暫く二人は川辺で座って居るとどんどんと夕日が暮れていった。完全に沈み切る前にがやってきての隣に座り込み、村を回っていて思い出したことを二人に伝えた。 かつてこの村に滞留していた時に、父がこの村を流れる川の奥にある洞窟に何かを隠していたのだ。がついていこうとしても、父は頑なに拒んだという。 「付き合うぜ相棒」 「ありがとうヘンリー」 何が待っているか分からないが、行ってみる価値はあるだろう。 「、おれはラインハットに行って、親父さんの汚名を晴らしたい。何が何でもだ。絶対に、真相を突きとめる」 「……でも、二人の身が危険に晒されるのは嫌だ」 「おれの命に代えたって、絶対にやらなきゃいけないことだ」 ヘンリーの心はもう決まっている。だってヘンリーの気持ちは嬉しいし、それができるのならば勿論嬉しいが、ヘンリーを亡き者にしようとしたものが、彼が生きていると知ったら、今度こそ殺されてしまうかもしれない。それはいやだった。 「でも―――」 「さあ〜て、おれはちょっくら買い物してくる。、悪いけどもう暗くなっちまったから、宿までと一緒にいってくれないか?」 「うん。わかった」 は戸惑いつつも、頷いた。ヘンリーはにかっと笑うと、手をひらひら振って歩いて行った。ヘンリーには逃げられてしまったが、はもう何も言ったって彼の考えが変わらないことを悟る。 残されたとは顔を見合わせた。何を話せばいいのかもわからない。は戸惑い、気まずく思い、何とか話題を探す。 「……昔」 そんなの気まずさをよそに、が懐かしむように目を細めて言葉を紡ぐ。 「おれが父に連れられて初めてサンタローズにきたときに、隣町に住んでいる女の子がたまたま遊びに来ていたんだ。彼女はおれに初めてできた“友達”だった。ここにきて、初めて会った時のことを鮮明に思い出したよ。……サンタローズに来ることが出来てよかった。いろんな思い出が溢れ出てきたよ」 なんて優しい目をするのだろう。不覚にもの胸がずきりと痛む。この胸の痛みは一体何だろう、味わったことない鈍く、苦しいこの気持ちは一体。胸に手を当てて、眉根を寄せた。 「こうなってしまったことはもう仕方ない事なんだ。二人が悪い事じゃないし、謝ることじゃない。だから気に病まないでね。そんなことよりも、こうしておれの故郷とも呼べる場所にと来ることができてうれしいよ」 また胸が痛む。けれどこの痛みは苦しいけど、なんだか悪い気がしない。不思議な痛みだ。 「におれの小さいころとか知ってほしいって思ったんだ。……って、? なんか変な顔してるけど、体調悪いの?」 「あ、ううん。そんなことないよ。それより、の昔話もっと聞きたい。昔よく聞かせてくれたよね。どんな女の子だったの? もしかして、おばけ退治に一緒に行った子?」 「そう! よく覚えているね。ビアンカって女の子でね、やたらお姉さんぶる子だったなあ。実際に年上なんだけどね」 すごく懐かしそうに目を細める横顔が眩しくて、やはり胸が鈍痛を訴える。 「さて、そろそろ宿に戻ろうか。続きは宿でね」 「うん、そうだね」 「足元気をつけてね」 「だーいじょうぶだって」 二人は立ち上がって、宿への道を戻っていく。確かに、日が暮れたら一気に真っ暗になり、足元すら暗くてよく見えない。人もそれほど住んでいないので明かりもぽつりぽつりと心もとない。が立ち止まって、に手を差し伸べる。 「結構暗いね。掴まって」 「あ、あ……うん、そうだね」 差し伸べられた手を、おずおずと取る。なんてことないことなのに、意識してしまうのはなぜだろうか。の手はごつごつしていて、の手よりも大きい。昔はヘンリーとよく手をつないだけど、最近は繋いでいない。ヘンリーの手は、当時のと同じくらいの大きさだけど、今はどうなんだろうか。 心臓がドキドキして、頭がふわふわする。と繋がれた手ばかりに集中してしまって、足元に石に気づかずに、軽く躓いてしまう。はさっと前に躍り出ると、そんなを抱きとめる。くすくす、と笑い声が頭上から降り注ぐ。 「言わんこっちゃない」 「お……お恥ずかしい限りです」 どうしてこんなに、いつもと違う状態になってしまうんだろう。ドキドキ、ふわふわ、そわそわ。不思議だ、でも嫌じゃない。 はそのままを閉じ込めるように抱きしめる。忙しない心臓の音がのものなのか、のものなのか、わからない。これは一体どんな状況なのか、理解できずにいた。抱きしめられている? 「あの……?」 「もう少しだけ」 これはあの時と似ている。修道院に流れ着いて、目覚めたに抱きすくめられたあのとき。それに手繰り寄せられるように、にキスをしたことを思い出す。ぼわん、と一気に体温が高くなった。あれは自分だけが知っている秘密だ。 は何を考えているんだろう、そして自分は何を考えているんだろう。 「うん。よし、帰ろっか」 「……変な」 「まあね」 惜しげもなくは離れて、ぽんぽんと頭を撫でられると、再び手をつないで歩き出した。先程よりも少しだけ距離が近づいた二人を、浮かび上がった月が見ていた。 宿に戻るとヘンリーはまだ戻っていなかったので、とは、丸いテーブルを囲っている簡素な椅子に腰掛けた。 「ねえ、あのお話聞きたいな。妖精の話」 「ああ、ベラの話ね。