は昨日、酔いつぶれた挙句、本当にハンジに担がれて兵舎まで戻ったのだが、その揺れで気持ち悪くなってしまい、しばらく兵舎のトイレとお友達になっていた。その間ずっとハンジはの背中をさすりながらぺらぺらと喋り倒していたのだが、は全く耳に入ってこなかった。だが、

『ねえねえ何吐いてるの? 見せて見せてぇ!』

 と、おおよそ正気とは思えないことを言われたことだけは深く記憶に刻まれていた。
 しばらくしたら酔いも覚めて気持ち悪さも収まったため、お風呂に入ってハンジの部屋で眠りに就いたのだった。
 翌朝目が覚めると、ハンジはもう目覚めていて、すぐ隣で片肘をついての顔を覗き込んでいた。の起床に気づくと、ハンジはおはよう。と笑いかけた。

「おはようございますハンジさん。起きてたなら起こしてくださいよお……」

 寝顔を見られていたなんて恥ずかしくては思わず顔を隠す。

「いやあ寝顔が可愛くてついね」

 の頭をそっと撫でた。は指と指の間からハンジの端正な顔を眺める。朝日に照らされたハンジは今日も美しかった。は朝から胸が締め付けられるのを感じる。もっとハンジを見たくて、顔を覆うのをやめて、その手をハンジの身体にまわした。
 
「昨日は……どうもすみませんでした。記憶がない部分もあるのですが、とても楽しかったです」
「私も楽しかったよ。さあ、昨夜はできなかったけど、子どもを作ろうか!」
「は? 子ども?」

 なんかの聞き間違いだろうか。それとも実験の話だろうか。巨人の生殖器はないから子どもをつくる実験はできないと思うんだけど。
 興奮気味に言うハンジに、は寝起きのぼんやりとした頭を回転させながら、必死にハンジの言葉を理解しようと努めた。が、結果よくわからなかった。

「そう、子ども!」
「……なんの子どもですか?」
「私との子どもに決まっているじゃないか! 昨日がトイレとお友達になっているときに子どもを作ろうって言ったら、はい。って何度も言ってたよ」

 あの時は気持ち悪いのピークで、ハンジの言葉はすべて聞き流していたから適当に返事をしていた時だ。

「ああ、丁度記憶がない部分ですねそれ。だからその返事は無効ですね、はい」
「ええーー!? 子ども作らないの!?」

 それにしても朝からなんとテンションが高いのだろうか。そしてこの反応から、ハンジが本気で子どもを作りたがっているのを感じ取る。なぜ急にこんな発想に至ったのだろうか。昨夜の会話を思い出してもそこに至るようなヒントは何もないように思えた。
 それ以前に、子どもをつくる前に為すべきことがあるはずだ。

「……結婚もしてないのに子どもをつくるんですか?」
「ああ、それもそうだね! よし、結婚しよう!」
「ええ? 子どもをつくるから結婚するんですか?」
「うん! とにかく今すぐにでも子どもが欲しいんだ」

 子どもが欲しいから結婚する? それは違うんじゃないか。とは違和感を感じる。結婚って、好きだから、ずっと一緒にいたいからするんじゃないのか? もやもやと胸にわだかまりができる。

「……」

 くるりとハンジに背を向けて、ベッドから起き上がる。

「ちょっと、ひとりにしてください」
「え、? どうして??」

 ハンジの問いには答えずに、ハンジの部屋を出た。



「そしたらが怒っちゃってさー。なんでかなあリヴァイ、私のことを嫌いになっちゃったのかな」

 自室で報告書を書いていたリヴァイは筆を止め、はぁと短く息を吐く。そして椅子に座りながら悩まし気に眉を寄せているハンジに目を向けた。

「テメェのその脳みそは巨人のクソでも詰まってんのか」
「え、詰まってないよ?」

 ぱちぱちと不思議そうに瞬きするハンジ。

「それに巨人に排泄機能は―――」
「そうじゃねぇ」

 始まりかけた巨人トークを一刀両断して、リヴァイは筆を置いた。

「そもそもテメェがなんで子どもが欲しいと思ったのか、テメェの取っ散らかった思考をもう一度整理しろ。なぜ子どもが欲しいのか、なぜ壁内にいてほしいのか」
「……ふむ」

