金曜日に念を押して、明日本当に行ってもいいか聞いたら、本当に来てもいいらしい。 どの服を着ていこうか考え始めてから、早30分。今日やった数学の問題よりも、悩んでいる。非常に悩んでいる。復習どころじゃない。 「普段制服の姿だから、私服なんてどうすればいいんだろーもー。センス見られるよきっと、あああー悩むなあ」 ぶつぶつと独り言を呟きながら、ああでもないこうでもないと服を着比べて鏡の前に立つ。結局無難な服をチョイスして、眠りにつこうとしたのだが、今度は緊張してしまい寝れない。別にデートに行くわけではないのだが、休日に新一と私服で会うなんてなんだか緊張してしまうのだ。 うれしくって抱き合うよ 04.休日も勉強です。 きたる土曜日。目覚まし時計よりも30分早く起きてしまった。朝ご飯を食べて、昨日選んだ服を着て、軽く化粧をして、準備オッケー。 お母さんに新一の家に行くと言ったら手土産を渡されたので、それを持っていざ出発。 はあ、うう、むー、帰りたい、緊張する、くうー、無理。 なんてことを思いながら工藤邸への道を歩いていく。楽しみだけど、楽しみじゃない。私服のわたしをみたらどう思うんだろう? 変かな? 手鏡で顔を確認する。嬉しさと不安が入り混じった顔をしていた。にっと無理矢理笑顔をつくって、うん、と頷いた。 相変わらず、一人で暮らすには大きすぎる工藤邸。呼び鈴を鳴らすと、少し経って新一の声がインターフォンから聞こえてきた。入れよ。とだけ聞こえて、うん、と少し上ずった声で言って、工藤邸に入る。 「よお」 玄関にはすでに新一がいて、わたしのことを出迎えてくれた。彼も当然ながら制服姿ではなくて、私服。新一の私服を見たのはいつぶりだろう。新鮮で、素敵。 「お、おはよう。お邪魔します」 「おう」 靴を脱ぎ、しゃがみ込んできちんと揃えて、立ち上がり、くるっと振り返れば、今更ながら新一との距離に驚く。彼は思いのほか近くて、不覚にも心臓が高鳴るのを感じた。 「ん、待てよ……」 新一の考えるときのくせ――顎に手を持っていく。 「、おめー化粧したろ?」 「うん! すこし! え、なんか変かな?」 「いや?」 新一の口元がニヤリとつりあがった。そんな表情にどきっとするんだ。 「可愛いと思うぜ」 「っっ! そんなこと……」 「なんだよ、俺がお世辞を言ったことがあるか?」 「ない……っけ?」 「バーロー。ねぇーっつーの。まあいいからあがれよ」 自分で言っておいて照れたのか、一方的に会話を切り上げて新一はすたすたと歩いて行った。わたしも慌ててそれを追いかける。 「うっし、じゃあ今日もわかんねーとこあったら、聞けよ」 「はあーい」 いつものテーブルで勉強を始める。……のだけど、さっきの言葉が耳を離れなくて、それがわたしを熱くする。ほっぺに手を当てれば、熱があるみたいにあっつくて、その事実がまたわたしを熱くさせる。 ―――可愛い、か。 計算なんかろくに集中できなくて、ひとりぐるぐると先ほど言われた言葉をかみしめていた。 「おい」 「は、はい!」 「全然進んでねえけど、わかんねえのか?」 「あっ、いや、ちがうの、なんか集中できなくて」 「あー……なるほどな、俺もだ。なんかいつもとちげぇからだろうな」 新一は器用にペン回しをしながらそう言った。なんだ、わたしだけじゃなかったんだ。不思議な連帯感を感じる。 「でもおめーは、俺にお礼するために頑張んなきゃダメなんだからな」 「もちろん任せてよ」 そうだ、赤点免れたらデート。デート。デート……。デートも私服を着て、待ち合わせをして、二人でお昼ご飯を食べて、映画を見て、それから――― 「おーい、お前、今飛んでたぞ」 「あっ! い、いや、飛んでなんてないよ! う、うん!」 危ない危ない、飛ぶところだった。いや、もう飛んでたか。ふふ。 「なーんか、集中できねえなあ。俺が思うに、はもうそれなりに中間の範囲ができるようになっている。だからよ、ちっと休憩しねえか? DVDでもみようぜ。」 「わっ! みたい!!」 「うっし、決まりだな」 新一はリモコンに手を伸ばして、スイッチを押す。テレビの画面に一瞬にして華やかな映像が浮かび上がる。テレビの下にあるDVDプレイヤーも別のリモコンで操作して開けて、新一は何系が見たい? とわたしに問う。そこで一瞬でわたしは考える。ラブストーリーとか見たいけど、けどけど……新一はサスペンスとかが好きだろうし。新一とラブストーリーがどう考えても結びつかない。結論はこうだ。 「サスペンス……とか?」 「それは、が見たいのか?」 「え?」 「俺が見たいものをいったんじゃねえか。のことだ、自分はラブストーリーが見たいけど、新一は好きじゃないだろうしなあ、だとかゴタゴタ考えたんじゃないか?」 「ギクリ」 「ギクリなんていうやつ初めて聞いたぞ。よーし、んじゃあ間を取ってSFでも見るか」 「それは間なの? ラブとサスペンスの間なの?」 「るせーぞ」 ああ、やっぱり新一が好きだなあ。しまっておきたいのに、誰にも何にも知られることなく、わたしの心の奥底に鍵をかけて閉じ込めちゃいたいのに、目の前でいたずらっぽく笑っている新一がそれをさせないんだ。器用にこの気持ちをすくいだして、わたしを苦しめるんだ。 新一がわたしを好きで、蘭がほかの誰かを好きだったら、どれほどこの世界を愛せるんだろう。 |