世界は明転し、気がつけば暖かな陽射しが降り注ぐ時の神殿のマスターソードの前にいた。両手を見れば小さな手のひら。どうやらゼルダの力で元の時代に戻ったようだ。次いで慌てて周りを確認するが、の姿はない。まだと出会ってないのか、それとも……。と、嫌な予感がリンクの胸に広がりそうになり、それを振り払うように頭を振った。何にせよ、確かめる方法は一つだけ。リンクはマスターソードに背を向けて走り出す。だが少し走ったところで、ふと違和感を覚えて立ち止まる。振り返ればナビィはマスターソードの前から動かない。

「……ナビィ?」

 リンクが呼びかけるが、ナビィは何も言わずにふわりと飛んでいってしまった。慌てて戻りあたりを見渡すも、すでにナビィの姿は消えていた。どこへ行ってしまったのだろうと気になるが、リンクには時の勇者として最後の務めがある。それはゼルダにこれから起こることを伝えて、ガノンドロフの悪行を未然に防ぐことだ。けれどそれよりも前に、やらなければならないことがある。それは極めて個人的なことだが、けれどリンクにとってはいちばん大事なこと。目指すはハイラル平原、今もきっと膝を抱えて座り込んでいる彼女のもとに急ぐ。

(いてくれ……頼む、

 ハイラル平原をひた走り、ひたすらのことを探す。走りながら、初めて出会った時のことを思い出していた。あのときのことは今も鮮明に覚えている。コキリの森から出て、初めて見たハイラル平原は明るい太陽に照らされていて、地の果てが見えなくて、無限に続くのではないかと思うくらい広く感じた。デクの樹様を殺したのはお前だとなじられ、追われるように出てきたが、ハイラル平原に出て暖かな太陽を一身に受けたとき、リンクの胸は確かに高揚感と、そして生まれて初めての使命感を感じた。今までのマイナスがすべてプラスに転じたような感覚だった。
 それから相棒となった妖精ナビィと喋りながら平原を歩き、そして木に背中を預けて座り込んでいた彼女の姿を発見する。コキリ族は皆緑衣を着ているため、の姿がとても物珍しかったのを覚えている。 あの出会いが神によりもたらされたものだというのなら、リンクはその神に感謝をする。しかし“この世界”に彼女がいないのならば、リンクは一生神のことを恨むかもしれない。なんと残酷なことをするのだと、糾弾したい。
 との出会いを経て、リンクは何にも代えがたい大切な存在を手に入れた。さえいれば、幸せだった。あの温度にもう一度触れられないなんて、それなら最初から出会わなければよかったとすら思う。胸をズタズタに切り刻むようなこの痛みなんて、知りたくなかった。けれど、と出会えないことは、人生における最大の不幸だ。相反する気持ちがリンクの中でせめぎ合い続ける。
 そして記憶を辿る道筋は、ついに終着地に至る。心臓が張り裂けそうなほど早鐘を打ち痛みだす。ここに彼女がいなければ、もうあてもなく亡霊のように彷徨う他ないのだ。

……会いたい……)

 ……そしてついに見つけた。まだ遠くてはっきりとは見えないが、木の下で膝を抱えて座り込んでいる少女の姿。不意に目頭が熱くなり思わず足を止める。男たるもの、好きな女の子に涙を見せてはいけないのだ。リンクは大きく深呼吸をすると、再び走り出す。もう大丈夫だ。二人の距離は縮まっていき、ついに少女のもとへとたどり着いた。
 少女はリンクの存在に気づいて、すっと立ち上がる。二人が対峙した瞬間、リンクの時が止まった。呼吸すら忘れて目の前の少女に吸い込まれそうになる。
 だ、たしかにだ。全身が歓びに震えるというのを初めて経験し、嘆息する。少しの間しか離れていないのに、まるで悠久の時を別ちていたように感じた。だとしたらの待っていた七年間は、どれほど長い時間だったのだろうか。

 「ねえ、ソーナン、してるの?」

 先程から忙しなく動く心臓を整えるように、ゆっくりと尋ねれば、は驚きと安堵が入り混じったような表情を浮かべた。

「へ?! あ、はい! そーなんです! あっいや今の駄洒落とかじゃないです!」

 両手を横に降って慌てふためいている様は、確かにだ。頭の天辺から爪先までビリビリと微弱な電流が流れたように痺れる。
 ゼルダの言葉もあり、心のどこかでは正直いないかと思っていた。彼女の役目はもうないはずだから。けれどどうやらゼルダの言うところの神の慈悲とやらがあったらしい。

……)

 本当はとても抱きしめたいけど、それは叶わないのがもどかしい。様々な言葉が浮かんではに向かおうとするも、なんとか飲み込んで、かけるべき言葉を伝える。好きだ、抱きしめたい、もう離れないよ、……愛してる。
 ああ、とリンクは深く納得する。あまりに自然に自分のうちに現れた『愛してる』という言葉。いつか誰かから聞いたことがある。その時はピンとこなかったけれど、いまならわかる。自分はとっくにのことを愛していて、きっとからも愛されていた。けれどそれを伝えることは今はできない。覚悟していたとはいえ、なんともどかしく、くるしいのだろうか。それでも、何度打ちのめされようが、何度心が折れようが、それでもリンクは進み続けるのみだ。

「俺と一緒に来る?」
「えっ、いいの?」

 あの日あの時をなぞるように二人は会話を連ねていく。違うのは、ここにナビィがいないことと、リンクはどうしようもなくのことが好きだということ。

「もっちろん! 俺、リンク。きみは?」
「わたしは、だよ。よろしくね」

 万感の思いを込めて手を差し伸べれば、はその手を取る。繋がった。リンクはその感触を、温度を確かめて自分の中に溶かし込むように握りしめて、たしかにがいるのだと感じる。
 ゼロから始まる君との物語。せっかく想いが重なったのに、すべてはなかったことになった。との思い出は今となってはなにもない。リンクの中だけに存在する、特別な記憶。でも逆に考えれば、また作っていけるということだ。ここからまた始めていこう。時間はたくさんあるのだから。

「……

 その感覚を確かめるように、味わうように、その名を口にする。もう二度と呼ぶことは叶わなかったかもしれないその名は、呼び慣れているはずなのに、初めて呼ぶようでもあった。名を呼ばれたは口角をキュッと上げた。

「うん。リンク」

 耳をくすぐる甘い響きに、なんだか溶けてしまいそうだ。
 何度でも君の名を呼ぶよ。何度でも君が好きだと伝えるよ。そしていつの日か、のことを必ず振り向かせるよ。十回伝えても、百回伝えても、千回伝えてもダメだったとしても、諦めないで好きだと伝え続ける。だってリンクにとっては、がすべてなのだから。ここから始まるとの新しい物語、今度は同じように時を刻んでいこう。もう二度と離れたりしない。


(2023.07.05)
長い期間がかかりましたが、漸くお子ちゃまリンクとの冒険が完結となりました。
ここまでお付き合いくださり、本当にありがとうございました……!
このエンディングが当初から考えていたエンディングですが、書き連ねていくうちにどうしても違うルートのお話も書きたくなったので、近日中にそのお話をアップさせてください!!ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。もうちょっとお付き合いください!