懐かしいな、昔よく話したよね」 「うん! そうそう」 の冒険譚は、奴隷時代によく聞かせてもらった。にとっては建設現場の娯楽はの冒険譚だった。その話を聞いているときだけは、あの場所から抜け出して、一緒に冒険をしている気分になれた。あのときは、まさか本当に冒険に出れるとは思わなかったけれど。 「そうだ、ベラと会ったのも、サンタローズなんだ」 「ええ! そうなの?」 冒険の舞台に来れたなんて、つい興奮してしまう。 蝋燭の明かりに照らされているは、とても優しそうな顔で過去を思い出しながら語ってくれた。どんな絵本や小説よりも楽しくてわくわくするお話が彼の口から紡がれる。 ここにいたこと 翌日、の父、パパスが何かを残していたという洞窟へと向かう。洞窟近くで船守をしていたお爺さんと子どもに事情を説明すると、喜んで筏を貸してくれた。「パパスさんの息子よ、大きくなったな。気を付けていくんだぞ」とお爺さんに言われて、はなんだかくすぐったい気持ちになった。 が松明で行く先を照らして、ヘンリーとが交代でオールを漕ぎながら進む。 ヘンリーが漕いで先をゆくとき、「そういえば」とが何かを思い出すように斜め上を見上げる。 「あのときおれ、筏には乗せてもらえなかったから、歩いて行けるところまで行ったんだ。そうしたら洞窟の奥で、道具屋のおじさんが岩の下敷きになって倒れてたんだよね。その人を助けて、結局帰ってきたんだ」 「すごい。って昔から人助けばっかしてたのね」 「そう? そんなに助けた覚えはないけど」 「だってわたしとヘンリーはに助けてもらったよ。ね、ヘンリー」 「そうそう、あの真っ暗な洞窟でがやってきたときは、正直泣きそうだったぜ。がいる手前、頑張ってこらえたけどな」 懐かしいなあ、とヘンリーが目を細めた。 あのとき助けてくれたパパスが残したなにかがこの奥にある。オールを握る手にも力が入った。 入り組んだ水路をゆっくり進むと、岩壁が立ちはだかり行き止まりになった。その左方には、下へと続く階段のようなものがある。筏から降りると、もっと奥へと進むために歩き出した。 洞窟の中は鬱蒼としていて、湿度も高く、真っ暗なため、今が何時で、外の天気が晴れなのか雨なのか、朝なのか夜なのかも分からない。こんなところにパパスはひとりで来ていたなんて、一体何を置いていったのだろうか。 足元に気をつけながらずんずんと進むと、やがて最深部にたどり着いた。岩で出来た階段を降りると、小さな部屋ほどのスペースにたどり着いた。篝火を灯すことができる台座がいくつかあったため、の持っていた松明の火を分ける。するとこの場所の全容を見通せるようになった。中には眠るように地面に突き刺さっている厳かな剣と、小さな宝箱と、古びたテーブルと椅子が置いてあった。 「」 ヘンリーがへと促す。何とは言わないけれど、勿論伝わっている。三人は頷きあって、は宝箱を開ける。古いため少し開けるのに手こずったが、なんとか開けると、中にはぽつんと紙が入っていた。はそれを拾い上げると、それは手紙であることがわかった。は内容に目を落とすと、一瞬どきんと心臓が跳ねた。 「――――」 その言葉から始まる手紙。 よ、お前がこの手紙を読んでいるということは、何らかの理由で私はもうお前のそばにはいないのだろう。 すでに知っているかもしれんが、私は邪悪な手にさらわれた妻のマーサを助けるために旅をしている。 私の妻 お前の母にはとても不思議な力があった。私にはよくわからぬが、その能力は魔界にも通じるものらしい。 多分妻はその能力故に魔界へ連れ去られたのであろう。 よ、伝説の勇者を探すのだ。私の調べた限り、魔界に入り邪悪な手から妻を取り戻せるのは、天空の武器と防具を身に着けた勇者だけなのだ。 私は世界中を旅して天空のつるぎを見つけることが出来た。しかしいまだ伝説の勇者は見つからぬ。 よ、残りの防具を探し出し、勇者を見つけ、我が妻マーサを助け出すのだ。 私はお前を信じている、頼んだぞ。 の父 パパスより は手紙を読み切ると、震える唇を噛み締めた。ぽたり、水滴が手紙に落ちて、染みを作る。は手紙を折りたたむとに渡して、顔を背ける。 とヘンリーは顔を見合わせて、眉を下げる。 つまり、パパスは魔界に連れ去られてしまったの母、マーサを救うために、伝説の勇者を探して、が幼い頃から旅をしていた。旅の途中、サンタローズでこの手紙を残した。自分の身になにかあったときに、その使命をに託すべく。 今、パパスの意志は時を超えてへと引き継がれた。とても時間は経ってしまったが、たしかに受け継がれたのだ。 そして、この手紙はパパスの生きていた証だ。パパスはかつて魔物によって骨も残らず焼き尽くされてしまった。パパスは確かに生きていたけど、それを証明するものは残念ながら何も残っていなかった。けれどついにパパスが生きていた証を見つけた気がした。この手紙はパパスがしたためたもので、確かに生きていた。その証をに遺してくれた。 サンタローズに来てから、パパスを知る人にもたくさん会えた。皆の記憶の中でもパパスはたしかに生きていた。 「」 はを抱きしめる。続いてヘンリーも抱きしめる。は肩を震わせて、鼻をすする。もつられてポタポタと涙を流し、鼻をすする。篝火がぱちぱちと爆ぜる音が三人を優しく包んだ。 |