オラクルベリーを出る前に不思議なおじいさんに出会った。モンスターじいさんと言うらしい。モンスターじいさんはを見ると、には魔物すら改心させ、仲間にさせる不思議な魅力がある、と言った。彼の言うことはとても分かる。の瞳はまるで穏やかな海のように広くて、穏やかで心地よい。魔物すら魅了してしまうというのは、頷けてしまう。



荒廃のサンタローズ



 新たに手に入れた馬車とともにサンタローズへの道を行く。馬の名前はパトリシア。利口そうな白い馬だ。馬車には荷物も置けるし、泊まることだってできる。これを300Gで買えたなんて相当ラッキーだろう。

「そういえば昔、ベビーパンサーと一緒に旅をしていたなあ。その時は猫だと思ってたけど」
「ベビーパンサーって、キラーパンサーの小さい時の、アレ? “地獄の殺し屋”の異名すらあるって言うのに……さっすが、だな。そういえば、いわれてみれば連れていたような気がする」

 ヘンリーが目を丸くして驚いた。確かにの話を聞いて、彼が連れていた小さなベビーパンサーを思い出す。

「いいなあ、わたしもスライムと一緒に旅したかったなあ」
「昔から思ってたけど、とスライムってちょっと似てるよな」

 ヘンリーの言葉には、ええ!? と声を上げる。

「なんか複雑な気持ちだけど。どこが似てるの??」
「な〜んかあの愛くるしくて憎めない感じ? 魔物だけど、マスコット的な」
「ちょっとそれわかるかも。でもスライムなんていたら、おれ倒せないや」

 の言葉に、は一瞬、スライムを想像する。スライムは可愛くて好きだが、自分がスライムに似ているとなるとなんだか複雑な思いだ。

「て、いうか。スライムって何?」
「新種のスライム。そっくりの」
「も〜、やめてよ。ちょっと想像しちゃったじゃん」

 のやりとりに、ヘンリーは満足気に頷いた。



 サンタローズの姿が遠くに見え始めてから、の気持ちはそわそわと逸る。故郷と言えるような、幼い頃いた場所。父の後ろをついて村に入ると、皆嬉しそうに父の来訪を迎えてくれた。それがまるで英雄の凱旋のように見えたのを、今でも覚えている。誰か一人でも、自分のことを覚えているだろうか。そんなことを考えながら残りの道を歩いた。
 しかし、たちを待ち受けていた現実は非情であった。サンタローズの村は変わり果てた姿で朽ち果てていた。誰も何も言えなかったし、何が起こっているかも理解できなかった。の心臓がどっどっどっど、と早鐘を討ち、頭の中いっぱいに心音が響き渡る。

「……、本当にここなのか?」

 ヘンリーが絞り出すような声で問えば、は無言で頷いた。確かにサンタローズはここだった。面影もある。門があって、見張りが父の姿を見つけるなり嬉しそうに駆け寄ってきて、門をくぐって階段を昇れば―――

……」

 意識の世界に没入していったが、の声で急速に現実に戻された。
 門は壊されていて基礎の部分と思われるものだけしか残っていない、見張りもいない、の姿を見かけて駆け寄る人間も、勿論いない。

「とりあえず中に入ってみない? 誰かいるかもしれない」
「そう……だね」

 記憶に残っているサンタローズとは大きく変わり果てて、荒廃しきった様子だった。けれど廃村になったわけではなく、ぽつりぽつりと人がいた。シスターに声をかけ、パパスの息子だと告げ、今までの経緯を簡単に話せば、彼女は大層驚き、手を握ってぽろぽろと涙を流した。

「そうだったの……そんなことがあって……。サンタローズは、ラインハット王国に焼き払われてしまったのよ」
「!? ラインハットに!? シスター、その件について詳しく教えてくれないか!?」

 ヘンリーとの顔色が変わり、堰を切ったようにヘンリーが問いただす。ラインハット……つまり、ヘンリーとの故郷の国が、の故郷を焼き払ったといったのだ。

「詳しくといっても、本当に突然なのです。ある日突然、ラインハットの兵士がきて、村に火を……。噂によれば、パパス様がラインハットの王子を連れ去らい、亡き者にしたことへの報復だとか」
「なんだって……!? そんなわけ……!」

  ヘンリーの顔が驚愕と怒りでぐしゃっとなり、それ以上の言葉を紡げずにいた。も頭が真っ白になる。

「ええ、パパス様はそんなことするわけありません。そういうわけで、ほとんどのものはアルカパの町に避難し、今はそこで暮らしています」

 の脳裏には国王と王妃、ヘンリーの弟のデールの顔が浮かぶ。そういえば昔、ヘンリーが、誘拐はデールの母親である王妃がやったのではないか、と話していたが、まさかその件が絡んでいるのだろうか。証拠があるわけではないので、あくまで可能性の話だが。
 思考の海にどんどん沈んでいきそうになるが、ヘンリーに肩を揺すられてはっとする。

