特別作戦班に護られているエレンは、名目上は監視と言うことになっている。今日は馬の世話をしているようだった。その近くでオルオが草むしりをしている。わたしはと言うと、次回壁外調査についてリヴァイ兵長に渡すべき資料があるとのことで、配達に古城へやってきたのだった。先日来た際は夜だったが、今日はまだ日が昇っているため、古城の姿も夜の時のそれとは変わって見えた。
 わたしが馬から降りると、わたしに気づいたエレンが駆け寄ってきてくれた。

「こんにちはさん」
「こんにちはエレン。名前を憶えててくれたんだね」
「勿論です。今日はハンジさんは一緒ではないんですか?」

 窺うように言われ、わたしは先日、エレンがハンジさんに朝まで付き合わされたことを思い出した。今日は一緒ではない。今日のところ、は。きっと次くるときはハンジさんと一緒だろうけどね。エレンの巨人化実験ついて、ソニーとビーンが何者かに殺害されてしまったことによって流れてしまったので、きっと近日中にはまたやってきて、エレンはハンジさんの被検体となるだろう。
 わたしは小さく笑みを浮かべると、首を横に振った。

「今日はわたしだけだよ。リヴァイ兵長に届けるものがあってきたの。兵長はどこにいる?」
「リヴァイ兵長ならついさっき調査兵団本部に行きました。すれ違っちゃったみたいですね」
「あら、残念……」

 このまま書類をエレンに帰ってもいいが、できれば直接渡したいという気持ちもある。自分の間の悪さを恨みつつも、どうしたもんかと考えあぐねる。

「よかったら兵長が戻ってくるまで待ってますか? オレはこれから夕飯当番なんですけど……」

 それでもいいかもしれない。エレンの夕飯作りを手伝っていれば、じきに帰ってくるはずだ。今日は書類を届けたらあがっていいと言われているので、戻るのが遅かろうが何も問題はない。
 少し迷って、わたしはエレンの提案通り古城でリヴァイ兵長の帰りを待つことにした。

「ありがとう。待たせてもらうね。夕飯当番手伝うよ!」
「そんな、大丈夫ですよ! さんに手伝ってもらってなんて言ったら、オレ怒られます!」
「わたしが手伝いたくて手伝うんだから! リヴァイ兵長にはわたしから言うし、こう見えてペトラたちより年上なんだよ? だーいじょうぶだって」
「そうだったんですか!? てっきり同い年くらいかと――」
「ふっ。なんだ、俺に会いに来たのか?」

 手綱を馬留にくくりつけてながらそんなことを話していると、オルオがやってきた。首元にリヴァイ兵長がいつもつけているヒラヒラスカーフのようなものをつけている。こんな服、確か今まで着ていなかったはずだ。

「オルオに用事はないですぅ〜。ねえ、ペトラが言ってたけど、ほんとにリヴァイ兵長意識してるんだね……?」

 ペトラが物凄く嫌そうな顔で言っていたのを思い出した。若干目指すべきところがずれているような気がしないでもないが、人類最強と言われているリヴァイ兵長は、確かに憧れている兵士も多い。兵士だけでなく、民間人の中でも有名らしく、リヴァイ兵長はよくファンレターを貰っている。

「ねえエレン、そんな変な喋り方しても面白いだけだよって言ってやってよ」
「えっ」
「おい、調子乗るなよ新兵。俺はリヴァイ兵長から選ばれた存在なんだ。お前ごときの為にだなあ――」
「もう、煩いオルオは放っておいてキッチンにいこ」

 後ろからエレンの肩に手を置くと、オルオを置いて古城の中へとすたすた列を成して歩いていく。

「ちっ、新兵。俺の監視から逃れられると思うなよ」

 オルオも遅れてついてきて、結局は三人でキッチンへとやってきた。
 リヴァイ班は交代制でご飯を作っているらしいが、リヴァイ兵長は後片付け専門らしい。と、エレンが一緒にジャガイモの皮を剥きながら教えてくれた。オルオはというと、テーブルセッティングのため、別室でまずは念入りなテーブル拭きから始めた。
 エレンと喋ると、彼がどこでもいる普通の新兵だと改めて感じる。なんなら素直そうで、可愛い弟のようだ。隣で一生懸命芋の皮を剥いている男の子が、急に巨人化する可能性もあるんだと思えば背筋が寒くなる思いもあるが、ハンジさんと同様、わたしはエレンのことを信じている。彼は人類に利する存在だ。
 だからこそ、わたしは絶対リヴァイ班ではやっていけない。慎重で、何かあればいつでも躊躇いなく刃を向けられるくらい、瞬時に決断ができる人たちでなければ務まらない。そして彼らはそれができる。

