「モブリットさん、今日飲みに行きませんか」

 実験棟から兵舎へと戻る道すがら、突然のわたしのお誘いに、モブリットさんは一瞬考えるも、

「いいぞ」

 と頷いた。明日はわたしもモブリットさんも非番の日だから、今日は絶対に飲みに誘おうと決めていた。そしてきっと、了承してくれると思っていた。
 実はわたしにはモブリットさんに相談したいことがある。きっとモブリットさんもそれを察していることだろう。それなりに付き合いの長い上官は、察する能力が高い部下思いなお方だ。話が早くて助かる。
 わたし達は一度部屋に戻って私服に着替えると、兵舎近くのいきつけの酒場にいくことにした。
 待ち合わせをして、私服でどこか出かけるところを誰かに見られても面倒くさいため、わたしたちは各々酒場へ向かった。道すがら空を見上げれば、太陽が沈んでいき、一日がゆっくりと終わっていく。空模様は橙と藍色が混じり合い、溶けていき、そして藍が強くなる。太陽が完全に沈み込む前には酒場にたどり着いた。
 ドアを開けるとカランコロンと音が鳴り、マスターがわたしに気づいて柔和な笑顔を浮かべると、カウンター席を手で示す。示した先では私服姿のモブリットさんが既にいて、片手をあげた。手元には樽がある。小ぢんまりとした店内にはわたしたちの他にお客さんはまだきていないようだった。

「お待たせしました」
「悪い、我慢できなくて先にやってる」
「お構いなく! マスター、モブリットさんと同じものお願いします」

 程なくしてお酒が運ばれてくると、ひとまず乾杯する。モブリットさんはいい音を立ててぐいぐいと飲み、樽をテーブルに置くと、心の底から幸せそうに息をついた。

「あー……うまい。非番前の酒は殊更うまいな」

 見ているこちらも幸せになるような顔でモブリットさんが言う。

「モブリットさんって本当に美味しそうにお酒飲みますよね」
「実際うまいからな。それに、飲まないとやってられん」
「最近も毎日飲んでるんですか」
「大体飲んでるよ」

 兵団きっての大酒飲みと名高いモブリットさん。まあその心労を考えれば、飲まずにはやっていけないのかもしれない。飲む量が多いから強いのか、もともとの素養なのかは分からないが、たまあに第四分隊とリヴァイ班で飲むと、大体最後まで残るのはリヴァイ兵長とモブリットさんだ。
 まるで水を飲むかのようにぐいぐいとお酒を飲み干すと、モブリットさんはおかわりを頼む。モブリットさんに付き合っていると潰れてしまうと分かっているため、わたしはそのペースにはついていかず、好きなペースで飲むことにする。

「何か食べますか」
「なんでもいいぞ」

 センス問われるやつ。わたしは少し悩んだ結果、マスターのおすすめを何品かもらうことにした。
 暫くするといい匂いと共に料理が運ばれてきた。その匂いで急速に胃が刺激されて、お腹が空いていたことを思い出す。美味しい料理に舌鼓を打ちつつも、「で」とモブリットさんが口火を切る。

「なんか相談があるんだろ。なんだ? なんとなく見当はついているが」
「あはは。やっぱりモブリットさんにはお見通しでしたか。多分、思ってる通りのことです」

 本当に察しが良いなあ。わたしはモブリットさんのようにいつかなりたい。ハンジさんがやってほしいことを見通して、一歩先を動く。いわば痒い所に手が届く存在。

「もうすぐハンジさんの誕生日なわけですが、何を贈ろうかなって考えてまして」

 もう何回目かのハンジさんのお誕生日祝い。今年も無事に祝えることを嬉しく思いつつも、何を渡そうか、と毎度のこと悩んでしまう。お祝いする回数を重ねれば重ねるほど、渡すもののネタが尽きていき悩んでしまうのは、幸せな悩みだとは思うが。
 ハンジさんに聞いたところで、何もいらないよ。と言うに決まっている。そこで毎年恒例、モブリットさんへ相談だ。

「何がいいと思いますか」
「そうだなあ。コンセプトとかテーマとか、なんとなくあるのか?」 
「今年のテーマは、ハンジさんを最高に滾らせること。です」

 なるほど、とモブリットさんは思案するように虚空を見上げる。

「最高に滾らせるって……一つしかないだろ」
「と……言いますと」
「もう、今年は巨人にリボンを巻いて渡すしかない」
「そんな事言わずにモブリットさん!!! もっと真剣に考えてくださいよぉ!!」

 うわぁちょっと酔っぱらってるじゃんモブリットさんってば!! 何を真面目な顔して言ってるんですか! 確かに喜びそうだけども!

「あとはそうだな……対巨人兵器を開発するとか、」
「やっぱり巨人からは切り離せないですよね……なんだか年々巨人への執着が増している気がします」
「困ったもんだよ全く。あとは研究者気質だから、何か夢中になれるようなものとかな。ていうか、が五体満足で生きていていること自体がもう贈り物じゃないか」
「それはまぁ、そう思ってくれるなら嬉しいですけど……うーん」

 いつだって、これが祝うことのできる最後の誕生日かもしれない。そんな気持ちでいるからこそ、わたしはハンジさんの誕生日には毎回一切の妥協も許さず、全力で祝いたいのだ! 

