「ここが俺の部屋だから、待っていろ」
「すみません。お邪魔します」

 案内された部屋の窓際にあるテーブルのイスに腰かけて、リヴァイ兵長のことを待つ。
 程なくしてリヴァイ兵長がティーポットと2つのティーカップを持ってきて、注いでくれた。ふわりと花のような香りがした。

「ありがとうございます。いただきます」

 人類最強と名の高いリヴァイ兵長に紅茶を淹れていただけるなんて、これだけで箔がつきそうだ。
 しかし、リヴァイ兵長と二人きりの個室で向き合ってお話しすることはあまりないので、なんだか緊張してしまう。一口紅茶を口に含めば、ハーブのような香りが口いっぱいに広がった。初めて飲んだ味だった・

「あの奇行種と一緒にいると苦労が尽きねぇだろう」
「毎日刺激的で楽しいですよ」

 振り回されることは多いし、気が付けば何日もお風呂に入らないし、巨人について語りだしたら止まらないけど、それでも傍で一緒に働くのはとても楽しい。苦楽を共にするモブリットさんもいるし。

「……人の好みにとやかく言う訳ではねぇが、クソメガネの何がいいんだか俺は不思議で仕方ねぇ」
「ハンジさんはカッコいいんです。誰も行ったことのない道を一人でずんずん進んでいくすごくカッコいい人なんです。わたしには誰も進んだことのない道を開拓して進むなんて、できません。ハンジさんはすごいんです」
「ハンジに惚れ薬でも飲まされたんじゃねぇか?」

 リヴァイ兵長の冗談(真顔だけど)にわたしは小さく笑う。

「先に好きになったのはわたしなんです。噂でハンジさんのことは知っていたんですが、初めて見た時にカッコよすぎてドキッとしたんです」

 そしてハンジさんに巨人の話をしてもらって、わたしの価値観が音を立てて崩れ、そして再編されるのを感じたのだ。巨人に対して様々な角度からアプローチをして、巨人のことを知っていく。わたしは巨人に対して興味なんて全くなかった。ただ、倒すべき存在。きっと多くの兵たちがそう思っているだろう。
 でもハンジさんは違う。ハンジさんは巨人の生態を究明して、活路を見出そうとしている。こんなことが考えつくのはきっとハンジさんだけだ。そんなハンジさんの力になりたいと思ったのは自然だった。

「ハンジさんのこと、もっと知りたくて、もっと力になりたくて、少しでも近づけるように頑張って、ハンジ班に配属されることになって、奇跡的にハンジさんもわたしのことを好きになってくれて。ほんと、惚れ薬があったら間違いなくわたしがハンジさんに飲ませてましたよ」

 ―――リヴァイ兵長が傾聴してくださるのをいいことに、ぺらぺらとハンジさんへの想いを語っている自分に気づいて、我に返る。

「すすすみません、聞かれてもないのにハンジさんへの想いをぺらぺらと……!」
「いや、構わねぇ。クソメガネのことをこんな風に見ることも出来るのだと感心していたところだ。恋は盲目とはよく言ったもんだな」

 リヴァイ兵長の一見悪口のような優しい言葉に、心が温まるのを感じた。リヴァイ兵長は神経質だし粗暴だとよく聞くが、そんなことはない。ただ勘違いされやすいだけだ。ハンジさんが仲いいだけある。本当はとっても優しいんだ。こんなわたしの話にも耳を傾けてくれる。

「大変だとは思うがこれからもハンジのことを公私ともによろしく頼む」
「も、もちろんです……!」

 くすぐったい気持ちだ。リヴァイ兵長にハンジさんをよろしくと言われている。自分が認められたようでとても嬉しかった。

「特にが一緒の班になってからは、壁外でひとりで勝手にどっか行くことが少なくなったから助かってる」

 『壁外では絶対に私から離れないこと』とハンジさんから常々言われている。一度巨人に食べられそうになってから、特に厳しい。それからは必ず壁外ではハンジさんの傍にいるようにしているし、ハンジさんが巨人を追って行くときは必ず一緒に連れていかれる。(そしてそれをモブリットさんが追いかける。)
 それからリヴァイ兵長と取り留めのない会話をぽつりぽつりと交わすと、あっという間に2時間が経っていた。明日も実験があるのでもういい時間だ。

「ちょっとハンジさんの様子を見てきます」

 地下室へくだり、扉を開けて中の様子を見るが、相変わらずハンジさんが喋り倒している。だいぶ熱が入っているようだった。わたしはそっと扉を閉じて、リヴァイ兵長の部屋に戻った。

「まだまだかかりそうです。すみません」
「……ハンジのアレは調査兵団の通過儀礼ってところだな」

 リヴァイ兵長が浅くため息をついた。

「遅くまですみません。わたしはどこか別の部屋で待たせていただきますのでお気遣いなく」
「俺はまだ寝ねぇからここにいても構わない。もう少し待ってそれでも喋ってるようだったら無理やり口を塞いじまえばいい。部屋ならいくらでもあるからどっかの部屋で寝ても構わねぇ」

 お言葉に甘えてリヴァイ兵長の部屋で待たせてもらうことにした。一人で別の部屋で待っているのはちょっぴり怖い。
 それにしてもわたしにハンジさんの止めることはできるのだろうか……。ハンジさんが嬉々として喋るお顔を眺めて、とろんとしてしまうに違いない。だってとっても嬉しそうで、見ているとなんだか幸せになってしまうんだもの。
 リヴァイ兵長はブレードの手入れを初め、わたしはそれをじっと眺めていた。とても丁寧に手入れをするその手つきを見ていたらどんどん眠くなってきて、気が付けばわたしは椅子に座りながら意識を手放していた。朝日の差込みでわたしは目を覚まし、呆然とする。向かい合う形でリヴァイ兵長も寝ていた。やばい―――と思いつつ椅子から立ち上がると、その物音でリヴァイ兵長もぱちっと目を覚ました。

「おおおはようございますリヴァイ兵長」
「おはよう。昨日は寝ちまったみたいだな」
「申し訳ございません、気づいたら寝てしまいました……!」

 なんと、リヴァイ兵長の部屋で居眠りをしてしまうとは……! 申し訳ないやらなんやらいろんな気持ちが朝からわたしの中で渦巻く。ハンジさんを待ってたとはいえ、男性の部屋で一夜を過ごしてしまうとは一生の不覚。

「別に構わねぇ。それにしてもアイツはまだ喋ってんのか」
「ハンジさんの様子を見てきます!」

 結局ハンジさんはまだまだ喋っていて、エレンを開放してあげようと思ったのだが、突如やってきたモブリットさんからの報告で事態は一変したのだった。

(2020.9.15)
思いが、ハンジさんへの思いがあふれてます……! なんかいろんな話書きたいと思って書き散らかしてます。お得意の自給自足です。