ローラントのお膝元である漁港パロに着いた頃には、海の彼方に夕日が沈むところだった。一刻も早くアジトに戻りたいところではあるが、日が暮れてからあのローラントの険しい山岳を登るのは、誰が考えても得策ではない。ナバール兵の目があるのが気がかりではあるが、今日のところは漁港パロに泊まることにした。
四人は夕飯を食べ終わると、ホークアイとデュランの部屋に集まって今後について話すことにした。デュランはベッドの上で胡坐をかき腕を組んで、確認をする。
「まずローラントの秘密のアジトに戻って、ドン・ペリから授かった策を伝える。それから風の回廊でジンを探し、ジンに風の向きを変えて眠りの花粉をローラント城に向けて飛ばしてナバール兵を眠らせる。そんで、制圧! だよな」
「ああ。ただ、仮にも忍者だからな。それなりに修行は積んでいるから、効果の長さは期待しないほうが良いぜ」
ホークアイの言う通り、悠長にやっていては目が覚めたナバール兵に返り討ちに遭う可能性もある。それならと、部屋に備えられている二人掛けのソファに腰かけていたは口を開く。
「ジンを探す班と、ローラントに攻めていく班とに分かれて、ナバール兵が眠った後出来るだけタイムラグなく攻めていけるようにするのはどうかな」
「それはイイでちな! こーりつてきにうごけまち」
の隣に座っているシャルロットが賛成する。デュランも「確かにそのほうが良いな」と頷いた。ホークアイは少し難しい顔をして黙っている。それが少し気になるが、は続ける。
「わたしはジンの気配を探すのに、フェアリーが必要だと思うから、ジンを探す組かなあと思ってる。ローラントに向かうのはリースを筆頭に、ローラントの人たちと、それから近接戦が得意な人たち……かな。なるべく多いほうが良いと思うけど」
「俺と一緒に行こう」
ホークアイが名乗り出る。その提案を純粋に嬉しく思うが、は首を振る。
「ホークアイは、ローラントに行った方がいいと思う。ナバール兵がいるんだから、ジェシカさんの呪いを解く手がかりが何かあるかもしれないし」
「だが……」
「それなら俺がと一緒に行く」
今度はデュランが名乗り出てくれた。実を言うと、としてもデュランと行くのが一番いいとは思っていたので、申し出はありがたかった。
「ありがとうデュラン。一緒に行ってほしい」
「きまりでちな」
シャルロットが深く頷く。ホークアイは不服そうだが、異論は唱えない。は話を続ける。
「それじゃあ明日は途中で二手に分かれて、わたしとデュランで風の回廊に向かう。ホークアイとシャルロットはアジトに向かってこの話を伝えてもらって、ローラント城へ向かってもらう、っていう流れでどうかな」
暫し全員で沈黙し、の言葉に問題がないかどうか考えを巡らせる。デュラン、シャルロットは同意の声を上げて、最後にホークアイは諦めたように浅く息を吐いた。
「……わかった。だが、絶対に無茶するんじゃないぜ」
「デュランがいるから大丈夫だよ。ね?」
「おう。俺が絶対守るぜ」
デュランはぐっと拳を握ってみせた。ホークアイは不満そうな顔のままだったが、翌日の流れが決まったところで、とシャルロットは女子部屋へと戻ることにした。部屋にたどり着くなり、は「ねえシャルロット」と声をかける。
「ちょっと教えてほしいんだけど」
「?? なーに?」
+++
翌日、朝からローラントの険しい山岳を四人で上り詰める。山の中腹あたりで昨夜話し合ったように途中で二手に分かれて、はデュランとともに風の回廊へと向かう。
デュランはに歩調を合わせながら、辿り着いた風の回廊で、驚くことがあった。風神像が見るも無惨に破壊されていたのだ。これを操作すれば道が開けると言っていたのだが、一体誰が、どんな目的で壊してしまったのだろうか。破壊のあとを見る限り、最近壊されたと思われた。
