※ナナバ生存IF話 ハンジとは付き合ってない世界線 世界が目まぐるしく変わっていく、過渡期にある。さきのエレン奪還作戦で戦力をごっそりと失った調査兵団は、生き残った団員たちが殆ど休みなく働いていて、わたしも例外なく働き続けている。そして、やっとお休みをもらえることになった。そしたらなんと、ナナバさんもそれに合わせて休みをとってくれて、一緒に遊びに行くことになった。ナナバさんほどの階級の人が希望する日に休みを取るというのが、どれほど大変なことか分かっているため、とても恐縮したのと同時に、本当に休めるのだろうか、なんて心配もした。ミケさんがいなくなってしまってから、かなりの仕事がナナバさんやゲルガーさんに回ってきていて、毎日毎日遅くまで働きづめだ。 やってきたお休み当日、案の定というべきか、残念ながらナナバさんは仕事が急遽入ってしまったみたいで、終わったらわたしの部屋まできてくれることになった。 「本当にごめんね、すぐ戻るからちょっと待っててね」 本当に申し訳無さそうな顔で謝られ、ぽん、と頭に手を置かれると、優しく撫でられた。顔に熱が集中するのを感じながら、何度も頷いた。 さて、二度寝しよう、と思い直し、これまでの疲れを癒やすべく眠りについて、次に起きたときは昼過ぎだった。起きて暫くぼうっとしてると、控えめなノックが響く。扉を開ければ、私服に着替えたナナバさんが焦りを滲ませて立っていた。 「遅くなって本当にごめん、出かけられる?」 「いえ! わたしも寝てたので、全然お気になさらず。行きましょうか」 わたしの返答に、ナナバさんは安心したような顔をした。わあ、ナナバさんだ。私服のナナバさんだ。普段兵団服を着ている姿ばかり見ているため、見慣れない私服姿にドキドキしてしまう。今日この王子様をこれから独占してしまっていいなんて、裁かれたりしないだろうか。 「今日はね、ウトガルド城に行きたいと思うんだ」 「ウトガルド城ですか……」 「そう。じゃあいこっか」 なぜ? そんな思いが浮かぶが、それから先をナナバさんは紡ぐことはなかったので、わたしも聞くことはしなかった。 「お昼食べた?」 「いえ」 兵舎の廊下を歩きながら尋ねられたのでわたしは首を振った。なんならずっと寝てました。 「せっかくだから街中で食べよっか」 「はい!」 誰かに見られたらなんだか照れちゃうな、なんて思いながら一緒に兵舎を歩いていると、こんなときに限って色んな人とすれ違う。好奇の目を向けられてとても気まずいが、ナナバさんは全く気にしていない様子で歩いている。すると、兵舎を出たタイミングで仕事中のゲルガーさんと出くわした。ゲルガーさんは驚いたような素振りを見せるも、すぐに納得したような顔をして片手を上げた。 「気をつけてな」 「悪いねゲルガー」 「いいってことよ。お土産話、期待してるぜ」 ニヤニヤしながらゲルガーさんは歩いていった。 「……今日お休みとるの、大変だったんじゃないですか?」 「ふふ。簡単だったとは言わないよ。でもそろそろ何連勤したか分からないくらい働いてるから、休んでもバチは当たらないはず」 「うう。お疲れさまです」 それからナナバさんに連れられて、お店に入った。これは……デートなのかな。わたしの目の前でメニューを眺めているナナバさんを改めて眺める。月光みたいに上品な金の髪、澄み切った冬の青空みたいな碧い瞳。陶器みたいに白くて艷やかな肌。ナナバさんを形どるすべてが貴族の住む邸宅に設えた美術品みたいな美しさだった。ナナバさんの美しさの表現は、わたしの語彙力ではこれが限界だけど、ほんとにほんとに筆舌に尽くしがたいほど美しい。 「どうしたの?」 「な、んでもないです」 「変なだね」 盗み見が見つかってしまった。ナナバさんがクスクスと笑う。わたしは慌てて手を横に振り、メニューに視線を落とした。 +++ お昼ごはんを食べ終わると、二人で同じ馬に乗ってウトガルド城へやってきた。わたしの後ろにナナバさんがぴったりと密着して座り、手綱を握っている。ナナバさんが喋るたびに、声の近さから距離の近さを感じてゾワゾワとする。距離が近すぎて心臓が爆発するかと思ったが、なんとか生きてたどり着くことができた。 眼前に広がる瓦礫の山と化した城。ーーーあのときわたしは、ミケ班に合流するために早馬で向かっていた。念の為ガスを満タンに補給し、もう一馬引き連れていったことが吉と出た。何をするにも念の為、と言って色々持っていき結果的に荷物が多くなってしまう心配性な性格を、あのときばかりは感謝した。それが回り回って、武器もガスもなくなったナナバさんを救った。 わたしはナナバさんを失いそうになった。けれどちゃんと生きている。わたしの隣で凛然とウトガルド城を眺めている。 「あのときたちが来てくれなかったら、私は今頃ここにはいなかったね」 「そんな。でもほんと……よかったです」 心臓が痛む。あの時少しでも出るのが遅かったら、面倒臭がってガスを補給しなかったら、何か一つでも選択を誤っていたら、今頃わたしは献花を持ってひとり、ここに訪れていたのかもしれない。 「もうフラフラで、立ってるのもやっとだったんだけど、が大泣きするからなんとか踏ん張ってたよ」 あのときの自分のことを思い出して、顔が熱くなる。 ナナバさんとゲルガーさんが巨人に掴まれて、刃が折れたブレードを振り回し、なんとか抵抗していた。あと少しで食べられてしまう、二人を失ってしまう、そう思ったら恐怖を通り越して、とにかく巨人を倒さなきゃって思った。立体機動に移り、無我夢中で巨人を蹴散らした。後にも先にも、あの時ほど自分の実力以上に力を発揮できたことはない。怒りや恐怖は時に原動力となるんだな、と身を以て知った。 「本当に、怖かったんです。ナナバさんを目の前で失ってしまう、って考えたら……」 今でもあのときの光景を思い出すと、体の奥底が冷える。今日はどうしてウトガルド城に行きたい、なんて言ったんだろう。折角の貴重なお休み、もっと違う場所のほうが良い気がするけど。 て、いうか二人でお出かけって、わたしは結構意識してしまうのだけど、ナナバさんはこういうのなんとも思わないのかな。なんとも思っていない後輩だからこそ、誘えるのだろうか。ちくり、胸に針が刺さったような痛みが走る。隣のナナバさんを見上げれば、同じくナナバさんもわたしのほうを向いて、いつになく真剣な視線とぶつかった。 「ねえ。嫌なら嫌ってちゃんと断ってほしいんだけどね」 「? はい」 話が見えないけど、前置きを告げられてわたしは頷いた。 「私の恋人になってくれないか」 「え」 反射的に声が漏れる。と同時に心臓がきゅうっと痛いくらい縮んだ。今、恋人になってって言った? それとも自分の都合のいいように脳内変換している? そんな訳ないよね、だってナナバさんみたいな強くて美しくて優しい人が? いやだ、勘違いして痛い目を見たくない。 「君のことを好きなんだと、決定的に確信したのは、まさにここなんだ」 ウトガルド城へと視線が向けられる。ナナバさんのさらさらの金髪が風に揺れる。わたしはナナバさんから目を離すことができないでいた。 「がそれこそ鬼神のように巨人を蹴散らして、私達を助けてくれた」 き、鬼神。確かに、あのときは無我夢中で戦っていたし、正直どんな動きをしていたのか記憶もあまりない。気がついたら巨人を倒して、なんとかナナバさんとゲルガーさんを連れてきた馬に乗せていた。まさに、火事場の馬鹿力ってやつだ。 「朦朧とする意識の中で、のことを悲しませてはいけない。このまま生きて帰ることができたら、何が何でもこの子のことを私が守るんだ、って勝手に思ったんだ」 ナナバさんの視線がわたしに戻されて、はっとしたように目を見開いた。 「順番が可笑しかったね。ごめんね。