「まあ、が一生懸命ハンジさんのことを考えて選んだものだったら、なんでも嬉しいと思うぞ」
「そうですかねえ……」
「自分のこととして考えてみろ。今この時、ハンジさんがが何を貰ったら嬉しいか真剣に考えて、悩んでたらどう思う?」

 モブリットさんに言われた通り、わたしは想像してみる。ハンジさんが今、わたしのことを考えてくれている。わたしが何を貰ったら嬉しいか、うんうんと悩んでくれている。もう、わたしと一緒にいないときにわたしのことを考えてくれているだけで幸せなのに、わたしの為に悩んでくれているなんて……

「……すっごく嬉しいです」
「な。だから、何を渡したって、それでいいんだよ」
「ふむ……あれでもなんかこの結論、毎年行き着いている気がします」
「そうだったか?」

 ああそうだ。毎年モブリットさんに相談を持ち掛けて、結局毎年、何を渡したってそれでヨシ。みたいな結論に至っている。

「うーん……よし、とりあえずハンジさんが喜んでくれそうなもの、片っ端から買います!!」
「おう。それがいい」

 モブリットさんはとても楽しそうな顔で頷くと、酒を一気に煽った。わたしもモブリットさんにつられて、ぐわっと樽を空ける。

「すみません、おかわり二つで!」
「おお、良い勢いだな」
「へへへ」
「まあ、どうにも決まらなかったら、巨人は無理でも、にリボン巻いて部屋尋ねれば、最高に滾る案件だと思うぞ」
「あはは、そんなまさか」

+++

 懐中時計を見ると、時刻は9月5日の1分前。わたしは大きく深呼吸をして、ハンジさんの部屋をノックする。

「夜分遅くにすみません。です」
「どうぞー、空いてるよ」

 リュックを背負い直し、わたしは扉を開ける。このリュックの重みはわたしのハンジさんへの思いだ。ハンジさんはデスクに向かって書物を読んでいた。書物に栞を挟み、置いた。この栞は前回の誕生日に送ったもの、のひとつだ。
 ハンジさんは立ち上がり、両手を広げた。わたしは吸い込まれるようにハンジさんのもとへと向かい、あっという間にハンジさんに包み込まれる。ああ、ハンジさんだ。いい匂い、安らぐ。

「随分と重そうなリュック背負ってるけど、どうしたの?」
「はい! あのですね」

 一度ハンジさんから離れて、気持ちを整える。

「ハンジさん、お誕生日おめでとうございます」
「ああ、そうか誕生日か。すっかり忘れていたよ」

 ハンジさんは目を丸くして、頭をガシガシとかいた。わたしはリュックを下ろして、中身を出していく。

「これ、わたしから贈り物です。受け取ってください! 紹介していきますね、これは羽根ペンです。これすっごい書きやすいんですよ! あとこれは、リラックス効果のある紅茶で、それからこれは寝間着で……」
「待って待って、これ全部贈り物? 露店でも開けそうな量だよ!」

 言われてみれば、確かに結構な量だ。結局わたしは贈り物を買いに行って、気が付けばハンジさんが喜びそうなものを見たら片っ端から買っていたのだ。

「はい! 全部ハンジさんへの贈り物です」
「あはは! もう、ほんとって可愛い。君にはいつも驚かされるなあ。これで部屋中どこ見たってのものでいっぱいになるよ!」

 た、確かに。なんだか急に申し訳なくなってきた。

「すみません……一生懸命考えたんですけど、ひとつに選べなくて」
「私からしたら、が一生懸命考えてくれたその時間だって、贈り物だよ。ああ、すごく嬉しいな、堪んないよ……! ありがとうね、
「こちらこそ、生まれてきて、今日まで生きていてくれてありがとうございます。わたしと出会って、そして恋人になってくれてありがとうございます」

 これから刻んでいく一年が、幸せでありますように。願わくば、その幸せに少しでもお力添えできますように。来年も、再来年も、そのずっと先だって、わたしがハンジさんのこと、幸せにします。

「貴女がいてくれるだけで、私にとっては最高の贈り物なのにね。こんなに愛してくれて、私はとんだ果報者だ。ねえ、抱きしめてもいい?」
「は、はい」

 ぎゅっと、隙間なく抱きしめられる。ハンジさんの体温が体温が、匂いが、わたしの中に染み込んで、溶けていく。この世界で一番暖かくて、優しくて、美しくて、尊い時間だ。

「次の誕生日には、君をくれるかい?」
「へっ、あ、ど、どういう意味でしょうか」
「さて、どうだろうね」

 どきん、と心臓が跳ね上がる。本当に、ハンジさんには敵いっこないです。

「ハンジさんが欲しがってくれるなら、なんでもあげます」
「ふーん」

 ハンジさんの抱きしめる力が強くなった。

「大好きだよ、

 わたしがハンジさんのお誕生日をお祝いしているのに、逆に贈り物をもらった気分だ。好きが溢れて、止まらない。
 お誕生日おめでとうございます。大好きなハンジさん、これからもずっと一緒にいてくださいね。