年月は人を変えるというが、彼ほどこの言葉が当てはまる人はいないだろう。 「なんだ、おれの顔をじっと見て、どうした?」 「……ううん、なんでもないよ」 ラインハット城の王子だったヘンリー。あのひねくれ王子を10年という月日が変えた。もっと大きなきっかけには、の父の死があった。 「へんなだなあ。なっ」 「うん」 自分たちを助けるために犠牲になったの父、パパス。罪責の念と、強くなりたいという気持ちがヘンリーの胸にも、そしての胸にもあった。 「、ヘンリー、また怒られるよ」 が微笑を浮かべてとヘンリーを諭した。 奴隷生活も10年。光の教団と呼ばれる怪しげな宗教組織の神殿を作るために朝から晩まで働かされている。今も働いている最中で、さぼっていると監視が鞭を振りまわし怒るのでが程良いところで止めたのだった。 「全く、なんで毎日働かなきゃいけないんだか。」 ヘンリーが渋々石材の入った麻袋を背負いあげる。 も麻袋を担ぎなおし、重い足取りで搬送先へ向かう。けれどこんな生活もいい加減慣れた。ルーチン作業は飽きてしまうが、飽きを通り過ぎるともう何も感じなくなる。 しかし彼らには目標があった。の父の最期の言葉…… の母は生きている、自分に変わって母を探せ。ということ。いつかここを抜け出して、絶対にの母を探し出す。それが目標だった。 「さあ、休憩だ!」 鞭を持った監視員が声高に休憩を宣言した。とたんヘンリーは持っていた麻袋を雑に振り落とした。 ともそっと地面に置いて、地面に座り込んで息をついた。 「やあっと休憩だ。つっかれたあ」 首をまわして、うー。と唸るヘンリー。 「皆さんお疲れ様です。お水です、どうぞ」 長い金髪に、青い瞳のマリア、という給水係がわざわざ水を持ってきてくれた。本来ならば自分たちで取りに行かなければいけないのだが、マリアはいつも三人の姿を見つけては水を持ってきてくれる。とても美人で、やさしい女性。 「どもですっ」 ヘンリーがだらしない笑顔を浮かべて頭をかきながら水を受け取った。 「ありがとう、マリアさん」 「ありがとう」 もも口々にお礼を言い水をもらう。マリアは女神のような笑顔を浮かべてお辞儀をした。そして、 「いやあーマリアさんのいれる水はおいしいなあ」 必ず、マリアはヘンリーを見る。それはそれは愛おしそうに。 とはそれを知っているので、目配せし合ってちいさく微笑み合った。 「……では、失礼します」 「ありがとう!」 がお礼を言うと、マリアはまたお辞儀をして、立ち去って行った。間もなくして休憩は終わり、再び労働の開始。 「……ねえ、ヘンリーってマリアさんのこと好きなのかな?」 「さあねえ」 ヘンリーの後ろでひそひそと言葉を交わす。 「まあ、そんなかんじするけどね」 「そうだよね。まあ、いいんだけど」 はヘンリーのことが好きなのか?そう思うことがしばしばある。たとえばそれは今。そしてそのたびに思うことがある。 それは、 「わたしには、がいるし」 自分はが好きなのか? ということ。 「んーなんだよ二人して仲良くしやがって。は、おれんだぞー」 「そうですね、ヘンリーさま」 「ちぇ、さま付けはずるいぜ」 答えは、まだわからない。 無限の日々 何の変わり映えのない日々が続いた。晴れの日は汗水たらしながら日暮れまで働き、雨の日は雨水に打たれながら働いていた。そんなある日のことだった。 「あれ……マリアさん?」 「あ、さん。それに皆さんも」 驚いた。マリアが麻袋を担いでいたのだ。彼女は奴隷ではなく、給水係りとして働いていたので、麻袋を担ぎ石材を運ぶことはなかった。しかし今は、そのか細い腕で必死に麻袋を持っていた。 「どうして……?」 「私、最近は教祖様のお考えについていけないところがあったんです。だから、教祖様のお怒りをかいまして」 「なるほど……」 それで奴隷に格下げというわけか。彼女の兄がここで衛兵として働いているため、奴隷の扱いは受けないと噂で聞いている。 「まだまだ至らぬ点などありますが、よろしくお願いします」 「マリアさん! 助け合いましょうね、うん!」 ヘンリーがまた、へらり、と笑って、とは目を合わせて微笑んだ。 |