サンタローズのこと、ラインハットのこと、この世界のこと。自分たちが奴隷として働いている間に起きた出来事を埋めるため、酒場に顔を出してみれば、沢山の人でわいわいと賑わっていた。生まれて初めてやってきたこの酒場、と言う場所は独特の雰囲気であった。三人はカウンター席に座り込み、出されたアルコールを掲げて乾杯をした。 「うおー! にげー! でもうめー! なーんか大人の味だな」 ヘンリーが声高に言う。 「うん……苦いね。おいしくない……」 は顔をしかめた。焼けるような苦みが喉を通りすがる。どうにもおいしいとは思えない味であった。 「ヘンリー、あんま飲みすぎるなよ」 が微笑みながらも窘める。ヘンリーは昔からお調子者のところがあるので、牽制のつもりで言ったのだが、彼はへらへら笑いながら飲むことを止めない。全く、とはため息をつきながらも、この酒場にやってきた本来の目的を思い出す。情報収集をするのだ。 ヘンリーは飲めば飲むほど顔を赤くし、陽気に笑った。が心配そうに彼の傍につきそう。そしては、そんな二人を脇目にせっせと情報を集めていた。酒場で町人と会話を交わしながらちらりとのほうを見れば、彼女もこちらを見ていて、目が合うと、申し訳なさそうに両手を合わせて、口パクでごめんね、といっているようだった。は微笑み頭を振り、会話を続けた。 集めた情報を整理すれば、少し信じがたい事がいくつか出てきた。まず今、ラインハットの政の実権が、王の母である太后が握っていて、なにやら不穏な様子だということ。更に、ラインハット領であるサンタローズの村が、そのラインハット王国に滅ぼされてしまったということ。 おやすみ 宿屋のロビーに貼ってあるワールドマップを見ると、目指しているサンタローズはここオラクルベリーを北西の方向に行くようだった。サンタローズのすぐそばにはパパスと降り立ったビスタの港。アルカパ。そして、ヘンリーとの故郷であるラインハット城。 「」 お風呂から上がったらしいが、今日オラクルベリーで買ったパジャマに身を包んでのもとへとやってきた。まだ濡れている髪を拭いている。彼女の手が動くたびにシャンプーの匂いが漂ってきてじわりじわりとの心を侵食した。 「寝ないの?」 ヘンリーは酒場で寝てしまい、が担いで帰ってきた。今も部屋で気持ちよさそうに寝息を立てていることだろう。 「もう寝るよ、こそ早く寝ないと明日起きれないからね」 「はいはーい。わ、これワールドマップ?」 は隣に並び、同じようにワールドマップを眺める。 「ここが、サンタローズ」 そっとサンタローズを指さし、確認するようにを仰ぎ見た。は同意するように頷くと、は視線をマップに戻し、そのまま指をスライドさせ、その指はラインハットをなぞる。 「ラインハット」 その横顔はどこか不安そうであった。まだ、ラインハットによってサンタローズが滅ぼされたことは言っていない。別にがサンタローズを滅ぼしたわけではないし、自身サンタローズに物凄く強い思い入れがあると言うわけではない。けれどもなんだか、今宵にそのことを言うのは憚られた。 「何が待ってるんだろうね、怖いなあ」 「そうだね」 「でも、わたしよりヘンリーのほうが不安だろうから、わたしがこんなんじゃだめだよね。今の弱音は聞かなかったことにして」 無理に笑顔を浮かべようとするが、やけにか弱く見えて、は彼女のことを支えたいと強く思った。いや、いつだって思っているが、この瞬間より強く思った。 「ん……でも、君だって不安でいいんだ。生まれ故郷なんだから。ヘンリーの前で気丈に振る舞うならせめておれの前では無理せず不安を吐露してね。だから無理に笑わないで」 一瞬彼女の表情が揺らいだ。ロウソクに灯った火が緩やかな風に吹かれたみたいに、一瞬消えてしまいそうな、そんな危うさがあったけれど、すぐに何事もなかったように火は灯り続けた。 「……ありがとう」 消えてしまったってよかったのに。けれどは強い子だから、どんな風が吹いたってきっと、一瞬消えてしまいそうになりながらも、灯り続けるのだろう。 「うん」 彼女の強さが好きだ。けれど、弱いところを見たいとも思うんだ。 こんな矛盾した感情を抱えながらはに微笑みかけ、さ、もう寝よう。と頭にぽんと置いた。まだ少し湿っている髪は自分の髪よりも幾分柔らかくて、女性らしかった。 「おやすみ」 「おやすみ」 |