、あとだ」

 ヘンリーは焦燥しきった顔をしていた。彼の言葉に主語はなかったが、勿論伝わった。は小さく頷いた。
 シスターと話をし終わった後、当時が身を寄せていた家にいったのだが、やはり焼き払われていて到底泊まれそうになかった。記憶を頼りに宿屋に行けば、どうやら営業をしているらしかったので、今宵はそこに身を寄せることにした。
 三人の間には、何とも言えない空気が漂っていた。このの故郷は、ヘンリーとの故郷であるラインハットが焼き払ったというのだ。しかもパパスへ汚名を着せ、その報復という名目で。パパスは何も悪くない、寧ろ助けられ、そしてそのために命を落としたのだ。どうしたってヘンリーは罪悪感を抱いてしまう。きっとそれはも察知していて、だからこそお互い何をしゃべればいいのか分からない。

「――おれ、もう一度村の様子を見てきてもいいかな?」
「あ、うん。もちろん。いってらっしゃい。気を付けてね」

 は頷くと、部屋を後にした。きっとが気を回し、とヘンリーの二人だけにしてくれたのだろう。その心遣いに感謝しつつ、扉をしまったのを確認すると、二人はほぼ同時にため息をついた。

「どういうことなんだ……ほんと」

 ヘンリーが綺麗に切りそろえた前髪をぐしゃっとかき上げた。

「わたしも理解が追い付いてない。だって、サンタローズはラインハットの領土で、パパスさんは誘拐されたわたしたちを助けに来てくれたんだよ……一体、誰がこんなことを……」
「許せねえぜ……」

 ヘンリーの瞳には静かな怒りが宿っていた。

「ねえ、ヘンリー、わたしたちもラインハットについて聞いてみない?  わたしたちは知らないといけないと思うの」
「そう……だな。よし、おれたちも行こうか」

 とヘンリーも宿屋を出て、ラインハットについて聞き込みを始めた。人の数が少なく、そこで得られた情報は僅かではあったが、かなり重要であった。
 まず、ヘンリーの父であるラインハット王が亡くなってしまったこと、現在の王はヘンリーの弟であるデールだが、実権は母である太后が握っているらしいとのこと。デールは殆ど傀儡で、評判はすこぶる悪い。
 少ない情報を集めてみると、二人の中である仮説が浮かび上がる。即ち、デールの母で、ヘンリーの継母である当時の王妃が、デールに王位を継承させるべく、ヘンリーを何者かによって誘拐させる。追いかけて行ったパパスを犯人に仕立て上げ、そしてサンタローズを……。

「おれは、ラインハットの様子さえ見れればいいって思ってた。でも今はの親父さんの汚名を晴らしたい。それができるのは、おれたちだけだ」
「そうだね……わたしたちにできる、せめてものことだよね」

 そうでもしなければ、に顔向けができない。そんな気がした。

「それにしても親父……亡くなっちまったのか。沢山言いたいことあったんだけどな」

 川辺にすわりこんで、ヘンリーが言う。

の親父さんが言ってた言葉の、今でも覚えてるんだ。“父上の気持ちを考えたことがあるか。”それで、“お城に帰ってからゆっくりと父上と話されるがいい”って。あれから色々考えたよ、親父は一体何を考えてたんだろうって」

 ヘンリーの横顔は、寂しそうで、辛そうで、は何も言えなくなる。

「……いつか城に戻って、答え合わせする日を夢見てたんだ。でもその日はこなかったんだな」
「へんりぃ……」
「おあっ、、泣くなって! すまんすまん、おれらしくなかったな」

 堪えきれずは泣いてしまった。
 ヘンリーが奴隷時代も、お父さんの話をしているのをずっと聞いていた。城に戻っていろんな話をするのを夢みていたのも知っていた。だからこそ、は涙をこらえることが出来なかった。もう、会うことが出来ないなんて。
 城にいたころのヘンリーは天邪鬼なところがあって、生意気真っ盛りな少年だった。お父さんに心無い言葉を言ったこともあるのだろう。幾度となく悔いても過去へは戻れないし、謝罪の言葉を伝えることだってできない。やっと自由な身になったというのに。

「大丈夫だ、親父が既にいない可能性だって考えてはいたし、その覚悟はしていた」

 はヘンリーに頭をぐしゃぐしゃと撫でられると、そのまま抱き寄せられた。

がいる、が居れば大丈夫だ。しっかりこの目で、ラインハットを見てみようぜ」
「うん……そうだね」

 頭を撫でたままヘンリーがゆっくりと言った。なんだか急速にあの頃、誘拐された時のことを思い出した。あのときもこうやって二人で並んでいた。あの時は手を握っていたけれど、今は抱き寄せられていて、大人になったなあなんて頭の隅で思う。

「なあ
「ん??」
「なんか今、誘拐された時のことを思い出した」
「ふふ、わたしも同じこと思ってた」

 ヘンリーへの気持ちは昔から変わらない。王宮で追いかけっこしていたときだって、奴隷として働いていた時だって、今だって、ずっと一緒。