リンクが次に気がついたときには、天も地もない、どこまでも広がる青空の中にゼルダと二人、対峙していた。とても澄んだ青空だった。ここはどこだろう、はどこにいるのだろう、とリンクが思案する間もなく、ゼルダの真っ直ぐな瞳と視線が混じり合う。
「ありがとう、リンク。あなたの力でガノンドロフは闇の世界に封印されました。これでこの世界も再び平和な時を刻み始めるでしょう」
「ゼルダ、よかった。これからどうしよう。やること―――」
リンクは明るく話し始めるも、ゼルダは沈痛な面持ちで目を伏せた。ガノンドロフを倒したというのに、どこか憂いているのはなぜだろう、リンクには検討もつかなかった。時の神殿で再会したときから彼女はずっと物憂げだった。ガノンドロフを倒せばその表情は晴れると思ったが、まだきっとゼルダの中には何か澱があるのだ。リンクは言葉を切り、ゼルダの言葉を待った。
「……これまでの悲劇はすべて私の過ちです。己の未熟さを顧みず、聖地を制御しようとし、さらにあなたまでこの争いに巻き込んでしまった」
「違うよ、ゼルダがいたからガノンドロフを倒せたんだ。少し時間はかかったけど、過ちなんかじゃない」
「……優しいのですね。ありがとう。けれど、やはり過ちなのです。七年もの間、この世界を不安に陥れてしまいました」
凛とした瞳はすべてを受け入れているようだった。リンクは眠っていた七年、けれどその七年は確かに存在していて、その間ハイラルは魔界と化し、人々はガノンドロフに恐れ慄きながら混沌とした時代を過ごしてきた。ゼルダもシークとして見ていたはずだ。リンクの脳裏には、出会った沢山の人々の姿が思い浮かんだ。ガノンドロフに怯えるインゴーの姿、魔物の恐怖に震えるミドの姿、生贄として捉えられていたゴロン族の姿、氷の世界に閉じ込められたゾーラの姿。そして恐怖に立ち向かった賢者たち。
「今こそ私はその過ちを正さなければなりません。マスターソードを眠りにつかせ、『時の扉』を閉ざすのです。けれどその時、時を旅する道も閉ざされてしまいます」
つまり、もう大人の子どもを行き来することはできなくなるのだ。ゼルダはそっと左手を差し伸べた。
「リンク、オカリナを私に。今の私なら賢者としてこの、時のオカリナであなたを元の時代に返してあげられます」
リンクは時のオカリナを渡そうとして、ふとの顔がよぎって静止した。はどうなるのだろうか。ざわざわと胸にさざ波が立つ。
「……待って。はどうなるの？ 俺がこの時代からいなくなったら、この時代のをまた一人にさせちゃう。それは絶対ダメだ。もう二度と離れないって誓ったんだ」
七年も一人にしてしまった。待たせてしまった。もう離れないと言ったのに、また姿を消して二度と現れないなんて、今度こそ自分を許せない。
「は時の勇者のために遣わされた存在でした。時の勇者を支えるため、そして時の勇者が成長するために」
が異世界から来た理由を初めて知り、リンクは驚く。確かにがいなければここまでこれなかっただろう。リンクの行動原理の核はであり、の先に世界があるのだ。勿論、世界を救いたいという気持ちにも突き動かされる。けれどやっぱり、一番深いところで熱となっているのはなのだ。
ゼルダは差し出した空の左手を引っ込めて右手でぎゅっと握りしめると、言葉を続ける。
「あなたが時の勇者としての役目を終えた今、彼女もあるべき世界に戻るはずです」
つまり、元の世界に戻るということか。けれど、リンクには、確信にも近い考えが一つあった。だからこそ、首を横に振る。
「わかった。……ありがとうゼルダ。でも俺、このままこの時代で生きていきたい。七年間、俺にはないけど、それでもこの時代であったことなかったことにしたくない。すごく勝手なことを言ってるの分かってる。でも、もしゼルダがそれを許してくれるなら俺はこのままこの時代で生きていきたい」
それは曇りのないリンクの本意だった。確かに、七年間を無くしてしまった。そしてこの時代で生きていくということは、それはもう二度と手に入らないということだ。ゼルダはその失われた七年を返すと言ってくれた。けれど彼女は……は、その空白ごと包んでくれた。それだけでもう、失った七年なんてちっとも惜しくない。それよりもこの時代で繋いできた絆や出来事をなかったことになんてしたくなかった。