「なんか嫌な予感がするな……」
デュランがポツリと呟いた。同じようにも胸に暗雲が立ち込めて、ざわざわとしていた。杞憂に終わればいいのだが、とは風のうごめく風の回廊をじっと見据えた。
風神臓が壊されてしまったので、仕方ないので中の仕掛けを一つ一つ操作して、風の回廊を進んでいく。風の回廊は入り組んだ細い洞窟になっていて、その名のごとく常に風が吹き抜けていて、耳元では風の音が絶え間なく聞こえていた。フェアリーはふわりとから出てきて、マナストーンの気配を頼りに大体の方角を教えてくれたので、その方向に向かえるように知恵を絞って風向きを変えていく。
洞窟の中にもモンスターがいて、デュランはモンスターを見かけると、を庇うようにさっと前に躍り出て、倒していく。デュランは強いが、一人守りながら戦うのはとても大変だ。何度かモンスターから攻撃も受けている。
モンスターを撃退して落ち着いたところで、はロッドを握り、目をつぶって集中する。
(……デュラン、癒やされて! 癒やされろ!! 回復しろー!!)
「いくよ、デュラン」
「お、おう」
なぜかデュランも身構えて気合を入れる。
「ヒールライト!」
目を見開いてヒールを唱える。だが、特に変化は見られない。デュランは自分の体を見渡して、非常に言いづらそうに口を開く。
「あー、と。なんか回復したような気がしないでもないな!」
「……気を使わないでいいから。やっぱすぐには無理だよね」
はがっくりと肩を落として項垂れる。昨夜シャルロットからヒールライトのコツを教わったのだが、やはり先日ホークアイが言っていたように、相手を癒す気持ちを強く持つことが大切だと言っていた。
『いやされろー! かいふくしろー! ってこころのなかでさけべば、オッケーでち』
強く願ったつもりだったが、まだまだ足りないのか。はたまた才能がないのか。ヒールライトへの道は険しそうだ。初級中の初級であるヒールライトすらままならないなんて、これから先が不安で仕方ない。
「焦らなくていいと思うぜ。なあにそのうちできるようになるさ」
「ありがとうデュラン」
デュランの優しさが心に沁み渡る。
苦戦しながらも風の回廊を進むと、やがて風の音が急に遠のいて、広い空間に出た。その中央には、宙に浮いた石のようなものがたちを迎えるようにある。形は逆三角形で、淡い光を放っている。
もしかしてこれが―――そんなの思いに呼応するようにフェアリーがふわりと現れる。
「あれがマナストーンね、見るのはわたしの初めてだわ。この中からやがて神獣が蘇り、世界は再び暗闇に……」
「ちょっと、物騒なこと言わないでよ」
が堪らず制すれば、フェアリーは申し訳なさげに眉を下げた。
「ごめんなさい。そうならないように頑張ってるんだものね。……さあ、この近くにジンがいるはずよ、探しましょう」
はフェアリーの言葉を聞きながら、デュランはクラスチェンジをしたくて聖都ウェンデルへ行ったことを思い出す。そして司祭からは、まだクラスチェンジには足りないと言われていた。クラスチェンジをするには、マナストーンが必要だと。はちらとデュランを見ると、じいっとマナストーンを見つめていた。
「おれは……いや、なんでもない。探そうぜ」
何かを言いかけて、やめた。それ以上聞くのも憚れたので、は頷いて、二人で周囲を探し始める。すると、デュランが何者かの足跡を発見した。
「風神像が壊されていたこととなにか関係があるのかもしれないな」
「……気を引き締めていかないとね」
