。



「まさかと一緒に旅ができるなんて思わなかったわ」

 暫くして落ち着きを取り戻したかごめが先ほどとは打って変わって朗らかな表情で言った。

「わたしはかごめがこんなとこで旅してると思わなかったよ」
「うそついててごめんね。なんとなく言いづらくてさ……。ともかくこっちでもよろしくね!」
「うんよろしく」

 親友とも言えるかごめが本当に病気じゃなかったことも嬉しいし、一緒に旅ができることも嬉しい。兎にも角にも、かくしてと犬夜叉たちの長い旅は始まったのだった。

「あ、そうだ。うちのお母さんにうまいぐあいに伝えといてもらえないかな……?」

 あと着替えも、と付け足す。手持ちは通学のカバンのみだった。いくらなんでもこれでは旅はできない。

「わかった。うちのお母さんに伝えてもらうわ。あと、着替えね」

 かごめは了承し、感謝のしるしにほっぺにチューしてあげるという提案を丁重にお断わりし、早速現代へ行ってくれた。




BEFORE DAWN