東方仗助―――血縁上、空条承太郎の叔父にあたる男子高校生だ。彼に会うためにここ杜王町までやってきたわけだが、はホテルに閉じ込められていた。殺人鬼アンジェロはもういないらしいが、なんでも、危ないスタンド使いがいるとかなんとからしい。にはスタンドは見えないのでよくわからないのだが、承太郎が凄んで「絶対にここから出るんじゃあねェ」と言うのだから、それに従うのがのDNAと言うものだ。ホテルの中でテレビを見たり、承太郎が買ってきてくれた暇つぶし用の本を読んだり、承太郎が持ってきた海洋図鑑を見たりして過ごしていた。 広い部屋に行き届いたホスピタリティ、美味しい料理に素敵な景色。大きなガラス窓の先にはオーシャンビューが広がっていて、それはそれは美しい眺めであった。間違いなく杜王グランドホテルは最高のホテルだ。けれどもずっとホテルの部屋にいると飽きてくる。 家ではないのでお得意の家事はできないし、ホテルの散策も禁じられている。このままやることがないと腐っていきそうだ。そもそも自分はメイドだったこともあり、至れり尽くせりはなんだか性に合わないのだ。 なんだかつま先が腐ってきたかもしれない……なんてぼんやり思いながら、読んでいた本から視線を上げて大きなガラス窓から見える海を眺めた時だった、がちゃりと鍵が開く音がして、扉が開いた。 「ただいま」 帽子を目深にかぶった承太郎が帰ってきた。 「承太郎様、お帰りなさいませ!」 忠犬よろしく、それまで読んでいた本に栞を挟み込みソファの上に置くと、は承太郎のもとへ駆け寄った。 「、出かけるぞ。準備しな」 「ええ!? いいんですか? すぐいたします!」 簡単に身支度をして、ドアの近くで手持ち無沙汰に景色を見ていた承太郎の隣に立った。 「お待たせしました!」 「ついてきな」 黙って承太郎の後ろをついていく。部屋の外に出れるのが嬉しくて笑みがこぼれる。 ホテルのロビーにはひときわ目立つ男の人がいて、承太郎はその人の引かれるように歩いていく。彼の頭はリーゼント頭で、は初めて見るリーゼント頭に釘付けだった。制服もだぼだぼで、ホリィと一緒に見た再放送のドラマに出てくるようなオールドファッションな容貌だった。確か……ツッパリと言われていた。リーゼント頭のツッパリ男が承太郎に気づいて、小さく頭を下げた。 「待たせたな仗助」 「承太郎さん。……と、この人が承太郎さんのオクサン?」 オクサン? と、頭をひねって一つ思い当たる単語があり、は目を見開く。 「はい、承太郎様の妻の空条と申します」 自分で言うとなんだか照れ臭い。そう、承太郎の妻なのだ。・ではない。空条なのだ。大好きで仕方なかったご主人の孫の孫と結婚しているのだから、こんなに数奇な運命はいくら探したっていないだろう。 「よろしくっす。おれ、一応は承太郎さんの叔父? なんスかね、東方仗助って言います」 日本語ぺらぺらっすね〜と仗助が人懐こい笑顔を浮かべる。甘いたれ目で海のように穏やかな瞳の色が承太郎と似ている気がする。ジョースターの血を引く人たちは皆、目が海のように穏やかで深く、キラキラしていて、は吸い込まれてしまう気がするのだった。 「よろしくお願いします。仗助様の頭は、とても素敵ですね! 前にテレビで見たことがあります。かっこいいです!」 「承太郎さんの奥さん、グレートっすねほんと」 それはそれは嬉しそうに目元を細めた仗助。 「仗助、はスタンド使いじゃあねェからスタンドも見えない。俺がいない間にもしも何かあったら、守ってくれ」 「任せてください!」 の目には見えないけれど確かに存在している、スタンド。超能力のようなものだと聞いているが、話の流れから察するに、仗助もスタンドを所有しているらしい。 「すみません」 「もちっす!」 は頭を下げるとの倍程の角度で頭を下げ返す仗助。 「いくぞ」 くるりと背中を向けて承太郎はすたすたと歩き出す。 「どちらへ向かうのですか」 と仗助も少し遅れて承太郎のあとをついていくと承太郎は振り返らずに、 「このホテルの牛タンのみそ漬けが食べたいんだろう?」 と言った。承太郎は行きの新幹線でが言っていたことを覚えてくれていたのだ。その事実に胸がきゅっと締め付けられる。到着したその日の昼に本当は食べる予定だったのだが、思いのほか取り込んでしまい、結局食べられてなかったのだ。 は嬉しくて嬉しくて何度も何度も頷くのだった。近くにあるのに食べられずにいた牛タンのみそ漬け。夢にまで見たそれを、今日ついに食べられるのだ。 「おれもいいんスか??」 「あぁ」 「グレートですぜぇ!!」 と仗助がとても嬉しそうな顔で握り拳を天に突き上げた。今時の若者は、良いことがあると今のように言うのだろうか。は心に留めておくことにした。 ホテル内のレストランに来ると、ウェイトレスに席へ案内される。と承太郎は並んで座り、向かいに仗助が座った。少しするとウェイトレスがメニューと水、おしぼりを持ってきた。 「どれにしようかなァ〜」 仗助が楽しそうにメニューを見ている。は承太郎と一緒にメニューを見る。牛タンのみそ漬けだけでなく、牛タンの塩焼き、牛タンカレーなど、牛タンを使った料理がたくさん載っている。まさかこんなに種類があると思わず、は焦る。 