ですが、とゼルダは言い淀む。
「使命を終えた今、はいないかもしれませんよ。それでもいいのですか」
「いるよ、きっと。俺にはわかる。それにほんの少しでもがこの時代にいる可能性があるのなら、俺は残るよ。今度またを一人にさせたら、俺は俺を一生許せないもん。それにさ……」
一旦言葉を区切り、リンクが危惧していることを口にする。
「もし俺がこの時代からいなくなったら、勇者はいなくなっちゃうわけでしょ。考えたくないけどまたガノンドロフが復活するかもしれない……。だから、俺はこの時代に残って、俺にできることをしたいと思ってる」
冥府に封印されたガノンドロフが最期の発した呪詛のような言葉がリンクの耳にこびりついている。それはゼルダも同じだったのだろう、眉根を微かに顰めて視線を下げた。やがて顔を上げてリンクと視線を交えた。その瞳は揺れていた。
「……リンクの危惧していることは、私も恐れていることです。あの者はいつか、途方のない年月を経てでも、その恨みの炎を燃やし続けながら、いつの日か封印を破るかもしれない。その時、勇者の血が途絶えてしまっては太刀打ちができないかもしれない、と」
ここでリンクが元の時代に戻れば、“この世界”には勇者がいなくなってしまう。つまり、勇者の血を、魂を継ぐものはいなくなってしまうのだ。
「ですが、本当に良いのですか。貴方は使命を背負った勇者ですが、ガノンドロフを封印した今、もうその使命から解き放たれてよいのです。一度は失われてしまったものを、取り戻せるのです」
その問いに対して、リンクはまるで最初から答えなんて決まっていたと言わんばかりにニッと笑みをたたえた。
「俺は『勇者』だよ。死ぬときまでずっと『勇者』なんだから、まだ使命の途中だ。だからゼルダ、俺は俺の意志でこのまま生きていきたいんだ」
勇者も、賢者も、魔王すら運命の奴隷だ。勇者のために遣わされた彼女も無論そうだ。皆、神が定めた運命を全うするためにその命があるのだろう。それならばリンクはその命尽きるまで勇者だ。
ゼルダは何か言いかけて、そのまま口を閉ざす。やがて長い沈黙の末、一つ頷いた。
「………ク」
聞き逃してしまいそうなほどか細い声が聞こえてくる。まだ眠い。もう少し寝ていたくて、リンクはその眠気に身を委ねたまま微睡みの海を漂い続ける。
「………………リ………ク……………て…………」
その声は少しずつ大きくなっていって、少しずつリンクの意識も浮上していき、そして、
「リンク、起きて！」
急速に覚醒し、リンクは慌てて上体を起こす。すると、リンクの傍にはが座り込んでいて、リンクと目が合えば、は薄く唇を開いて震わせる。しかし唇が音を紡ぐことはなく、キュッと結ばれると、無言でリンクのことを、まるで縋るように抱きしめて、首元に顔を埋めた。
「？」
リンクは脳をフル回転させて今がどういう状況だったのかを思い出そうと務める。ガノンドロフを倒すためにガノン城へ赴き、そしてガノンドロフと闘い……そうだ、とリンクは記憶の糸を手繰り寄せてついに思い出す。―――がいる。
リンクが言葉を発する前にの啜り泣く声が聞こえて、思わず閉口した。
「リンク……目が覚めないかと思った……よかった、ほんとによかった……」
ひとまずを安心させようと、ドギマギしながらもリンクはの背に手を回し、ゆっくりと擦る。こうされると深い安心感を得られるのを、リンクは知っていた。彼女からはいろいろなことを教えてもらったのだと改めて思う。
の肩越しに見える景色は、まだ日の出を迎えていない薄暗い大地と、完全に瓦解したガノン城だった。視線だけ動かして辺りを見渡すも、ゼルダの姿は見えない。
リンクはガノンドロフに打ち勝ち、そして七年の空白を抱えたままこの時代で生きていくことを決めた。今リンクの腕の中にいるとともに。
本当に良かったのは俺の方だ、と胸中でつぶやく。絶対はいると信じつつも、本当にいるかどうかは、リンクがこの時代で生きていくことを決断しなければ分からなかったから。一か八かの賭けだったからこそ、今この状況を、腕の中にある体温を心底嬉しく思う。
それにしてもが泣き出してしまうほど目覚めなかったということは、結構な時間気を失っていたのだろうか。
