三人は少しずつ落ち着きを取り戻していき、は改めてパパスの手紙に目を落とす。それによると、天空のつるぎは伝説の勇者にしか装備ができないらしい。 「装備ができないってどういうことなのかな?」 が首を傾げる。 「、持ってみろよ」 「うん」 ヘンリーに促されてが天空のつるぎを引き抜くが、かなりの重さだった。見た目こそ剣だが、おもりでも持ち上げているかのような感覚で、扱おうとすると身体が鉛のように重くなるのだ。武器として扱うことなんて到底できそうにない。次にヘンリー、と同じように剣を持ったが、やはり無理だった。 「そういうことか。これを使いこなすことができるのが、伝説の勇者。昔、本で読んだことがあるな。、覚えてる?」 「全然覚えてない」 がっくりと項垂れるヘンリーを横目に、は再度、天空のつるぎを持ち上げた。 「ここに置いておくわけにも行かないから、とりあえず持ち帰って、馬車で保管しよう」 こんなに重ければ、例え盗人が盗もうとしたって、持っていけまい。 三人は来た道を戻り始めた。道すがら、ヘンリーが記憶を手繰り寄せて、幼少期に読んだ伝説の勇者に関することを二人に聞かせる。 「確か、はるか昔に闇の帝王が世界を滅ぼそうとしていたところ、伝説の勇者が世界を守ったんだ。伝説の勇者が装備していたのが天空の装備って言うもので、天空のつるぎ、天空のよろい、天空のかぶと、天空の盾の4つだったかな。で、確か勇者には天空人の血が流れていて、その本によると、勇者は世界を救った後、天空に帰ったとか」 王子時代の教養がまさかこんな形で役に立つとは驚きであった。ヘンリーの話を聞いて、確かに昔ヘンリーから読んでもらった気がした。それに引っ張らっれて思い出したこともある。 「わたし、思い出した。読んでもらったのかもしれないけど、あの頃のヘンリーってひらがなしか読めなかったら、殆ど内容がわからなかったの」 「あはは! そうだった、おれは侍女に読んでもらったから内容をわかってたんだけど、にはおれが読んでたから、ひらがなだけ読み上げてたんだった」 ヘンリーとの会話で、の記憶がつつかれて、そして過去の記憶が蘇ってきた。金色の髪を三編みにした、深い緑の外套を着た幼い女の子。 「おれも、サンタローズで女の子に本を読んでもらったことがある。その子もひらがなしか読めなかったから、すぐ読むのをやめてたよ」 が思い出しながら微笑みをこぼす。の中で、鋭い刃で胸を突かれたような感覚がした。がその女の子の話をするたびに襲ってくる感覚だ。 「……その点ヘンリーはひらがなだけを最後まで読み上げてたなぁ。昔から根性があるんだよね」 「やめろやめろ、恥ずかしい」 ヘンリーがオールを漕ぎながら顔を赤らめた。 朝に出た洞窟探検は、洞窟を出ることにはもう夜になっていた。丸一日経っていたらしい。久々に地上の澄んだ空気を肺いっぱいに吸い込んで、ジメジメとした空気を入れ替える。宿屋に戻り、夜ご飯を食べながら、三人は今後のことを話し合う。 「の旅は、お母さんを探すことで変わりはないけど、お母さんを見つけるために、伝説の勇者と天空の装備を探すことが必要ってことだよね」 が言うと、「そのとおり」とは同意して、その先を続ける。 「明日は近くのアルカパで情報を集めて、そのあとにラインハットに向けて出発しよう。……くれぐれも無理、無茶はしないように」 ちら、とヘンリーを見るも、ヘンリーは「まぁまぁ」とあいまいな返事をする。 「それにしても、親父が亡くなっちまったってことは、の生まれのことも分からずじまいってことか」 「確かに。まあでも、仕方ないよね」 とヘンリーは物心がつく前から当たり前のように一緒にいるが、血の繋がりがあるわけではない。けれどヘンリーと共に別け隔てなく育てられた。勿論、王子であるヘンリーは、王としての素養を培うために様々な勉強をしていたが、はそこまで勉強させられた記憶はない。 なぜ王子であるヘンリーと一緒に育てられたか、知っている人物は恐らくもういない。そんな自分の出生に対して、不思議に思うし、知りたいとは思うが、今更強烈な興味はない。孤児である自分を、国王自らが育ててくれたなんて、なんと僥倖なのだろう、と今となっては思っている。