「どうしましょう承太郎様……こんなに種類があると迷ってしまいますね」 「牛タンのみそ漬けじゃあねえのか」 「そのつもりだったのですが……」 「候補はどれだ?」 は牛タンのみそ漬けと牛タンの塩焼きを指さすと、承太郎は頷いた。 「仗助は決まったか」 「決まりましたっス! 俺はこの牛タンのみそ漬けご飯大盛り!!」 承太郎が手を挙げると、すぐにウェイトレスが注文を聞きにやってきて、が迷っていた2つと仗助の言っていたものを注文する。ウェイトレスが立ち去ったタイミングでが承太郎を困ったような顔で見やった。 「承太郎様! どちらもわたしが頼みたかったものだったのですが……!」 「あぁ。どっちも頼んで、俺と半分ずつ分ければいいじゃあねえか」 どこまでも優しい自分の夫に、は胸が甘く締め付けられるのを感じた。彼はその見た目からは想像ができないくらい底抜けに優しい。今のようにが二つの選択肢で迷っていれば、自分の頼みたいものではなく、が頼みたいのものをどちらも頼むような夫だ。きっと承太郎に言わせれば、『俺が頼みたいものだ』と、言うのだろうが。 そんな承太郎の優しさに、仗助がニマニマと笑みを浮かべながら水を一口飲む。 「ごっそーさんです。承太郎さんって見た目によらず優しいんすね」 「はい、承太郎様はとっても優しいんです!」 「うるせぇぞ、」 承太郎は白い帽子のつばを持ち、目深にした。これは承太郎が照れているときにやる仕草だ。と仗助は視線を合わせると、微笑みあった。 「そうだ、さんと承太郎さんの馴れ初めを聞かせてくださいよ!」 注文したものが来るまでの手持ち無沙汰な時間、仗助は頬杖をついてに問うた。承太郎は寡黙な男で、口数は多くない。こういう時間を過ごすならば、と喋る方が話が弾みそうだと仗助は思ったのでに話を振った。それ以外にも、とは初めて喋るので、彼女に対しての純粋な興味もあった。寧ろそちらの方が大きいだろう。 は困ったように隣の承太郎を見上げるのだが、承太郎は何も言わない。この無言を、質問に答えることへの肯定と判断し、それを思い返す。 「信じられないかもしれませんが、わたしは1867年にイギリスで生まれて、承太郎さまのお爺様のお爺様に仕えるメイドだったんです」 想像していたエピソードよりも大分斜め上をいった話のはじまりに、既に仗助は目を白黒している。1867年? 今が1999年だから、今一体いくつなんだ? と頭の中で計算しようとして、すぐにやめる。 「それから暫くの間、とある方に氷の中で眠らされまして、次に目覚めたときに、当時高校生だった承太郎様と、そのお爺様のジョセフさまにお会いしました。そこでわたしを保護していただいたんです。それから、空条家に御厄介になりまして、そこで承太郎さまと……と言った形です」 大分、端折って説明をしたが、詳しく説明しようとするとDIOのことなど、色々話さなければなくなる。そもそもこんな話を信じてくれるかどうかも怪しいものだ。普通の人が聞いてもきっと信じてくれないだろうし、頭がおかしい人だと思われるだろう。 「なんつーか、全然理解が追い付いてねぇんですけど……まあでも、さんがそういうならそういうことなんすね」 「信じていただけるんですか……?」 「当たり前じゃないすか! いや、これが普通の人が言ってるっつーんだったら、俺も信じられないでしょうけど、承太郎さんの奥さんが言うんだから、間違いねぇんでしょう」 心が温かくなるようなことを仗助は言ってくれる。承太郎を信じていて、その妻であるのことも無条件に信じてくれている。 「仗助様はグレートですね!」 「おっ、さん分かってるね」 そのうち注文したものが次々と運ばれてきて、は思わず両手を合わせる。 承太郎とは注文したものを分け合って、念願どおり牛タンのみそ漬けと塩焼きどちらも食べることが出来た。食後のコーヒーを飲みながら、は余韻に浸っていた。 「はぁ……とても美味しかったです」 「それは良かったな。今後はもう少し外に出れるようになると思うから、いつでも食べれる」 「いいんですか!?」 「あぁ。但し、しばらくは誰かと一緒にいねぇとダメだぜ」 ホテルに缶詰め生活がついに終わるらしい。唐突にやってきた終わりに、は思わずにんまりとする。もう一度杜王町ウォーカーを見直さなくては! と心中で意気込む。 「おれ、案内しますよ!」 「よいのですか!?」 「もちっすよォ! でも、俺のことは仗助って呼び捨てにしてくれなきゃダメっす!」 「そ……れは」 呼び捨て……生まれ育った環境的に一番難しいことだ。承太郎は最近諦めがついてきたのか、様付けに対して突っ込まれることはだいぶ減った。確かに自分よりも幾分年下の仗助からしたら、様付けされると言うのは変に思うだろう。 次の句を告げないでいるを見かねて、承太郎が助け舟を出した。 「コイツのコレはもう、息をするのと同じようなもんだ。すぐには無理だぜ」 「……仗助さん……ではいかがでしょうか」 「じゃあ、とりあえずはそれで! 様付けしたら罰ゲームだからね〜」 罰ゲームと言う単語には目を丸くするも、「承知しました仗助さん!」と頷いた。 仗助は、罰ゲームの内容は“目を見て『仗助』と呼び捨てで呼ぶこと。”とすぐに思いついたのだが、承太郎が聞いたら面白くないかもしれない、と思い仗助の胸に留めておくことにした。 の杜王町での日々に、少しずつ違う色が付き始めた。 そのDNA、仗助と会う |