※ハンジ→3年生 モブリット、→2年生 巨人中はアニメベースでお願いします。 生物部の部活動を終えて、とハンジとモブリットは三人で合宿の打合わせのためファミレスにきていた。打合せとは名ばかりで、結局ぐだぐだと喋っているのが現状ではある。合宿の話からは早々に逸れて、今は先日の文化祭の話に花を咲かせている。 「そういえばわたし、No Nameのライブ見たんですけど本当にかっこいいですよね……」 「へ、へえ。は三人の中のだれが好きなの?」 ハンジが平静を装い尋ねる。モブリットは両者の顔を見比べ、はNo Nameの正体に気づいていないこと、ハンジはとりあえず様子を見ていることを悟った。 「ギターかベース弾いている人です。どっちを弾いているかはわからないんですが……」 「あれはギターだよ。へえ、はNo Nameのギタリストが好きなんだ」 「ハンジ先輩……?」 モブリットが伺うようにハンジの名を呼ぶ。つまり、正体を明かすのか、このままシラを切るつもりなのか。それにしてもがまさかNo Nameの正体に気づいていないとは、ハンジとしてもモブリットとしても意外であった。 「一体どんな方なんでしょうか。同じ学校の方なんですかね?」 「さあ、どうだろうねぇ」 「モブリットは知ってる?」 「え? うーん、どうだろう」 からの問いに、ちらちらとハンジの様子を伺いながら、なんとも歯切れの悪い返事を返す。は悩ましそうに腕を組んで、うーん。と唸った。 「正体もわからない人にファンレターを渡すにはどうすればいいんでしょうか。実はわたし、あの日からずっとNo Nameのあの方が気になってしまい……寝ても覚めても頭に浮かぶんです」 「えぇ!? そうなんだ。実は私、彼とは知り合いなんだ。だから渡しておくよ?」 事情を知る第三者が見ると、なんと間抜けなやり取りなのだろう。モブリットは笑いたい気持ちを太ももをつねることにより耐える。 「いいんですか!? そしたらわたし、今日帰ったらファンレターを書いてきます!」 「勿論だよ。他ならぬの頼みだからね?」 アンタ今、どんな気持ちで引き受けてるんだ!? とモブリットは問いただしたい気持ちでいっぱいであったが、ここは自分の出る幕ではない。 ここから、とハンジとNo Nameのギタリストとの奇妙な関係が始まった。 「ハンジ先輩! 早速わたし、ファンレター書いてきたんです。お渡しいただけますか?」 翌日、放課後の生物部。モブリットと共に理科室にやってきて早々は可愛らしい封筒を胸の前に持ち、ハンジに問うた。ハンジは快く受け取り、必ず渡すよ。とに言い、自身のカバンに丁寧に入れた。 「ありがとうございます! わ〜、この手紙を読んでいただけるって考えたらなんだか緊張してきました……!」 頬を赤く染めて部活の準備を始めるを、複雑な面持ちでハンジは見つめる。やがてハンジはちょいちょいとモブリットを手招きし、廊下へ一緒に出た。 「どうしようモブリット、手紙もらっちゃったよ」 「いやハンジ先輩、は今日、ずっとハン……いや、No Nameギタリストの話をしてたんですからね。文化祭の日からずっと気になってたんですから。かんっっぜんに正体に気づいてないし、かんっっっぜんに好きになってますよアレ。皆なんとなく空気を読んで正体は伝えてませんけど、いつバレてもおかしくないんですからね!」 「やっべぇな可愛すぎ! すぐ正体バラそうと思ってたんだけど思わぬ方向にいっちゃったからさぁ、言うタイミング逃しちゃったんだよねぇ」 頭の後ろで手を組んでニコニコと明らかに楽しんでいる様子のハンジに、モブリットは眉を寄せる。 「自分は知りませんからね」 「あははっ。だって手紙を渡したらそれで満足でしょう」 「ハンジ先輩はいいんですか?」 モブリットの見立てでは、ハンジはに対して特別な感情を抱いているはずだ。本人が公言しているわけではないが、近くで見ていればよくわかる。が熱を上げているのが自分の別の姿だとは言え、すごく紛らわしいことになる気しかしない。