「俺、暫く起きなかったの？」
は一旦リンクから離れて顔を合わせる。の瞳には大粒の涙が溜められていて、リンクの胸はきゅっと切なく締め付けられる。にはいつも笑っていてほしいのに、泣かせてしまった。それでも自分のことを想いながら流された涙の美しさに見惚れてしまう。
「……うん。ガノンドロフを冥府に封印したあとかな……恐らくみんな気を失っちゃって、わたしが一番最初に目が覚めて、それからゼルダ姫は目が覚めたんだけど、やることがあるって、すぐに時の神殿に向かっちゃった。リンクが目覚めたら来てほしいって。それで、わたしはリンクのそばで目覚めるのを待ってたの」
の言葉を聞きながらリンクはその涙を指先で掬い上げる。
「遅くなってごめん。……ただいま」
「おかえりなさい、リンク」
リンクの旅を支えてくれて、そして帰る場所。この言葉が聞きたくて、何度だって頑張れた。リンクはの微笑みを受けて、つられて笑顔になりながらも言う。
「ようやく終わったんだね」
「リンク、お疲れ様。すっごくかっこよかったよ。本当に……ありがとう」
まだ世界を救ったなんて言う実感はないが、この言葉で勇者としての使命を果たせたのだと感じる。でもやっぱり一番は、たった一人の女の子を守りたくって、かっこいいって思われたくて、ここまでやってこれた。こんな思いは、二人だけの秘密だ。
秘密の共有者の顔を見て、リンクは「ねえ」と呼びかける。
「」
「ん……？」
「チューしてもいい？」
は少し驚いたように目を見開いたが、すぐに顔を寄せ、それ以上の言葉を紡がせないかのようにリンクの唇に自身の唇を重ねた。すぐさま伝わってくる柔らかな感触は甘くて、いつまでも味わっていたい。
やがてゆっくりと顔を離したは幸せそうに目を細めていた。その顔を見て、リンクの身体の内から名称の分からない衝動が溢れ出て、その衝動が赴くままに、まるでに己を刻み込むかのように何度も何度も角度を変えて唇を交わしていく。
どれくらいキスをしていたか分からないが、がどんどんとリンクの胸を叩くので、リンクは我に返りキスをやめて顔を離す。は顔を真っ赤にして瞳を潤ませている。その表情すら衝動を助長するが、そんなリンクを制するようにが言う。
「ど、どしたのリンク、そんな……」
「だって嬉しくて」
世界を救えたのが。が、いてくれたのが。リンクの胸のうちに、じわじわと幸せが滲み広がっていくようだった。そのことがどれほど嬉しいことか、きっとには分からないだろう。それでいい。
「わたしも嬉しいけど……でもそうだね、今くらいリンクのしたいことしないとね。それだけの働きはしたもん」
「ねえ、俺かっこよかった？」
「世界で一番かっこよかったよ」
は至極当然と言った口ぶりで言ったのち、不意に声のトーンを僅かに下げて「ついに終わったんだね……」と呟きを落として、改めてリンクを見て、
「これから何したい？」
と、問うた。リンクは考えを巡らせて、そして思い浮かんだ感想を口にする。
「なんか今までずっとあれやれこれやれって言われてて、自分で何をするのか決めるのってずっとしてなかった気がするから、新鮮だな」
振り返ればこれまでひたすら運命が指し示す道を辿ってきた気がした。だがこれからは、自分でやりたいことをして、自分の行きたいところに行ける。純粋に不思議な感覚だった。これから何をするか、それは自分で決めていくのだ。「そうだよね」とも頷いた。
「んーでもそうだなあ」
少し考えたが、結局思い浮かんだのはたった一つだった。それは変わらず、ずっとリンクの中にある願いだ。
「とずっと一緒にいたい」
リンクの言葉を聞いたは一瞬呆けた顔をしたものの、すぐに破顔した。
「そんなことでいいの？」
「そんなことじゃない！ 大事なことなんだから」
「まさかリンクに諭される日が来るなんて思わなかったよ……でも大丈夫。嫌だって言われたって、離れないよ」
「これからずっと、誰にも邪魔されず二人でいられるんだね。あ、二人って言ったらナビィが怒るか」
リンクは茶化すように言う。いつもだったらこう言うとき、『ナビィもいるヨ！』と怒るからだ。ところがその声は聞こえてこない。不思議に思い、リンクは声を顰めて、ナビィ？ と呼ぶと、ナビィは静かに二人の前に現れた。
