さて歩き出そう、とゲルドの砦へと歩き出したとき、そういえば、と言ってナビィが紡いだ言葉はに衝撃を与えた。
 砂漠にはゲルド族と言う種族が住んでいて、女性しかいないとか。それは先刻ナビィから聞いていた。けれど、このことについては言われて今、漸く思い出した。

「そうだ、ゲルド族は盗賊だったんだ!」

 そういえば、シークにハイリア湖畔で教えてもらった。あの時はシーカー族について聞くのが主であったため、その他の種族についてはすっかり忘れていた。

『そうヨ』
「なんかナビィ冷静! 盗賊だよ? 下手したら身ぐるみはがされちゃうかもだよ!」
『ダイジョウブ! リンクが守ってくれるヨ! それに、ゲルド族は義賊って噂だし』
「おれが守るよ!」
「うーん……」

 なんとなく気乗りしないが仕方がない。遠くに聳える集落を見据え、は小さくため息をついた。砂の女神については心当たりがないので、手探りでやるしかない。別に高値の品を持っているわけではないが、盗賊の根城に乗り込んでいくなんてなんだか心が落ち着かないのはきっと、普通の感覚だろう。
 ―――あれ。
 ふとの頭に昔の記憶がよみがえる。ゲルド族……西の砂漠………

「……そっか、ガノンドロフは確か、ゲルド族の首領だったね」

 そう、七年前、今思えば無謀であったが、リンクとハイラル城に忍び込んでゼルダ姫に会いに行ったとき、ハイラル王に跪いていたあの男のことを、西の砂漠から来たゲルド族の首領と言っていた。
 ゲルド族は女性しかいないとナビィは言っていたが、ガノンドロフは男であったはず。

「ねえナビィ、ゲルド族って女性しかいないって言ってたよね?」
『ウン!』
「ガノンドロフはどうして生まれたの? あのひと、男だよね」
『ゲルド族は、100年に一度男が生まれるの。その男が一族の王になるんだって。ガノンドロフはまさにそれヨ』
「そっか……あれ、てことはガノンドロフが魔王として君臨してる今は、別のゲルド族が首領ってことだよね」
『そうなるよネ』
「ふむ……」

 と言うことは今は女性の首領なのだろう。今までの賢者は皆リンクと深い関わりがあったが、ゲルド族に関しては接点がない。もしかしたら、ガノンドロフの方と関わりのあるものが賢者なのかもしれない。

「ゲルド族はガノンドロフのことをどう思ってるんだろうね、英雄なのかな? それとも、良く思ってないのかな」
「ガノンドロフのことを良いと思ってる奴なんていないよ」

 リンクが顔をしかめて言う。確かに、とは頷いた。




女神たちの住まう砦へ




 そして。

「なんでぇ〜〜……」
「出せー!!」

 二人は捕まった。美しい褐色の女性が三人ほど、檻越しにとリンクのことを見てぼそぼそと会話を繰り広げている。

「あの砂漠を超えてきたってことかい? アタイら以外の種族は大抵、幻影の砂漠で迷って野垂れ死にするってのに」
「もしかして、こいつらだったら……」
「でもどこの馬の骨ともわからない奴らだよ」
「だからこそ、途中で死んだって構わないじゃないか」
「まあね」

 よく話が見えないけれど、死んでも構わないとか聞こえたような。なんとも不穏な話ではあるが、は話の行方を見守る。そもそもどうしてこんなことになったのか、話は少し時間を遡る。


 ゲルドの集落を見つけた二人はゲルド族に話を聞くべく、砦のような集落の中に入った。中には、燃え盛る炎のような髪を高いところで一つに束ねている褐色の美女が至る所にいた。そしてリンクたちの姿を認めると、携えていた槍を構えてあっという間に何人かのゲルド族に囲まれた。

『えっ、あの』

 突如向けられた敵意。反射的に両手を小さく上げたがしどろもどろ喋るが、ゲルド族の美女たちは険しい顔のままだ。何かしてしまったのだろうか。やはり盗賊の根城に乗り込んでいくことが間違いだったのか。

『大人の女の子がいっぱい!』

 刃を向けられているにもかかわらず、この場に不釣り合いな呑気な声で言うリンク。確かに、リンクは育った環境柄大人には目がないけど、今そこ感動するところ?! と、は心の中で突っ込む。

『動くな!』
『えええええ!!!』

 とまあこんな流れでたちはひっ捕らえられた。



「おい、男」
「おれ? なんだよ、ここから出せよ!」

 檻に手をかけてがしゃがしゃと揺らしながらリンクが猛抗議する。

「そう、お前だ。そこから出たいのなら、アタイらの願いを聞きな」
「何?」
「実は―――」

 ゲルド族の女性が語った内容はこうだ。
 現在のゲルド族の長はナボールと言う者で、最近様子がおかしく感じていた。そのナボールが、突然魂の神殿に行くと言いだし、行ったきり帰ってこないのだ。魂の神殿に行くまでの道も、勿論魂の神殿の中も強い魔物がいっぱいいてゲルド族の女性たちでは太刀打ちできないとのこと。そこで、幾らか腕が立ちそうなリンクにナボールを探しに行ってほしいと言う内容だ。

「ただし、女はここに残るんだ」
「ええ!!」

 リオとリンクが同時に声を上げる。

「なんで! も一緒じゃなきゃいかない!!」
「じゃあ一生牢屋の中にいな。女は人質なんだから一緒に行かせられないよ」
「くそ……」
「大体アンタたちさぁ、ここをどこだと思ってるんだい? 盗賊の根城だよ? そもそも何しに来たってんだ」
「勿論、盗賊の根城だということは分かっています。私たち、ガノンドロフを倒すために賢者を探しに来たんです」

 ガノンドロフと言う言葉に、ゲルド族たちの顔が分かりやすく歪む。ゲルド族からよく思われていないことがわかる。

「なるほどね……賢者とかよくわからないけど、ガノンドロフを倒してくれるんだ? お兄さん」
「そうだ、だから早くここから出せ!」
「だーかーら、アタイらのボスを探してきておくれよ。そしたら女を開放するからさ」
「リンク、わたしならここで待ってるから」

 ね? と後押しするように言えば、リンクが顔を顰める。

「でも……」
「大丈夫! リンクを信じて待ってるから」
……じゃあさ」

 口元に手を添えたリンクがの耳元に顔を近づける。

「帰ってきたら、またチューしてくれる?」

 檻の中だというのに、なんて可愛いことを言うのだろうかこの美青年は。は顔に熱が集中するのを感じながらも、一頻り頷いた。

「わかった、おれ行くよ」
「そうと決まったら、早くでな」
「気を付けてね、リンク」
「うん、すぐに迎えに来るから」

 ぽん、と頭に手を置かれ優しく撫でられる。一人檻から出ていく後姿を見届けて、は心の中でエールを送った。