それから楓は犬夜叉の封印について話してくれた。四魂の玉、というのは妖力を増長させる玉で、それを狙う妖怪や悪党がそこらじゅうにはびこっていて、犬夜叉もまたその一人だったという。彼は半妖であるため、完全なる妖怪になるために四魂の玉がほしかったのだ。そしてその四魂の玉を守るのが桔梗で、ともに守っていたのがだった。 はどういう意図があってかわからないが、桔梗と犬夜叉を知り合わせたのだ。彼を兄のように慕う犬夜叉は必然的に四魂の玉に手を出すことができず、それどころかだんだんと桔梗と犬夜叉は仲良くなっていった。が死にしばらくすると桔梗は犬夜叉に提案をした。

『人間にならないか。』

 と。犬夜叉もそれに同意した。犬夜叉は人間になり、四魂の玉は浄化され消滅し、すべてはうまくいくはずだった。だが何者かが犬夜叉になりすまし桔梗に傷を負わせ四魂の玉を奪い取った。
 二人は何者かにはめられたのだ。
 何も知らない桔梗は犬夜叉を封印すべく、待ち合わせをした場所で殺そうとした。何も知らない犬夜叉は桔梗に騙されたと思い村を襲い、玉を奪った。だが桔梗は最期の力を振り絞り犬夜叉を封印し、二度と四魂の玉が悪いように使われぬよう、一緒にこの世から葬ったという。

「悲しい、話……」
「ああ。…そしてその二人を悲劇へと導いたものが誰だかわからぬ。一体誰が、どんな目的なのか」

 だからあのとき犬夜叉はあんなに悲しそうな顔をしていたのか。犬夜叉の前で、知らないながらも桔梗の話を持ち出してしまったことを悔いた。

「ちょっと、いってくる」

 犬夜叉のもとへ駆け出した。改めて一人見るここの景色は、ずいぶんと広大で思わず息を呑んだ。青空を悠然と漂う雲。あたり一面畑や田んぼや森で、景色を遮るものはない。

(すごい……)

 キョロキョロ見渡しながら真っ直ぐ歩いていく。

「ちゃんと前見て歩けよな」

 前方から声がかかり見れば、犬夜叉が呆れたような顔で腕を組んでいた。

「だってすごい景色なんだもん」
「ああ、の住んでるとこはなんかたけぇのがいっぱいあるもんな」
「そーそー。緑なんて殆どないんだよ」

 思ったより落ち込んでる様子はなくほっとした。

「なあ、」
「うん?」
「なんでは死んじまったんだ?」

 きっとこの問いは、のなかに眠っていると思われるに向けての問いなのだろう。この問いの答えを自分は知っているように思えたが、知るわけもなく、結局苦笑いして首を横に振った。

「わたしはじゃないから」
「……、だもんな」
「そう、他ならぬ!」

 にっと笑った。犬夜叉は呆れたような、でも穏やかな笑顔を浮かべた。

「まあともかく、これからよろしく頼むぜ」
「そだね、よろしく」

 犬夜叉がすっと手を差し出した。握手を求めているのだろう。はそれに応え、骨張った男らしい手を握った。

「さっきは知らなかったにしても変な話題出しちゃってごめんね」
「ん? ……ああ。いや、気にしちゃいねえよ」
「そう? それならよかった」

 その様子を遠くから見ていた楓は驚いたように目を見開く。

(あの犬夜叉が握手を……?)

 確かにかごめと出会って幾分やわらかくなってきたが、あのように穏やかに笑ったり、自ら握手を求めたりなどということはいまだ見たことがない。

(の中のがそうさせたのか、それとも)

  がそうさせたのか。




「あーっ犬夜叉が握手しておる!」

 突然遠くの方から声が聞こえてきてふと見ると、栗色の髪の小さな男の子がにまにま笑いながらこちらを見ていた。ふたりは反射的に手を離した。犬夜叉は軽やかに空を舞い、男の子のまえに躍り出ると、鮮やかに殴った。

「こ、こら犬夜叉!」
「うわ〜〜ん! 突然なんじゃ!! って……どちらさまじゃ?」
「あ、かごめの友達の。一緒に旅についていくことになったの。よろしくね」
「ほぉ。おらは七宝。よろしくなっ!」

 よく見れば七宝には狐の尻尾のようなものがついている。多分彼も妖怪なのだろう。この世界には、妖怪が普通に存在していて不思議だ。けれども驚きはしない。

「馴れ馴れしいんでい」
「あたっ!! なんでじゃ!? 〜! 犬夜叉がいじめる〜!!」

  に飛び付き泣き付いた七宝。 はむっと眉を寄せ庇うように抱きしめ犬夜叉を睨んだ。

「こんなちっちゃい子殴るなんて最低です」
「え、だ、だってよぉ……」
「そうじゃそうじゃ!」
「…っ! (厄介なことになった!)」

 それから七宝は虫取りに、犬夜叉とは適当な場所で喋っていた。今までの旅のこと、かごめのこと。

「そうだ、にすごいの見してやるよ。」

 犬夜叉の一言で、またどこかへ出かけることになった。つれてこられたのは古びた祠だった。辺りとは雰囲気が違って神聖な感じが漂っていた。

「なんなのここ?」
「黎明牙があるんだ」

 雰囲気なんてそっちのけでずかずかと無遠慮に扉を開け、中にはいる。 も続いて中にはいると、小さな箱と古い刀のみが中央に妙な存在感を放ちながらあった。しかし、刀があるのに鍵がないとは不用心だな、と思ったが、この時代に鍵はあったのかな?とも思った。

の骨と、自刃したときに使った黎明牙。俺の親父の牙から作ったんだと。」

 俺の鉄砕牙も親父の牙から作られてんだ。と付け足した。 が黙ってそれを見つめた。

「……俺にとっては特別だったからよ、知ってもらいたくて。迷惑だったか?」
「ん、全然。なんか懐かしい感じがするの」

 例えるならむかしよく遊んでいたおもちゃを久々に見つけた感覚。

「触ってみてもいいかな?」
「いいんじゃねえの?」

 お言葉に甘えて黎明牙と呼ばれた刀を手にとって見た。その瞬間、急に頭を何かが支配した。

『親方様、犬夜叉さまも殺生丸さまもずいぶんと立派になられました』

 刀を天に翳してみれば、夜明けを知らせる朧気な光が照らしはじめた。

『ふふ、皮肉なことに黎明時ですね』

その刀を目の前に据える。

『何度もあの契りを破ろうとしましたことをここに懺悔します。しかし主君の命は絶対。この、親方様との契りすべてを守りぬきました。そして私がいま、生き長らえる理由はない』

 刀を持つ手に力が込められ、刀はゆっくりと体を突き刺した。だがなかなか体を突き抜けないため、もう片方の手も添えて、体を貫通させた。

『親方様のもとへ……』

 膝から崩れ落ち、やがて地面に力なく倒れた。視界がぼやけ、狭まり、そして消えた。

!?」

 はっと我に返る。犬夜叉が両肩を掴んで切羽詰まった顔をしていた。

「いま、なんか……」

 わたしじゃないわたしが自殺を、と言おうとしたが、"は自刃した"という言葉がよみがえり、思わず口をつぐんだ。



犬夜叉と桔梗