『……ナビィね、役目はもう果たしたから、森に帰らなきゃ』
不意に告げられたお別れに、リンクもも表情を固くした。ずっと一緒だったナビィと離れるなんて考えたこともなかった。
「駄目だよ！ ナビィはずっと俺の相棒だろ？」
『もうリンクにはナビィは必要ないヨ。だってこんなに立派な勇者になったんだモン』
「そんなの関係ないだろ！ 絶対に嫌だ！！」
「……ナビィ、そういう決まりなの？」
頑として拒否をするリンクの様子を見やり、はナビィに問うた。ナビィは僅かに沈黙した後に、
『ウン。森の決まり。ナビィだって二人と一緒にいたヨ。でも帰らなきゃ……』
リンクもも、森の決まりは分からない。だからナビィにそう言われてしまっては、もうあとは何を言ってもナビィを困らせるだけになってしまう。それでもリンクはナビィを繋ぎ止めたくて、固く真一文字に閉ざしていた唇を薄く開いた時、ナビィが先に言葉を発した。
『でもきっと、これから森も変わっていくと思うの。もしナビィが二人のところにまた行くことができたら、そのときは一緒にいてくれる？』
ナビィの声は震えていた。は瞳からぽろぽろと涙をこぼしながら、何度も何度も頷いた。リンクは込み上げてくる感情を抑えるように何度か瞬いて、やがて小さく頷いた。そんな三人を包み込むように、絶望で色濃く塗りつぶされた大地に新しい朝日が昇ってきた。その光はリンクの瞳から静かに零れ落ちた雫を煌めかせた。
またネ、リンク。。
大好きダヨ。
純白の羽根をはためかせて、ナビィは空高く舞って森へと帰っていった。ナビィの姿が見えなくなっても、二人は暫くその空を見上げていた。
＋＋＋
時の神殿に赴けば、３つの精霊石が置かれている祭壇の前にゼルダが凛と佇んでいた。二つの足音が沈黙に包まれた時の神殿に響き渡ると、ゼルダは振り返った。
「リンク、目覚めましたか。……これが最後の仕事です。マスターソードを再び眠りにつかせるのです」
聖地への扉を完全に閉ざします、とゼルダは続けた。リンクは頷き、一歩一歩、真紅の絨毯をしっかりと踏みしめながら歩き、そしてマスターソードが刺さっていた台座と対峙した。が見たのは七年前、マスターソードを抜いた小さな緑衣の背中だ。今はその逆で、マスターソードを戻そうとする大きな背中だ。
と、そこで、まさかマスターソードを戻した瞬間、彼の姿が消えたりしないだろうか、と一抹の不安がよぎる。けれどその儀式を目の前に、はもう祈ることしかできないのだ。そんなの心情がゼルダに伝わったのか、ゼルダはを見やり「大丈夫です」と小さく囁いた。は唇を引き結んで、無言で頷いた。
リンクは腰に携えたマスターソードを抜いてその刀身をじっと見遣り、最後のお別れをする。そこに言葉は要らなかった。しばし見つめると、リンクはマスターソードの柄を両手で握り、その刃先を地面に向け、高く掲げると、勢いよく台座に突き刺した。そしてリンクはゆっくりとマスターソードから手を離す。リンクはきちんそこにいて、はそのことに心の底から安堵の息をついた。
そしてリンクはマスターソードに背を向けて祭壇の方へと戻ると、扉はゆっくりと上から下へと閉ざされていき、やがてマスターソードの眠る厳粛な空間は、時の扉で封じられた。
ゼルダはそれを確認すると、祭壇の前で両手を祈るように組んで瞳を閉ざした。すると、精霊石はふわりと宙に浮いて、やがて消えた。
「……精霊石はあるべき場所へと戻っていきました。これからもそれぞれの種族が精霊石を守り、私は知恵のトライフォースを、リンクが勇気のトライフォースを守っていけば、聖地は……世界はきっと、守られましょう」
ゼルダの祈りにも似た言葉が、静かな神殿に響いた。
それから疲れた果てた身体を引きずりながらロンロン牧場へと戻っていけば、牧場の入口にマロン、タロン、インゴーがいて、その少し奥には賢者たちが立ち並んでいた。それがにはなんとも不思議な光景に見えた。種族間交流がないこの世界で、違う種族の五人が肩を並べているのだ。そしてじんわりと滲んでいくように、その事実を実感していく。ああ、闇の時代は終わったのだ、と。
牧場で待ち構えていた面々は、三人の姿を見つけると、歓声を上げて、瞬く間に駆け寄ってきた。