私は、のことが好きなんだ」 ナナバさんが、私を、好き。 ゆっくりと頭の中で反芻するが、未だに信じることができない。だって、ナナバさんはわたしのことを妹くらいにしか思ってないんだろうって思ってたから。だからわたしは近いけど遠いその距離でずっとナナバさんを見て、想っていた。 ああ、ナナバさんの青い瞳に吸い込まれそうだ。 「でもは私のことをただの仲のいい先輩くらいにしか思ってなさそうだったし、気持ちを伝えて変に距離が開いてしまうことを恐れて、私は何も言えなかったんだ。でも、死を覚悟したとき、が現れた。心の底から君と一緒に生きていきたい、って思ったんだ」 ナナバさんのハスキーな声が鼓膜をくすぐって、泣きたいくらいの幸福感がわたしを包む。ナナバさんから告げられる一言一言がまるで宝石みたいにキラキラして、美しくて、尊い。 「勝手なやつでしょ」 「全然! あの、すごく嬉しいです……!」 「じゃあ、付き合ってくれる?」 悪戯っぽくナナバさんが目元を細めた。答えなんて決まっていますよ。わたしがどれだけナナバさんを好きか、わたしが今、どれだけ幸せか。どうか聞いてくれますか。 「わたしも、ナナバさんが好きです。大好きです。本当に大好きです」 悲しくなんてないのに、ぽろぽろと涙がこぼれては落ちていく。ナナバさんは優しいタレ目を細くして、そっとわたしの涙を拭った。そして、そして…… 「じゃあ私のものだ」 視界が暗くなり、わたしの鼻に固い胸板が当たって背中に腕が回されてナナバさんに閉じ込められた。ナナバさんのフルーティな香りが鼻腔をくすぐる。抱きしめられている、その事実に心臓が過去一番くらいの速さで動き続ける。 「ほんとにいいの?」 「当たり前です、わたしがどれだけナナバさんのこと好きだと思ってるんですか」 「へえ、どれくらい?」 「ナナバさんじゃ想像できないくらい、です」 「可愛い事言うね」 身体が離れたと思ったら、ナナバさんがわたしの肩に手を置いてじっと見つめる。嘘みたいだ、だってナナバさんがわたしのこと好きなんて、あり得ないと思っていた。未だに実感がわかない。 「ねえ、今からキスをしたいと言ったら、ガツガツしすぎって軽蔑する?」 怖いくらい心臓が早鐘を打つ。このままだとわたし、今日尊死するかもしれない。 「わたしもしたいですって言ったら、ガツガツし過ぎだと思いますか……?」 「思うわけ無いよ」 ゆっくりとナナバさんの顔がゆっくりと近づいてきて、わたしたちの隙間を埋めるかのようにぴったりとくちびるが重なった。味なんてするわけないのに、どんなお菓子よりも溶けそうなくらい甘くて、胸が苦しくて、幸せで、何も考えられなくなる。永遠のようで、刹那のようなときが過ぎていく。 そしてゆっくりと顔が離された。 「夢みたいだ」 「そんなの、わたしのセリフです……!」 ナナバさんを失いかけたこの場所で、ナナバさんから好きだと言われた。世界は残酷で、いつどちらかが命を失ってもおかしくない状況はこれからも続いていくけれど、あのときわたしが、ナナバさんを失いたくないと強く思ったことで力を発揮できて、ナナバさんはわたしのために生きたいと思ってくれたなら、お互いがお互いの生きる理由にきっとなれる。なんて、おこがましいでしょうか。 「これからどんどん忙しくなるだろうから、こうやって時間を見つけて一緒に過ごそう」 「はい。ありがとうございます……一緒に過ごしてください」 「敬語もそのうちやめようね、せめて二人のときは、ね」 「う、あ、はい」 どうか、一秒でも長い時間、ナナバさんと一緒に生きていけますように。それ以外何も望まないから、どうか、どうか。そう祈らずにはいられなかった。 「それじゃあ、これからは恋人としてよろしくね」 “好き”が積もっていく。 わたしの心臓はとうの昔に公に捧げたけど、今だけはナナバさんにこの心を全部全部、一つ残らずあげたい。 |