「……辞令が出て、今日から期間限定でリヴァイ班に命ずるって」 「わ、わたしがですか!?」 上官であるハンジの執務室に呼び出され、開口一番に告げられる。リヴァイ班は精鋭集団で、チームワークが抜群によい。が入る余地もないし、適性もないと思われる。だが期間限定と言う言葉に、ひとつ思い当たることがあった。 「そう。先日の壁外調査でペトラが捻挫してしまって、人員が足りないらしいんだ。そう言う訳だから当面はリヴァイのもとでよろしく頼むね。恐らく、掃除だろうけど」 やはりの思う通りだった。ペトラの負傷は聞いていたが、まさか自分が期間限定とはいえリヴァイ班に配属になるとは。ハンジの言う通り、掃除や庶務を請け負うのだろう。 「承知しました。……早速、リヴァイ兵長に挨拶してまいります」 一礼をして執務室から出ようと歩き出す。 「」 「はい?」 呼び止められて振り返るも、ハンジは少し考えたのち、いや、と首を振る。 「なんでもない。頑張ってね、いってらっしゃい」 「はい、いってきます」 失礼しました、とハンジの執務室を後にした。ハンジはしばらくの出て行った扉をじっと見つめるも、ため息をついて天井を見上げた。 「とられちゃったな」 一人呟いた言葉は天井へと吸い込まれていった。 レンタル兵士 序 リヴァイは優しいが、態度は粗野だ。いつも明朗なハンジが上官のにとっては、タイプが違うこともあり、何をしたわけでもないが、何となくリヴァイのもとで働くというのは気が重かった。 重い足取りでリヴァイの執務室の前にやってきて大きく深呼吸すると、ノックする。中からの返事を確認すると、入室した。 「失礼します。・です。本日よりリヴァイ兵長のもとでお世話になります、よろしくお願いします」 「あぁ。来て早々わりぃが、掃除から頼む」 リヴァイは事務処理をしているらしく、一瞬顔を上げると、すぐにデスクに視線を戻して、筆を走らせながらそう告げた。は反射的に心臓を捧げる。 「かしこまりました!」 何度か掃除に駆り出されたことはあるため、リヴァイがどれほど綺麗好きかは心得ているつもりだ。急ぎリヴァイの執務室の掃除に取り掛かった。 「なってねぇ、やり直せ」 「はいっ!!」 心得ているつもりだった。 「てめぇ、掃除ナメてんのか」 「ナメてません!!!」 少し離れれば簡単に忘れてしまうらしい。改めてリヴァイ班の偉大さを思い知った。 掃除を終えてはリヴァイのチェックを受けてやり直してを繰り返していると、初日はあっという間に終わってしまった。気疲れと身体的疲労でひどく疲れてしまい、リヴァイからの仕事終了の報せを聞いて、当初は余力があればハンジのもとへ行って仕事を手伝おうと思ったのだが、そんな体力は残っておらず、結局即自室へ帰った。 ベッドに腰かけ上体を倒すと大きく息を吐く。食堂に行くのも億劫だったが、お腹はすいているので行かなければ、とぐるぐる目をつぶりながら考える。頭では食堂に行きたいのに、身体が動かない。まどろみながら眠りの海で舟を漕ぎ始めたその時だった。ノックの音が聞こえたと思ったら、扉が開け放たれた。 「ー! お疲れ様! って、あれ?」 急速に現実に戻されて、慌てて上体を起こして来客を確認すれば、案の定ハンジだった。一日違う班だっただけで、暫く声を聴いていなかった気がする。 「ハンジさん、お疲れ様です」 「寝てるのかと思ったよ! 今日はお疲れ様」 ベッドに座っているの前までやってくると、ハンジはぎゅっとのことを抱きしめた。会えなかった時間を埋めるような長い抱擁に、の疲れはあっという間に吹っ飛んだ。抱擁を終えるとハンジはの隣に座り込み、頬にキスをした。 「私に会えなくて寂しかったかい?」 「寂しさを感じる間もなく、忙殺されていました。……でも、」 今度はがハンジの頬にキスをする。 「会いに来てくれて嬉しいです」 こてん、とハンジにしなだれて恋人が甘えるように言うので、ハンジは不覚にも心臓が締め付けられる。 悔しいが、寂しかったのは自分の方だ。実験をしていれば夢中になってまだ気にならなかったかもしれないが、今日は事務処理に追われていた。事務書類はあまり好きでないこともあり何度もが頭に浮かんできて今頃何をしているんだろう、なんて柄にもないことを幾度となく考えた。の方は忙しくて寂しさを感じる隙も無かったようだが。 いつの間にやらの存在が自分の中で大きくなっていて、それを自覚して驚く。 ハンジには知りたいこと、やりたいことがそれはそれはたくさんある。恋人なんていうものは別に欲していなかったし、恋愛方面への興味は特になかった。 それが今はどうだ、巨人のこと、世界の仕組み、それと同じくらい目の前の彼女に興味があるし、頭の中を占めている。不思議で仕方がない。 は前に、 『何か嬉しいことがあった時に、真っ先にハンジさんに報告したいんです。美味しいものを食べたとき、ハンジさんにも食べてもらいたい! って思うんです。そういう時に、ハンジさんのことが好きなんだな〜って思います』 と言ってたことがあった。ハンジに言わせれば、巨人や世界のこと、それについて分かった時に、真っ先にに報告したいと思う。真っ先に聞いてほしいと思う。そんな時に、彼女は自分の深いところに根付いているのだと感じる。 いつからこんなに大きな存在になっていたのだろうか、どうしてこんなにが好きなのだろうか、自問しても答えは分からないし、これについては考えるだけ無駄だろう。 と、そこで急にお腹の鳴る音がした。慌ててが体制を直し、お腹を押さえた。出所はだったらしい。ハンジは思わず笑い声を漏らすと、は顔を真っ赤に染めて、消え入るような声で「恥ずかしい……」と呟き、顔を手で覆った。 「あははっ! 全くは可愛いなあ。食堂に行こうか」 「はい……」 こうして始まった期間限定リヴァイ班配属の日々。早速第四分隊が、ハンジが恋しいではあるが、仕事が終われば会うことだってできる、現にこうやって会いに来てくれて、ご飯を一緒に食べれるんだから! と自分を勇気づけるのだった。 |