エレンと一緒に夕飯作りをしていると、匂いにつられて次々と特別作戦班の面々がやってきた。やってくる人みんなに、ハンジさんと一緒じゃないことを不思議がられるものだから、困ったものだ。 「わ〜シチューだ!のご飯って初めて食べるかも〜!」 リヴァイ兵長以外のメンバーが集合したので、配膳を始めるとペトラが嬉しそうに両手を合わせた。 「いやわたしが作ったわけじゃないよペトラ。殆どエレンが作ったんだよ。すごいよね」 「いやいや! さんが手伝ってくれたからですよ!」 「なんかエレン、随分楽しそうだな。嬉しそうな顔してる」 グンタが目を細めて言う。エレンは自覚がないらしく、そうですか? と首を傾げる。 「いい意味で緊張していないというか。まあ、珍しくリヴァイ兵長もいないしな。あとって、人を緩める力があるからな」 「人を緩める力……? どういうこと」 「紅茶に牛乳を入れるとまろやかになるだろう。は牛乳みたいなもんで、場が和むというか、緊張が解れるんだよな」 「分かります、オレ、さんと話しているとき、なんかあったかい、穏やかな気持ちになります」 「ふうん……褒められてるの……かな? どうもありがとう」 あまり自覚がないが、褒められているのならまあいいだろう。牛乳か、初めて例えられたなあ……。 さて、夕飯の配膳が終わったが、まだリヴァイ兵長は戻ってこない。結局わたしの分まで用意してもらって、一緒にご飯を食べることになったのだった。 空腹で、しかも目の前にご飯があるのにもかかわらず、食べれないというのはツラい。先ほどからお腹がぐぅぐぅと不平を訴えている。誰か先に食べようよと言い出さないかな、と考えたところで、タイミングよく扉が開いてリヴァイ兵長がご帰還された。班員が立ち上がり、口々におかえりなさい、と迎える。わたしもそれに倣い立ち上がり、お疲れ様です。と頭を下げ、カバンから例の書類を取り出し、渡した。 「リヴァイ兵長、エルヴィン団長から書類を預かっており、届けに参りました」 「どうやら入れ違いだったみてぇだな」 リヴァイ兵長が軽く書類に目を通すと、「おめぇら先に飯食ってろ。よ、お前はこっちだ」と言い残して、部屋を出て行った。よ、お前はこっちだ……頭の中でリヴァイ兵長の言葉が耳鳴りのように響き、そして観念した。きっと今のわたしは、諦観を露わにしているだろう。ちらっとペトラを見れば、同情の眼差しを浮かべていた。 さようなら、温かいシチューたち。と心の中で呟いて、リヴァイ兵長についていった。 リヴァイ兵長の部屋で、お渡しした書類を片手に、今度の壁外調査の件について確認がされた。 今回の壁外調査は今までの拠点づくりとは違い、表の目的と、裏の目的がある。そして、裏の目的については壁が壊される前――つまり5年前には入団していた兵士のみが知っている。 リヴァイ班は精鋭揃いだが、壁が壊されてからの入団なので、その目的は明かされていない。だから、作戦については彼らがいないところで確認する必要があった。 「……ところで、こんな時間までここにいたら、クソメガネが黙ってねぇんじゃねえか」 「今日はリヴァイ兵長に書類をお渡し次第上がりと言われているので、大丈夫です。まさか遅くなったからと言って迎えにくる程、過保護ではないですよ」 わたしはもう二十歳を超えたいい大人で、序に言うなら兵士だ。ハンジさんは結構わたしに優しいし、何かと甘いけど、まさか、ねえ。今日は会う予定もないし。 「〜!」 遠くの方からわたしを呼ぶ声がした。幻聴? しかしリヴァイ兵長も聞こえているらしく、目があった。そして、どたどたどたと駆けあがる音が聞こえてきたと思ったら、大きな音を立てて扉が開け放たれた。そんなまさか、こんなタイミングで? やってきた人物を見れば、ハンジさんが肩で息をしながら登場した。 「! 遅いから心配して迎えに着ちゃったよ!!」 ハンジさん……! 嬉しい、嬉しいんですけど、リヴァイ兵長にそこまで過保護じゃないですって言っちゃいました!! でも心配してきてくれたのはすっごく嬉しい!! 「だとよ、」 リヴァイ兵長がにやっと口の端を釣り上げて言う。さすが、ハンジさんとの付き合いが長いだけあり、ハンジさんのことをよくわかっていらっしゃる。 