感謝を伝えたかったが、それは叶わない。せめて、墓前で手を合わせたい。そのためには、ヘンリーが生きて戻って王子として…… 「あれ、ヘンリーがパパスさんの名誉を回復させるってことは、つまり、王様になるってことだよね?」 ヘンリーは何者かによってさらわれたが、生きて戻ってきた。であれば、長男であるヘンリーが王になるのが通常の流れだろう。 「いやぁ、おれは王になるつもりなんてないよ。おれが生きて帰って、ヘンリーだ! って宣言して、パパスさんはおれを助けてくれたんだ、って言えば、それでおしまいだろ」 「ふうん……」 ヘンリーはそういうが、どうなのだろうか。行方不明の第一王子であるヘンリーが帰還すれば、ヘンリーが王になることは自然な流れだし、それでいいと思う。しかし、旅は続けられないはずだ。はラインハットに家族がいるわけではないし、故郷だとは思うが、残るつもりはない。の旅についていき、お手伝いをしたいと思っている。しかし、もしもヘンリーに残ってほしいと言われて、にもそうして欲しいと言われたら――― と、勝手にどんどん先のことを考えて不安になっていることに気づいて、思考を振り払う。昨日からいろいろなことが分かって、様々な感情が湧き上がって、心にさざ波が立っている。こういう時に色々と考えるとどんどんとマイナスな方向へ行ってしまい、よくない。 ご飯を食べ終えると、明日に向けて早めに就寝した。 +++ 翌日、サンタローズには別れを告げて、アルカパへとやってきた。アルカパはたくさんの人が行き交う活気のある街だった。ここの宿屋の娘が、かつて一緒に冒険をしたビアンカと言う女性が住む場所らしい。が会ってみたいと言うので、宿屋に顔を出す。を先頭に、少し離れてとヘンリーが並んで歩く。 「、聞いたか。が女に会いに行きたいって」 ヘンリーが顔を近づけて、ニヤニヤと言う。途端、ずんと身体全体が重くなったように感じた。まるでがビアンカに会いたがっているという事実を身体が拒んでいるようだ。 「そんな言い方はしてなかったけど……」 「おれにはそう聞こえた。奇跡の再会、10年ぶりに再会したビアンカは美しく成長し、そし―――っで!!」 が肘で小突く。 「変な妄想やめてよね」 「すまんすまん。でもいいのか? がビアンカさんと再会して、いい感じになっちゃっても」 「別にいいよ、だっての人生だし。」 と、口では言うものの、心がモヤモヤするのはどうしてなのだろうか。ヘンリーはの頭にポンと手を載せると、ぐしゃぐしゃと髪を撫でつけられる。 「まあ……心配ないとは思うぞ」 「心配って?」 「なんでもない」 宿屋の主人に声をかけると、ダンカン夫妻―――ビアンカの両親―――は身体を壊してしまい、7年前にこの宿を売って山奥の村に引っ越していったらしい。会ってみたかった気もするが、少しだけはほっとする。 『10年ぶりに再会したビアンカは美しく成長し、そして』 ヘンリーの言葉が脳裏に蘇り、反射的には隣に立っているヘンリーを小突いてしまった。 「イテッ!!」 「あ、ごめん。つい」 「ついってなんだよ、おれなんもしてないぞ!」 が不思議そうに振り返り、宿屋を後にした。 「残念だったな、」 「うん。まあでももし会えたら、ってくらいだったから」 三人は手分けしてアルカパで情報を集めるも、有力な情報は得られなかった。得られたものは、ラインハットの黒い噂ばかりだ。 アルカパは人がいるだけあって、店の商品も豊富だった。買い出しをして馬車に乗せるともう日が傾き始めていたので、今日のところはアルカパで宿を取ることにした。アルカパの宿はなかなかに大きくて、中庭ではたくさんの花が咲き誇り猫がのんびりとくつろいでいて、バルコニーでは街全体を見渡すことが出来た。 夜になり、ベッドに入って目をつぶる。とても質が良いベッドですぐ眠れるかと思ったが、なかなか眠りにつけない。 (明日からはラインハットへ向かうんだ……) (この宿屋に、の幼馴染の女の子が住んでて、一緒におばけ退治に行ったんだよね) (わたしはどうして、ビアンカさんがいなくてホッとしたんだろう) 色々と考えてしまって、頭はもう冴えてしまっている。