二人は頷き合うと、足跡を辿っていく。すると、上を覆っていた岩肌はなくなって、迫り出した断崖に出た。断崖の先には青空にくっきりと輪郭を現している全身黒の鎧をまとったものがこちらに背を向けて仁王立ちしている。黒い鎧のもの―――黒曜の騎士―――は、たちの気配に気づいて振り返ると、その手にジンを捉えているのが見えた。ジンは意識をなくしているようだった。
ただならぬ空気を察知したデュランは剣を構える。
「おい、ジンを離せ」
だが黒曜の騎士は何も発さない。その代わりにふっと姿を消すと、ジンの様子がおかしくなっていく。うめき声のようなものが聞こえてきて、やがてそこに巨大な魔物が召喚された。大きな体躯に、大きな両翼の魔物―――ツェンカー―――が両翼を羽ばたかせ、そのたびに荒れた風が舞っていく。デュランはを庇うように前に立つ。
「まさかこいつもあの鎧の野郎の仕業か……!?」
明らかにそこらへんの魔物とは違う威圧感に、は立ちすくむ。今まではボス級の魔物と戦ったことはなかった。いつも他の仲間達がそれぞれの武器や特技を活かして倒してくれていたからだ。だが今は、明らかに強大な力を持った魔物を前に、とデュランの二人しかいない。最悪、魔物に敗れて死ぬかもしれない、と死の恐怖で呼吸が乱れる。
は二手に分かれて行動しようと行ったことを瞬時に且つ猛烈に後悔した。効率的ではないが、安全を期するために四人で来るべきだった。だがもうその後悔は何の役には立たない。
「!!! 安全なところに避難しろ!!」
デュランの言葉に、魔法が解けたように身体が動けるようになった。少し離れたところに走っていき、武器を構える。心臓がバクバクととんでもない速さで早鐘を打っている。
デュランは剣を構えて素早い身のこなしでツェンカーに斬りかかっていくが、ツェンカーはデュランの攻撃を、大きな羽根を優雅に羽ばたかせて避ける。羽ばたくたびに風が舞い、デュランの邪魔をする。
(こんな大きくて強い敵にデュラン一人じゃ無理かもしれない……どうしよう、どうしよう)
武器を握る手に汗が滲む。焦るばかりで何の策も出てこず、頭が真っ白になっていく。
すると、デュランが風でバランスを崩して倒れる。その隙を逃さんとばかりに、ツェンカーはデュランをその手で掴んで持ち上げる。
「グッ!」
デュランの顔が苦痛でゆがむ。まずい、このままではツェンカーに握り潰されてしまう。デュランが、デュランが死んでしまう――――の心拍は最高潮に達し、呼吸が浅くなる。浅い呼吸を繰り返して、追い詰められて白んでいく意識の中、現実に引き戻すようにデュランが「!」と名を呼ぶ。
「逃げ……!」
ピンチに瀕してなおの心配をするデュラン。
そのときの中で何かが弾けた。やらなければ、次の瞬間には無我夢中でロッドを振りかぶり、そしてツェンカーに向けて勢いよく振り下ろした。すると、ロッドにはめられた魔石が淡く光を放った。ツェンカーは悲鳴を上げると、デュランを掴んでいた手を離して、デュランは地面に尻餅をついた。デュランも、も、何が起こったか分からなかったが、それでもなんとか命拾いをしたようだ。デュランはすぐに体制を直すと、ツェンカーに攻撃を仕掛ける。そんなデュランの姿を見ながら、は今しがた自分がしたことに呆然としていた。
(魔法が……使えたの……?)
にわかには信じられないが、今ならば“あの魔法”も唱えられるかもしれないと思った。ロッドを振りかざし、そして――――
「ヒールライト!」
魔石が呼応するかのように再び淡く光る。デュランは一瞬こちらを見ると、大きく頷いた。ヒールが効いているのかもしれない。はほっと胸をなでおろす。
この戦いの中で連続で魔法を使うことができた。一回目の魔法は何の魔法かわからないけれどなにかダメージを与えることができる魔法だった。二回目は回復の魔法、ヒール。どちらも使うことができればこの戦いの勝機を見いだせるかもしれない。