今、正体を明かせばとんとん拍子で話がまとまりそうなものだが。 「モブリットは本当に苦労人気質なんだから。だーいじょうぶだって」 ぽん、と肩に手を置いてハンジはにかっと笑った。 「、例のギタリストから返事だよ」 翌週、放課後の理科室にて。ソニーとビーンのためのご飯を楽しそうに準備していたとモブリットのもとにハンジもやってきて開口一番にそういった。ハンジはシンプルな封筒をに渡せば、はみるみるうちに目を丸くし、顔をリンゴのように赤らめて、手紙とハンジとを見比べた。 「まっ、へ、え、ハン、てっ!?」 「? 落ち着いて。はい、深呼吸!」 の両肩に手を置くと、は大きく息を吸って、そして吐いた。それを三度ほど繰り返す。落ち着きを取り戻すと、はハンジを見上げてあの、と口火を切る。 「手紙読んできてもいいですか?」 「勿論だよ。いってらっしゃい」 ひらひらと手を振れば、は理科室の端で手紙を読み始めた。そんな様子を椅子に腰かけて遠くから眺めていると、自然と顔が綻んだ。さて、いつ正体を明かそうか。なんて考えていると、ハンジさん。と呼ぶ声が頭上からかかる。 「なんだいモブリット」 何か言いたげな眼差しでハンジを見下ろしているモブリットはハンジの隣に腰かける。 「いつ打ち明けるんですか?」 「うーん、今考えてたんだけどねぇ。いつ明かせばいいんだか」 「アンタ絶対明かす気ないでしょう。返事なんて書いちゃって、楽しんじゃってるじゃないですか」 「だってさぁ、ファンレターなんて貰ったことある? なんか有名人になったような錯覚に陥ったよ」 「ハンジ先輩はのことどう思ってるんですか。憎からず思ってるんでしょう?」 「そうだね。全く、モブリットには隠し事ができないなぁ。何と言うか、私は私自身のことを好きになってほしいのさ」 NoNameのギタリストではなく、ハンジ・ゾエを、と言うことか。分かるような、分からないような。離れた場所で手紙を読んでいるの顔は、完全に恋する乙女のそれだ。なんともまどろっこしい二人の恋路にモブリットは無意識にため息をついていた。 「なあ、ギタリストになんて手紙書いたんだ?」 「え、教えないよ! 恥ずかしい」 部活からの帰り道、モブリットはに問う。は動揺を隠すように大きな声で言い、モブリットをねめつけた。とはいえ、自分よりも幾分小さいからねめつけられても全く怖くない。モブリットは同じ調子で質問を続ける。 「じゃあ、ギタリストのこと好きなのか?」 「……」 見事に言葉を詰まらせて前方へと視線を戻した。何の言葉も紡げなかった。無言は肯定。そしてそんなを見てモブリットは一つの結論に行きつき、ほぉ。と驚いたように息をつく。 「……そうだったのか」 「ちが! ちが……違くない……」 反射的に否定しようとして、けれど心に嘘はつけなかった。どんどんか細くなる声で、結局は二重否定をしてモブリットの言葉を肯定した。 「変だよね……だって一度しか見たことなくて、喋ったこともない人のこと好きなんて」 「うーん」 厳密に言えば、何度も見たことあるし、ついさっきまで喋っていた相手の訳だが、ハンジとギタリストはどうにも結びつかないらしい。の中で作り上げられたギタリストの虚像があって、それに恋をしている。それは恋と言っていいのだろうかと困惑しているわけだ。 「俺にもよく分からないけど、恋ってきっとそんなもんだと思う。相手の知らない部分を知りたいと思うのは、少なくとも興味があるからだろ。そして、相手のことを知らないなら知ればいい、よくハンジさんが言ってるとおり。それでなんか違うって思えば、その気持ちは自然と昇華されるさ」 「……なんか恋愛マスターみたいなこと言うね。まあでも確かにそうだね」 深く考え込み過ぎずにいくね、とはいつもの笑顔で言うのだった。急がば回れと言う言葉がある。彼女が曲がりくねった道を歩き続け、行き着く先が幸せで溢れているように、モブリットは祈るのだった。 |