「あちゃー…今日は雨かぁ。」

そんなアリーナ様の声にわたしは目が覚めました。
アリーナ様の声で目覚めるなんて、なんてステキな日なのだろうと起きて瞬時に思いました。

「おはようございます、アリーナ様。」

わたしは身体を起こして、窓辺で憂鬱そうに外を見るアリーナ様にお辞儀をすると、
アリーナ様は「あら起きたの、おはよう。」と笑ってくださりました。

「今日は雨よ。だから今日は待機かしらねー…。次の町まで結構距離あるみたいだから。」
「わたし、確認を取ってきますね。」
「頼んだわ。勇者のお嫁さん!」

お嫁さんだなんて…!顔が火がついたかのように熱くなるのを感じました。
備え付けの洗面所で顔を洗って、最低限のマナーをキープします。
部屋から出てロビーへ向かうと、ロビーにはとクリフトがソファに座って外をじっと眺めていました。

「おはようございます。」
「あっおはよう。」
「おはようございます。今日は雨ですよ。」

どちらの顔も苦笑い気味で、わたしも思わず苦笑いを浮かべました。

「今日はどうするんですか?」
「んー…しばらく雨は止まないらしいんだ。しかも今日中にはきっと次の町につかないだろうから、今日はここに待機かな…?
 雨の中野宿なんて嫌だしね。」
「わかりました。ではアリーナ様たちに伝えてきますね。」
「あ、。」
「はい?」

呼び止められて振り返りました。

「アリーナ達に伝え終わったら、俺のところきてくれる?」
「あ、はい。わかりました。」

+++

無事アリーナ様とマーニャさん、ミネアさんに伝えて、言われたとおりのところへ行くと
クリフトはすでに消えていて、そのことについて聞くと、「本を読むって言っていたよ。」とは言いました。
私はクリフトが座っていたいすに腰を下ろすと、鳴りやむ気配など微塵もない雨音が急に鮮やかに聞こえてきました。

「どうかしたんですか?」

新緑の髪をした彼に問いかけてみますと、が穏やかで静かな笑顔を浮かべました。

「せっかくの休日だから、たまには二人で過ごしませんか?」

まるでどこかに書いてあった文字を読み上げたかのような台詞に、わたしは思わず少し笑いました。
すると少し頬を染めたが眉を寄せました。

「笑うことないじゃないか。」
「ごめんなさい。ただ、少し面白くて。」
「まったく。…まあ、最近二人でゆっくりなんてできなかったからね。」

はとてもわたしによくしてくれます。
わたしが言ってほしいこと、やってほしいこと、なんでも叶えてくれます。
わたしが何も言わなくてもどこからか汲み取ってくれて、さらりと。

「でも、雨ですよ。どこへ?」
「んー傘でも借りて、どこかへいってみようよ。」
「そうですね。じゃあわたし借りてきます!」
「ああ待って、一緒にいこうよ。」
「あ、はい。そうですね。」

わたしは騎士ですので、忠誠を誓った主君様のために何かをとってきて、さしあげる、
というのが常でしたので、一緒に何かをとりに行くと言うのがとても不思議な感覚でした。

「?不思議そうな顔してるね。」
「あ、いえ…なんでもないです。」

笑顔でごまかして、立ち上がりました。続いても立ち上がって、宿屋のご主人のところへ向かいました。
ご主人は気前よく傘を貸してくれて、わたしたちは外へでました。
相変わらず暗い空から無数の雨が降ってきて、どんよりとしていました。わたしが空をぼんやり眺めていると
が傘を開いてくださり、「いこ。」と微笑みかけてくれました。

「はい。」

わたしも微笑みでこたえました。
これはいわゆる相合い傘というものでしょう。とする相合い傘はなんだか胸がドキドキします。
クリフトとならよくやるのですが、それとはまったく違う心持ちでした。

「なんだかわたし、緊張してます。」
「実は俺も。……雨、当たってない?」
「あ、はい。ぜんぜん当たりません!ありがとうございます。」

ちらり、の横顔を盗み見てみます。前を見ているはいつもと違って見えます。
違う角度から見えるもやはり魅力的で、そんなことにもわたしはいちいち胸を高鳴らせてしまいます。
わたしはの恋人だということが世界で一番幸せなことだと感じます。

「それにしても、外にでたはいいけど特に何もないね。」
「うーん確かに。でもわたし、と一緒にいれるだけでいいのですよ?」
「嬉しいこと言ってくれるね。…あ、そうだ。馬車へいこうよ。」
「はい、いきましょう。」

あてもなくぶらぶら歩き回ってましたが、の提案で馬車へいくことになりました。
馬車は村のはずれの方にとめてあります。パトリシアが主人であるの姿を認めると、
嬉しそうに鳴きました。がパトリシアの毛並みをなでたのでわたしもなでまして、そして馬車の中に入りました。

「なんだか新鮮ですね、ふたりっきりで馬車の中って。」
「そうだね。しかもいつも賑やかだから静かな馬車ってのも変な感じだ。」
「しかもわたし、馬車のなかってあんまり入ったことないんで馬車にいること自体が変な感じです。」

この機会にいっぱい馬車の中を見ておこうと、きょろきょろいろいろなところを見回します。
お菓子がいっぱい入っているかごに(きっとこれはマーニャとアリーナ様ですね…。)
からっぽのゴミ箱(ミネアさんがきっと始末してくれてるんでしょうね)。
ダジャレ全集…?(トルネコさんでしょうか…。)

「なんであんまり馬車にがいないのか、わかる?」

突然がよくわからない問題を提起しました。

「考えたこともありませんね、なぜでしょう?」
「俺がを好きだからだよ。」

”好き”ということばに痛いくらい胸が締め付けられました。わたしはこういう、甘い言葉にめっぽう弱くて…。
何も言えずに黙ってしまいました。うう、顔が熱い。絶対いま、顔まっかっかです…。

「俺が好きだから、いつもそばにいてほしくて馬車の外にいてもらってるんだ。」
「なる、ほど…。」
「自分勝手でごめんね。あきれた?」
「あ、あきれるなんて!むしろ、う、……」
「う?」
「………うれしい、です。」

と、いった瞬間でした。にぎゅっと抱きしめられました。突然のことにびっくりしてわたしは小さく
悲鳴を上げました。いままでで一番早く心臓が動いています。わたしは何もできずにただ抱きしめられたままで
じっと硬直しました。

「俺さ」

とても近くで聞こえてくるの声に頭の芯がしびれるような感覚になります。

と出会えて本当に良かった。」
「わたしも、と出会えてよかったです……。」
「これからも、俺の隣を歩いてほしい。」
「当たり前ですよ。」

不意に漂ってきたの香りにひどく安心感を覚えました。外は雨がいっぱい降っていますが、わたしの耳には
の言葉ばかりが聞こえてきます。きっとざあざあとすごい音を立てているでしょうが、遠くのことのように感じます。

「こんな言葉、はじめて言うんだけど」

は一旦わたしから離れて、肩を掴みました。わたしはの顔をじっと見ての次の言葉を待ちます。
その間もどきどき、やはり心臓が早鐘を打ち続けています。の表情がいつもよりも幾分大人びて見えるのです。

「愛してるよ」

愛の言葉はわたしを酔いしらせて、思考をとめました。ひとつ、思ったことはの言った一言は、
どんな言葉よりもステキな言葉だということです。槍の腕を褒められたときよりも、ステキな響きを持っていました。

「わたしも、愛しています。」

どちらともなくわたしたちはキスをしました。






thanks 確かに恋だった