「……どうやら見くびっていたようです」 わたしは肩を竦める。 「なに!? その意味深なやりとりは」 「なんでもありません。ハンジさん、わたしの分のシチューがあるので一緒に食べていきませんか」 「いいの? が作ったの?」 ハンジさんは先ほどまで険しい顔をしていたが、一気に表情が緩む。 「わたしとエレンで作りました」 「それは楽しみだなぁ。勿論食べていくよ! エレンに実験の件について説明したいしね!」 ソニーとビーンはいなくなってしまったものの、エレンの巨人化については謎が多い。それゆえ、近日中にエレンの巨人化実験を行いたいと考えていたのだった。すっかり機嫌がよくなったハンジさんが、食い気味に頷いた。 ごめんなさいエレン、今日はハンジさんと一緒ではないって言ったけど、結果的にハンジさんと一緒になりました。出来る限り実験の話は短くするように、努力するね。と、今頃シチューを食べているであろうエレンに詫びる。 その後、シチューとパンをハンジさんと二人で分け合って食べて、少しエレンに実験の話をした。リヴァイ兵長とも相談の上、明日から早速リヴァイ兵長立会いのもと、実験を行うことにした。 リヴァイ班からの視線を一身に受けて、今日は心を鬼にして実験の話を途中で遮ることに成功した。 帰り際にエレンが、 『さん、明日も来てくれるんですよね? 会えるの楽しみにしてます。また、明日。おやすみなさい』 と、わたしにだけ言ってくれたことにより胸をときめかせたのは、勿論ハンジさんには内緒だ。 馬を奔らせ兵団本部に戻り、それぞれの部屋に戻ろうとするも、ハンジさんが珍しく「の部屋に行ってもいい?」と言うので、きていただいた。ドキドキしながらも、ベッドの上に二人で腰かける。 「あのね、今からとても格好悪いこと言うけど、聞いてほしい」 「は、はい……」 意味深な前置きに思わず身体を固くする。何を言われるのだろう、と心臓の動きが早くなる。どうしてもいやな想像ばかりが頭に浮かび、怖くて仕方なかった。 「……リヴァイと二人っきりで部屋にいて、ちょっと心配したよ。とリヴァイに限ってないとは思うけど、でもが男と二人でいたって思うと、胸がザワザワするんだ」 そういうと、ハンジさんはわたしの背中に手を回してそっと抱きしめた。ハンジさんに抱きしめられて、ハンジさんの匂いがして、ハンジさんに心配してもらって、わたしは胸がぎゅっと締め付けられた。心配かけてしまって申し訳ない気持ちと、幸福感とが共存している。 「ごめんね、好きなんだ。だから心配してしまう」 「心配かけてしまってすみません……でもわたしはハンジさん以外考えられません」 わたしもハンジさんの背中に手を回す。 「にその気がなくても、男たちが放っておかないさ」 「残念ながらそんなモテません。心配いりませんよ」 「私にとってはとても魅力的なんだよ」 身体が離れて、ハンジさんはかけていた眼鏡を上へずらすと、貪るようなキスをされる。身体の芯がじわじわと熱に侵食されていくような感覚に陥る。ハンジさんから与えられるものは、すべてが刺激的で、そして官能的だ。このまま二人溶けて、交わって、一つになれればいいのに。そうすれば、二人を別つものは何もない。 そのままベッドに押し倒されて、わたしの服のボタンに手をかける。 「私のものだって、刻みつけてやる」 そういって唇の端を釣り上げたハンジさんと、このあといつもよりも激しめに交わり合ったのだった。 その後、お風呂に入ったときに鏡で自分の姿を見て驚愕した。胸元から首筋にかけて、キスマークがいたるところに点在しているのだ。胸元はまだいい、見られることはないから。けれど首元はブラウスを着ていても見えてしまうような絶妙なところにつけられている。これはワザとなのか、それとも目が悪いが故のことなのか、答えは分からないが、ここに跡がある事実は変わらない。 これ……どうやって隠そう。包帯やマフラーを巻いたら逆に目立つし、外套を羽織っていてギリギリ隠れるかどうか。なんて色々考えるも、いい方法が浮かばず、思わず重いため息をついてしまうのだった。困るけれど、ちょっぴり嬉しいと考えてしまう自分は相当重症なんだな、と自覚して、今度は苦笑いを浮かべた。 |