新一との勉強の甲斐があって、テストは赤点を免れるどころか、全教科いつもよりもかなり良い成績を残すことが出来た。テスト中も、新一の教えてくれた言葉がよみがえってきて、思わずニヤニヤしそうになったことは勿論新一には秘密だ。
 そして今は、新一とデートのために待ち合わせ場所へやってきていた。デートの行き先は米花町に最近できたショッピングモール。は待ち合わせ場所であるショッピングモール内にあるカフェ前に予定時刻の30分前に到着してしまった。

(待ち合わせって緊張が凄い……こんなことなら新一の言う通り家まで迎えに来てもらって一緒にいけばよかった……)

 けれどこの待ち合わせ場所がのちの運命を大きく動かすことになる。



うれしくって抱き合うよ
07.あなたとわたし




 30分、待ち合わせ場所でそわそわと新一を待ち続けるのは精神衛生上よくない。きっと予定の時間にはドキドキし過ぎて疲れ果ててしまうだろう。なので、近くの店をうろうろすることにした。本屋に入ろうとしたその時、の目の前をすっと、キャップを被った新一が通り過ぎる。

(あれ? 新一、わたしに気づかなった……?)

 は新一のことを小走りに追いかける。

「新一!」

 後ろから新一の腕を掴んで声をかければ、びくっと肩を震わせて「うお」と、声を漏らしながら振り返った。

「全然――――あ、れ?」

 気づかなかったでしょ? そう続けたかった言葉は、奇妙な違和感を感じて止まってしまった。目の前の彼は新一の筈なのだが、どこか違う気がするのだ。具体的に何がとは言えないのだが、彼は本当に新一なのだろうか。

「あー、と。どちらさまでしたっけ?」

 やっぱり、違和感が正しいらしい。新一のそっくりさんだった。それにしてもそっくりすぎて、長い付き合いのですら気づかなかった。

「あ、ご、ごめんなさい。人違いでした……!」

 掴んでいた腕をぱっと離して、頭を下げた。恥ずかしくて顔に血液が集中して、熱くなる。そっくりとはいえ、見ず知らずの男の人の腕を急に取って喋りかけてしまうなんて。この場からすぐにでも走り去りたかった。

「新一、ってやつに、そっくりなのか?」
「えっ、あ、はい。そっくりで、今日待ち合わせして、まして……すみませんでした。失礼します」

 にや、っと笑んだ新一のそっくりさんに、はどんどん恥ずかしさが募っていく。逃げるようにその場を立ち去り、待ち合わせの場所まで急いだ。待ち合わせ場所には本物の新一がいて、安堵の息をついた。

「お、
「新一……!」

 片手をあげてを迎えたのは、今度こそ本物の新一だ。私服の新一の姿に胸がきゅっと締め付けられる。新一がそこにいるだけで、きゅんとしてしまうのだから不思議だ。先ほどの彼もとても姿が似ていたが、こんな風にきゅんとすることはないのだから、やっぱり新一はすごい。唯一無二だ。

「ごめん、早くついちゃったからお店見てたんだ」
「そうだったのか。待たせちまってわりぃな。やっぱり迎えに行けばよかったな」
「いいの! 待ち合わせしたかったの!!」

 待ち合わせはとてもドキドキして、不安と幸福な気持ちがかわるがわるやってきてはのことを弄んだ。家が近いからこそ、はデートの待ち合わせというものをしてみたかった。訝しがる新一を無理やり納得させて待ち合わせをしたのだが―――

「もう本当に、ドキドキしたよ」
「……やけに嬉しそうじゃねーか」
「まあね。じゃあ……どうしよう」

 こういう時、どこいくかとかこっちで決めたほうが良いのかな。それとも新一にお任せしちゃったほうが良いのかな。それともぐるぐる適当に回るのかな……。
 頭の中で今後の展開について考えているうちに、先ほどまでのハッピーな気持ちが一転、鼓動が嫌なものに変わった。どうしようドウシヨウ――

「んじゃー適当にまわってみっか。おれも初めてくるし、なにあるか色々みてーな」
「そ、そうだね! そうしよう!!」

 見かねた新一が助け舟をだしてくれた。ありがとう新一さま……! なんては合掌したくなった。デートに行くという事実の破壊力が凄すぎて、肝心要のデートの内容についてはおざなりであった。そうはいっても、お礼の内容についてはしっかりと考えてきたつもりだ。
 二人はショッピングセンターの中をゆるりと歩き出した。

「そういえばこの先に本屋さんがあるんだけど、大きいみたいだよ」
「お、丁度本見たかったんだよな。行こうぜ」

 本屋への道を歩く。先ほどはひとりだったが、今は新一と二人だ。それがなんだかくすぐったくて、込み上げてくる幸せな気持ちをしまっておけない。

「さっきね、本屋さんの前でさ、新一に似てる人がいたんだよ」
「おれに? まさかとは思うが、人違いしてねーよな??」
「うっ……ギリセーフだった、かな?」

 本当はアウトだけど。

「ギリセーフって、どういうことだっつーの。大体オメーは昔っからそそっかしすぎるんだよ。だから目が……離せ、ねーんだよ」

 嬉しいような、悲しいような、そんな理由を言われての幸せな気持ちがしぼんでいくのを感じた。そそっかしいから目が離せないなんて、子供と一緒だ。けれどそんなことは最初から分かっていたことじゃないか。

(わたしは新一が好きで、新一は蘭が好きで、蘭は新一が好きで……割り込む隙間なんてどこにもない)

 けれど、それでも。今だけは自分だけのものだ。自分だけに時間を割いて自分だけを見てくれている。心までもは縛れないけれど、それは仕方ない。どんな理由でもいい、お願いだから、今だけは目を離さないで。

「なーにをぼけっと俺の顔を見てるんだよ。前向けほら」
「うっ、あ、はい」

 だって大好きなんだもん、なんて言葉が浮かぶが、勿論声にはしない。代わりに何度も頷いて、前を見た。