 ハンジは思案する。

「ここで考えんな。自分の部屋でやれ」
「ええー、ケチだなぁリヴァイ」

++

「と、言う訳で、モブリットはどう思う?」

 リヴァイの部屋を追い出されたハンジはその足でモブリットの部屋に行った。今から出かけるところらしいが、少しだけ時間を貰えたのでモブリットの意見を聞いてみる。

「え、分隊長本当に提案したんですか! アンタバカなんですか!!」
「私はいつだって本気だよ!」
「うーん、自分に言えることは、普段は喋りすぎているくらいペラペラ喋っているのに肝心なことを何も伝えられてないってことですよ!」
「肝心なことって?」
「ですから、分隊長はのことを愛しているからこそ壁内にいてほしいわけで、そのために……あ、いや、これ以上は言うまでもありませんね。ほら、自分はもう出かけますからね」
「……ふむ」

 何となくわかってきた。ハンジはその足での部屋へと向かった。
 の部屋をノックすると、扉の奥から、はい。と返事が聞こえてきた。扉をあければ、も室内から扉をあけようとしていたらしく、扉近くにいた。

「あ、ハンジさん!?」

 間髪入れず抱きしめるハンジ。強いくらいの抱擁には戸惑いを隠せない。

「どうしました? 今朝のことでしたら――」
「ごめんね。私の言葉が足りなかったし、色々と急ぎ過ぎてしまった。私の悪い癖だ。私の話を聞いてくれる?」
「……もちろんです」
「私はね、を愛しているからこそ安全な壁内にいてほしくて、そのために子どもが欲しかった。子どもがいればは壁内で待っていてくれるだろう? でも私は肝心な、を愛している。と言うことを伝えずにいたね。ごめんね、愛しているよ。そして順番を間違えていた。を愛しているから、と結婚したいし、との子どもが欲しい。そしてその時は壁内で私の帰りを待っていてほしいんだ」

 心情を吐露したハンジ。

「……ほんと、ハンジさんは生き急ぎ過ぎです」

 ハンジらしい早まり方に、は笑みを零す。というか、さっきから子どもが欲しいとか結婚したいとか散々言われたが、これはプロポーズなのか? と、そんなことを聞くのは野暮だろうか。

「とにかくだ」

 ぐいと離れて、ハンジはの両頬を包んだ。

「結婚してくれる? 

 顔に熱が集中する。優しく目を細めて告げられた言葉はプロポーズととっていいのだろうか? 

「あーでも」

 でも!? いやに心臓が早くなる。

「プロポーズちゃんとしたいしな、また改めて言わせてもらうよ」
「は!? なんですそれ! 今のなんなんですか!」

 頬を包んでいたハンジの両手を引っぺがして、吠えるように言う。

「ほら、指輪だって買ってないし。私だってそこらへんはちゃんとしたいしさ」
「いやいやちゃんとした人は結婚してくれって言った後、やっぱまた改めてなんて言いませんし!」
「あははっ! 怒った顔のも可愛いなぁ」
「……っ! もう、ハンジさんのアホ……」

 もう、何を言っても無駄だと悟る。はふぅとため息をつくと、諦めたように眉を下げ、口角を上げた。

「待ってますからね、プロポーズ。結婚したら子ども作りましょうね」
「うんうん! あぁ楽しみだなぁ。に似た女の子とに似た男の子が欲しいなぁ」
「わたしはハンジさんに似た女の子とハンジさんに似た男の子がいいです」
「家族みんなで巨人の観察日記を付けよう! それぞれ異なった視点で見るとまた面白い発見があるかもしれないからね。子どもの柔らかい頭なら私たちが想像もできないようなことを思いつくかもしれない!」