「そうだエレン、この間はハンジさんの熱い講義を聞いてくれてどうもありがとうね」
「あぁ……すごく長かったですけど、でもハンジさんはすごい人ですね。あんな風に巨人を見ることが出来るなんて、オレには考えもつかなかったです」
「そうだよね。わたしも初めてハンジさんの話を聞いたときは、本当に感動したなあ。でもすっごく眠かった」
「正直オレ、さんもハンジさんと同じで変人なのかなってちょっと疑ってました」
「そうなの?」

 ハンジさんと同じで、変人……。なんとも複雑な気持ちになる。ハンジさんと同じは嬉しいけど、変人とされるのはちょっと、なあ。

「はい。でもさんは変人ではなかったです。なんか、あったかい人ですね」

 手を止めてわたしに笑いかけてくれたエレンに、なんだかくすぐったい気持ちになる。照れくさくて、何も言えないわたしは、小さく「恐縮です」と呟くのだった。

「じゃあわたしも正直に話すとね、エレンのことを初めて聞いた時、どんな新兵なのかなって色々想像したんだけど、実際会って喋ったら、いい意味で普通の男の子で吃驚したよ。もっと仲良くなりたいなって思ってる」
「……そんな風に言っていただけるなんて、すっごい嬉しいです」

 囁くように言ったエレンの横顔はなんだか切なそうで、わたしは少し悲しくなる。エレンに向けられている感情は様々で、良い感情がすべてではないのは何となくわかっている。彼だって自分の能力がよく分からないままリヴァイ兵長たちに監視されていて、同期から離されて、心細いに決まっている。

「エレン、何かわたしに力になれることがあったら言ってね。出来ることはあんまりないかもしれないけど……」
「そんな! こうやってさんがきて、お話しできただけで、オレはすごい力になってます」
「あっそうだ少し待ってて」

 わたしはキッチンの隅に置いた自分のカバンから、焼き菓子を取り出した。前に街で買って、食べようと思っていたものだ。それをエレンに渡す。

「これ、あげる。みんなには内緒だよ」
「いいんですか……?」
「勿論!」

 エレンが大きな目をキラキラと輝かせて焼き菓子とわたしとを見比べる。こんなに喜んでくれるなら、渡しがいがあると言うものだ。またお菓子を買うとき、わたしはこの顔見たさにエレンの分も買ってしまうに違いない。

「ありがとうございます……! オレ、嬉しいです!」
「ふふふ。また買ったらあげるね」

 今のわたし、デレデレとしていないか心配だ。えー可愛いなあエレン。

「エレンの好きな食べ物はなあに?」
「オレは……シチューが好きですね」
「シチュー美味しいよね。ねえ今日の夕飯、シチューにする? この材料なら作れそうだよね」
「確かにそうですね。今日は、シチューにします!」

 最初のプランでは芋とか野菜を炒めるという、ザ・男の料理の予定だったが、ざっと見た感じシチューが作れそうだ。エレンとニコニコと微笑みあい、頷いた。

「一緒に料理していると、なんか家族になった気分」

 こうしてエレンと一緒にキッチンに立っていると、旦那さんと一緒に料理しているみたいな気持ちになった。将来、ハンジさんと結婚したら、こんな風にキッチンに立って、一緒にご飯を作るのかな。なんて思いを馳せる。想像したらなんか嬉しくなっちゃった。

「オ、オレとさんがですか?」

 しまった、なんも考えずに発言したらエレンを戸惑わせてしまった。案の定戸惑ったような顔をしていた。

「うん。急にごめんなさい、ふと思ったもんだから……深い意味はないから忘れて」
「あ、いや、オレも同じこと考えてて。さんと結婚したらこんな風にご飯作るのかなって」

 相手は違えど、まさに同じようなことを考えてたみたいだ。まん丸の目を少し細めてエレンが言う。ええ、可愛い……! エレン、わたしと結婚することを考えてくれたの? 可愛すぎないですか……?

「きっとそうだよ。非番の日は一緒に街に買い物に行って、料理するの。楽しそうだなあ」
「すっごい楽しそうですね! オレ、荷物持ち頑張りますよ」
「おい、何の話してるんだ? って、じゃないか」

 エレンと空想話に花を咲かせていると、ふいに後ろから声がかかって情けないくらい肩をびくっとさせてしまった。声の主はエルドだった。

「やっほーエルド。今の話、なんか聞こえてた?」
「エレンの声しか聞こえなかった。荷物持ち頑張るとかなんとか、何の話してたんだ?」

 わたしとエレンは顔を見合わせると、どちらともなく笑いだす。この話は二人だけの秘密だ

「ナーイショ」

 わたしは振り返ってエルドに言うと、エルドは怪訝そうな顔をしつつも、「おう」と返事をしたのだった。




エレンと一緒


(20201222)
ハンジさん出てこず……。