はロンロン牧場の三人が駆け寄ると、揉みくちゃにされながら抱きしめられた。
「！ おかえりなさい、すごいよ、本当に世界を救っちゃうなんて……！」
と、マロン。安心する声に、匂いに、は涙が出そうになる。
「わ、わたしじゃないよ、すごいのはリンーーー」
「うるせェ！ 、オメェは自慢の娘だ！」
と、インゴー。尖ったヒゲがチクチクと刺さるので涙は引っ込んだ。
「インゴーさん、ヒゲ痛いい！」
「、無事に帰ってきて本当によかっただぁ」
「タロンさんお腹おっきすぎて苦しぃぃっ！」
タロンのふくよかなお腹に圧迫されていよいよ呼吸が怪しくなる。ああ、帰ってきたんだ。この世界で、家族同然の三人に迎えられて、の意識は微睡むような幸せに浸る。
ゼルダはまるで糸が手繰り寄せられるようにインパと引き合い、そして二人は涙を流しながら抱き合った。そこに言葉なんていらなくて、ゼルダはピンと張り詰めていた糸が切れたかのように子どものように泣きじゃくって、インパはそんなゼルダを優しく抱きしめ、頭を撫でた。
リンクには賢者たちが駆け寄って、ダルニアは「キョーダイ！」と正面から熱く抱擁し、ルトは「ずるいゾラ！」と背中から抱きつき、サリアとナボールは少し離れたところで微笑みを浮かべて見守っている。
「ダ、ダルニア、くるし……！」
賢者たちはその役目を終えて、聖地から戻ってきたのだ。リンクがギブアップと言わんばかりダルニアの太く硬い、文字通り岩のような腕を叩けば、ダルニアは豪快に笑って抱擁を解いた。
「キョーダイ、見せたい光景があるゴロ」
ダルニアを始め賢者たちに導かれるように放牧場へと行けば、そこには一生忘れることができないような息を呑む光景が広がっていた。
ロンロン牧場の放牧場は、多種多様なひとびとで埋め尽くされていた。ハイリア人がいて、ゴロン族がいて、ゾーラ族がいて、ゲルド族がいて、そしてコキリ族までもいる。決して交わることがなかった種族たちが肩を寄せ合っているのだ。夢のようなこの光景に暫し三人は足を止めて惚ける。そしてその三人に気づいて、割れんばかりの歓声が上がった。
＋＋＋
「なんて……素敵な光景なのでしょうか」
ゼルダは心の内から震えるような感動に包まれた。ハイラルはゼルダの父の代で統一を果たしたが、民族間は交流は皆無であった。皮肉ではあるが巨悪が立ちはだかり、一丸となることで、民族間の垣根を超えた今の光景に繋がったのだ。これがきっと在るべき姿でこれから目指すべき姿なのだろう。
はゼルダ姫、と呼ぶと隣に立って同じ光景に思いを馳せた。
「わたし、この光景を一生忘れません。この世界で、この時を迎えられたこと、誇りに思います」
世界を救ったのはリンクとゼルダで、はそれを傍で見ていただけだ。この景色は間違いなくこの二人に見せてもらったものだ。けれど、隣でそれを見させてもらえて、なんと自分は幸せものなのだろうか。
「ええ。遠回りしましたが……あの七年間は無駄ではなかったのだと思わせてくれますね」
ゼルダのその言葉から、万感の思いが伝わってくるようだった。七年間、彼女はハイラルをその目で見てきて、歯痒い思いをしてきたはずだ。無限の続くように思われた先の見えない世界で、時に己の不甲斐なさを責めて、それでも夜明けを待ち望んで、待ち侘びて、待ち侘びて、待ち侘びて……そして今日の日を、新しい朝日を迎えることができたのだ。は頷いて、けれどこれから先の日々を見据える。
「でもきっと、これからとっても大変なことが待ってます。ここからがスタートですからね。大きな決断を迫られることがたくさんあると思います。迷った時、辛い時、いつでも頼ってください。わたしやリンクは勿論、ここにいる皆は惜しまず力を貸してくれると思います」
「ありがとう、。期待しています」
「なんなりと。美味しいホットミルクくらいなら作れますよ」
「ホットミルク、いいですね」
そういってゼルダが年相応の笑みを浮かべると、嘆息して言葉を続ける。
「やることが山積みですからね、何から手を付けて良いのやら分かりません」
「今くらいは何も考えないでこの光景を堪能してても良いんじゃないですか」
「……ですね」
新しい朝日を、新しい世界を。それを喜び合うすべての者達の姿を、網膜に焼き付けた。