また明日も新一に会える。その事実が胸が躍らせる。明日行って、勉強会は終わりだけどテストがうまくいけばデートに行ける!! なんて自分の中で盛り上がり、ふと脳裏を蘭の笑顔が掠める。蘭のことを考えれば、ちくりと胸が痛んだ。そもそも蘭のことを考えれば一緒に勉強会だってするべきではない。けれども自分は勉強会をして、休みの日に新一の家で二人で会っている。中途半端な気持ちだからこそ、踏ん切りがつかずに蘭のことを思い出しては胸を痛めている。そんな自分が情けない。蘭に打ち明けることも、諦めることも、どちらもできないでいる。この生暖かい距離に甘んじている。いつか急速に温度が変わってしまうことを判っていても、それでも、このままで、なんて思いながら。 (こうやって蘭のことを思い出して、罪悪感を感じることで自分に酔っているんじゃないの……? ああ、本当にヤな女だ) 自己嫌悪に陥りながらも、わたしはごろんとベッドに寝転がり携帯を見る。電話帳を開き、彼の名前を探し当てる。『工藤 新一』、そこには電話番号もメールアドレスも登録されているが、用もないのにメールが出来るほどの勇気もなく。 そんな勇気があったら、一歩でも踏み出せたら、世界はめまぐるしく変わるかもしれないのに。 そのとき、携帯が着信を知らせるように震える。まさか、なんてドキッと心臓が跳ねる。慌ててメールを開けば送信元は、園子。全く、タイミングがいいんだか、わるいんだか。なんてひとり心中でつぶやきつつ、彼女のメールの内容のどうでもよさにふっと力が抜ける。 (もう、だから園子だいすき) だめ、やっぱりこの距離でいなくては。この日常が壊れてしまう。わたしは園子のメールにさっと返事をし、すぐに画面を閉じた。 おやすみ 日曜日。今日も新一の家でお勉強会。明日から中間テストなので、今日はテスト範囲の総復習。大方出来るようになって、この一週間の勉強の成果がみしみしと感じられた。本当に、神さま仏さま新一さまである。 「ねえねえ、新一。こんなに自信をもってテストに挑めるの生まれて初めてかも……」 「今までどんだけ勉強してこなかったんだっつーの」 赤い丸がいっぱい咲いているノートを見ながら、うっとり呟く。新一が呆れたように笑うが、本当のことだから仕方ない。寧ろテストが待ち遠しいくらいだった。今詰め込んである記憶が消えてなくならないうちに答案用紙にぶつけないと!! 「ほんじゃー、明日寝不足にならねーように今日は早めにお開きにするか。寝不足は頭の回転の大敵だからな。早く寝るんだぞ」 「そうだね……じゃあ、かえろっかな」 少し早めの解散の言葉に、ちくりと胸を痛めつつも笑顔を取り繕い、は新一の家を後にした。今日も送ってもらい、家の前で、「また明日」とお互い言う。けれども意味が昨日とは違う。明日は普通の学校だ。二人で会う訳ではない、日常に戻ってしまう。そんなことを想い、この少しの間で、自分でも驚くくらい高望みをしていることに気づき、苦笑いした。 お風呂から上がり、昨日と同じように携帯をぼうっと見つめる。すると、ぶるぶるっと震えて着信を報せる。ドキリとしてメールを開けば、園子からだ。デジャブだろうか。 【、明日のテスト勉強した!?!?】 しました、みっちりね〜なんて思いながら、返信しようと思ったら再びぶるぶる震えた。今度はメールではない。電話だ。ディスプレイに表示されている名前は、なんと、 「しっ、新一!?」 自分でも驚くほど大きな声を出し、携帯が思わず手からぽーんと飛び出る。そのまま携帯は無情にも地面に叩きつけられた。 (どどどどどうしよう!? は、早く出なきゃ! え、でも、待ってここここ心の準備!!!!) ばくばく早鐘を打つ心臓に、ぶるぶる着信を報せる携帯。もうわたしはパニック寸前だった。ええい! もうどうにでもなれ!! と、震える手で応答ボタンを押し、もしもし、と小さな声で言う。 『よー、おれだけど』 さっきまで一緒にいた人。けれど直接話すときとはまた違う、電話越しの声。緊張で心臓が飛び出そうだが、不思議と彼の声に安心感を覚えている自分がいた。 「……新一、どしたの?」 『わりぃーな、夜に。別に用事があるわけじゃねーんだけど、今何してんのかなーと思ってよ』 何それ何それ! 用事もないのに電話してくるって、こんなの初めてじゃない!? 叫びだしたくなるような興奮を胸になんとか押しとどめる。 「えっと……お風呂あがってベッドの上でごろごろしてた」 『早く寝ろって言ったろ? ……まあ、そんなこと言っておきながら電話かけてるっつーのは明らかに矛盾してるんだけどな』 「そうだよ、わたしのこと怒る権利なし! 新一こそ、まだ寝ないの?」 『怒ってねーよ。おれはと電話したら寝るよ。おれももうベッドだし』 電話って、ずるい。声は勿論電話越しだけど、すぐ近くでしゃべっているような気がしてすごくドキドキする。私はベッドで横になってて、新一もベッドで横になってる。嫌でも同じベッドで一緒に横になってるのを想像してしまって、わたしは変態か! とひとりで悶々とする。横向きになれば、そこに新一がいるような気がする。何度も言うけど電話ってずるい。 「……し、新一が用もないのに電話なんて珍しいね」 『わりーかよ。ちゃんと寝てるか確認だ。案の定寝てなかったけどな』 「ぜーんぜん悪くない、寧ろ、嬉しい……」 言って、沈黙になる。その瞬間言ったことを死ぬほど後悔した。わたしは何を言っているんだろう、絶対今新一、反応困ってるし。なんて返そうか迷ってるに違いない。戻れるなら5秒前に戻って先ほどの発言を撤回したい。でもできない。ああああもう!!!! 『嬉しいのはこっちのほうだっつーの……』 ぼそっと言った新一の言葉が鼓膜をくすぐる。次の瞬間には、心臓がぎゅっとなる、なぜか涙が出そうになる、叫びだしそうになる、この世のいろいろなものに感謝したくなる、などなど、新一の言葉一つで私の身体のいろいろなところが異常をきたしていて、わたしがゲームのキャラクターだったら、ステータスとしては恐ろしいほどの状態異常だろう。 『あ、あ、あ、あれだぞ! 嬉しいっていうのはあれだ、その……』 珍しく新一が言葉を詰まらせている。どきどきと高鳴る旨。 『―――なんでもねえ!! ほらもう寝るぞ』 「ええ! 気になるよ!」 『じゃあなんでオメーは嬉しいんだよ?』 「うっ」 聞かれて言葉に詰まる。なんでって、え、なんて答えるのが正解? 思ってることすべて言ってもいいの? でもそれ言ったら告白だよね? え、もう、わたしの処理能力を超えた事件が今発生している。 『……わりぃ、それを聞くのはずるいし、おれが最初に言うべきだ。よって今の質問は聞かなかったことにしてくれ』 「……? うん、わかった」 『じゃあ、電話切るから、早く寝ろよ?』 「あ、うん……おやすみ、新一」 なんだかよくわからないけれど、絶体絶命な質問からは逃れられたようだ。そのかわり突然告げられた電話終了のお知らせに、わたしの声はきっと少し寂しさが滲んでしまったと思う。 『おやすみ、』 けれども、寂しさの中にもある幸せ。一日の最後に新一の声を聴いて眠りにつけるなんて、幸せなことだよね。また明日ね、新一。 |