深い溜め息をつくと、夜風に当たろうと思い、はそろそろと部屋を出て、バルコニーに向かう。 バルコニーでは先客がいて、手すりに凭れかかってアルカパの夜景を眺めていた。切りそろえられたおかっぱ頭で背丈のほどは男性の大きさだ。このシルエットには見覚えがあった。あたりが薄暗くてわからないが、きっと彼の髪の色は、春の風にそよぐ新緑みたいな色をしているんだろう。先客も扉を開ける音でこちらの存在に気づいた。くるりと振り返った男が、に気づくと片手を挙げた。 「よう、。眠れないのか?」 「うん。ヘンリーこそ」 はヘンリーの隣に赴いて、微笑みかける。 「いよいよ、明日からはラインハットへ向かっていくのか、と思うとな。どうしても気が高ぶっちゃって」 「そうだね」 ラインハット……ヘンリーとの故郷。幼い頃の記憶がぽつりぽつりと蘇ってくる。ヘンリーとはいつも一緒だった。追いかけっこしたり、一緒にお勉強をしたり、いたずらしたり。はラインハット王と、ヘンリーの実母である王妃に、実の娘のように可愛がってもらった。孤児だったのことを見て、運命的なものを王妃が感じ取って、拾ってくれたと聞いている。それ以上のことはわからない。本当の両親のこととか、どこで拾ってもらったのかとか、殆どのことはわからない。 「おれはの旅についていきたいと思ってる。も、の親父さんも、どっちも恩人だ。一生かけてもかえせないくらいのことをしてもらった。でも、ラインハットを心配に思う気持ちもある……」 「きっとは、ラインハットに残ったほうがいいって言うと思う」 彼は優しい。はこう考えるはずだ、自分の旅にヘンリーを巻き込むわけには行かない。ヘンリーはもともと王になるべき人間なのだから、ラインハットに残って国の再建のために尽力すべきだ、と。10年一緒にいれば、どんなことを考えるか、なんとなくわかる。 「は、どう思ってる」 「わたしは……わたしも、の旅についていきたいって思ってる」 「おれがラインハットに残ったとしても、か?」 ヘンリーの言葉には目を見開きヘンリーを仰ぎ見る。すかさずヘンリーは「もしもだぞ」と付け加える。 その可能性は、だって頭にちらついていた。 「……ヘンリーとはずっと一緒だった。物心つく前から、今までずっと。だからヘンリーと一緒にいない人生なんて、考えたこともなかった。このままずっと、ヘンリーと生きていくのかなって思ってた。でもね、ヘンリーがマリアさんと一緒に喋っている姿を見て、いつかはヘンリーと別の道を歩く時が来るんだって、思い知ったの」 にとっての居場所は、ヘンリーの隣だった。けれどずっと隣で居続けることは、難しいことなのだと知る。いつかヘンリーは誰かと恋に落ち、結婚をする。 「もうわたしを拾ってくれた王様も王妃様もいらっしゃらないし、わたしはについていくよ」 「おれが残って欲しいって言っても……か?」 ヘンリーの顔がいつになく寂しそうで、の胸がきゅっとしめつけられる。ヘンリーからのお願いや命令は、断ったことがない。大抵のことはヘンリーと同じように考えてきたから、意見が割れることがなかった。しかしこの問いには初めて迷いが生じた。ヘンリーからの問いに、なんと答えればいいのかわからなかった。 「ヘンリーと一緒にいたい、でも、とも一緒にいたい……」 「悪い悪い、冗談だ。おれだってについていく気だし、大丈夫だ」 ヘンリーに肩を抱かれ、ぽんぽんと叩かれる。ラインハットに辿り着いたら、そのとき自分はどんなことを考えるのだろう。誰と、どこにいたいと願いのだろうか。 夜の静けさに包まれたアルカパの街は眠りに包まれている。こんな夜更けにたちは冒険に出ていたのだろうか。ああ、夜更けといえば、とは小さい頃の記憶を呼び起こす。 「ヘンリー、覚えてる? 小さい時、夜中に抜け出して一緒にお城の中を探検したよね」 「勿論覚えてるぜ。がめちゃくちゃビビってた」 「何言ってるの、ヘンリーだってすーごい怖がってたよ」 「あれだろ、開かずの間」 「そう! 結局あの中は何があったんだろうね」 「案外、掃除用具とかだったりしてな」 そう言って笑い合う。ヘンリーと話していると緊張が和らぐ。不思議な力を持っているみたいだった。 |