暫く行くと、それまでの草原から、ごつごつとした岩肌が目立つようになり、いよいよ砂漠地帯に近づいてきたようだった。ゲルドの谷、と呼ばれる谷までやってくると、ここから先の砂漠を行く旅人向けに水や食料、マントなどが売っている露店が並んでいた。水、食料を買い込み、同じく買ったマントを被るとリンクと二人で見合って、見慣れない格好にくすくす笑いあった。

可愛い! あんまり顔が見えないから、覗き込みたくなっちゃう」

 そう言って屈みこみ、の顔を見ようとするリンク。

「なにそれ、面白い発想だね。そういうリンクも似合ってる、かっこいいよ」

 リンクを真似ても屈みこみ、リンクの顔を覗き込もうとする。マントの奥の双眸と視線が合わさると再び二人で笑いあった。




砂漠の真ん中で愛を叫ぶ




 幻影の砂漠。その名の通り、幻影がひしめくこの砂漠。迷ったら最後、砂漠からは二度と出られないとか。砂漠の入り口に立てば、先の光景はまるで見えず、一面砂漠であった。
 迷ったら最後、砂漠からは二度と出られない―――その言葉を、もう一度オの頭の中で反芻する。その時、背後から声がかかる。

「時の勇者」

 リンクをこのように呼ぶのは彼しかいない。シーカー族の末裔、シーク。振り返ればやはりシークがいた。この砂漠地帯には不釣り合いな軽装が彼をより一層浮世離れして見えた。

「あ、シーク。カカリコ村ぶり」

 軽く口調で挨拶をするリンクと、その横でぺこりと頭を下げる

「まさかとは思うが、道案内もなしにこの砂漠を行こうとしているのか?」
「うん、そのつもりだけど」
「やっぱり危険ですよね……」

 不安に思っていたがポツリと呟いた。

「当たり前だ。……僕が案内しよう」
「わあー心強い!! ありがとうシーク!」
「……よろしく」

 が手放しで喜ぶと、リンクは途端に面白くない顔をする。道案内はしてほしいのだが、がシークのすることで喜ぶのが気に食わない。しかしそうも言っていられないので渋々頷いた。シークと言う頼もしい道案内とともに、幻影の砂漠に足を踏み入れた。エポナを引き連れ、一歩一歩踏みしめながら砂漠を行く。

「ねえシーク。これまでの賢者は、サリア、ダルニア、ルト姫、インパと知ってる人たちが賢者だったけど、“砂の女神”には何の心当たりもないんだよね。シーク知ってたりする?」
「もちろんだ」
「教えてよ」
「じきに出会うさ」
「教えてくれないってことね」
「そういうことだ」
「もったいぶらないで、ねえ」
「そういうわけではない」
「冷たいのね」
「なんとでも」
「……」

 とんとんと進むシークとの会話に、リンクの表情がどんどんと険しくなっていく。 

……俺と話すより楽しそう。シークが同じオトナだから?)

 いくら見た目は大人でも、リンクはまだ七年前のままで止まっている。リンクにとっては空白の七年も、はしっかり七年を生きている。恐らくシークも。とシークと、自分との間にあるどうしようもない違いに、酷く劣等感を感じる。こんな気持ちは初めてだった。

「リンク?」
「……えっ?」
「え、じゃないよ。なんか顔が怖いけど、どうしたの? お腹すいた?」
「そんなんじゃないよ」

 不機嫌な物言いに、は首をかしげるが、そっとしておこうと思いそれ以上追及するのはやめた。
 シークが自ら喋るわけもなく、不機嫌なリンクも口を開かない。空気を読んでも口を開こうとしなかった。結果、不穏な空気のまま黙々と砂漠を進み、暫くすると幻影の砂漠を抜けた。ここからはもうまっすぐ進んでも迷わない、とのことで案内を終えたシークは姿を消し、取り残されたとリンクは、変わらず気まずいままだった。暫くいったところに、集落が見える。あれが恐らくゲルド族の集落であろう。

「いやあ、シークいなかったら今頃砂漠で共倒れだったかもね」
「……うん」

 マントから覗くリンクの瞳は曇ったままだった。が再び何か言葉を紡ごうとしたとき、俯いていた彼は悲しげな顔を上げた。こんなに悲しそうな顔は、恐らく初めて見た。いつだって太陽のような彼は、どんな時でも元気だ。彼はどうしてこんな悲しそうな顔をしているのだろう。

は、シークといるほうが好き?」

 彼の口から出てきた言葉は想像とは全く違う言葉であった。彼が自分とシークのことを比べるのは今回が初めてではない。今までもある。そんなにリンクにとってシークは気になる存在なのだろうか、と不思議になる。

「リンクといるほうが好きだよ」
「だっていつも楽しそうだ。おれはとそんな風に会話できない。シークみたいに楽しませられない」

 リンクがそこを気にしているとは、正直は意外であった。彼はきっと、気にしないと思っていたのだが、は読み違いをしていたらしい。
 大人と子供。彼は確かに子供だが、見た目は大人で、そのギャップにリンクなりに苦悩しているのかもしれない。が思っているよりも、ずっとリンクは大人であった。

「……シークはシークだし、リンクはリンクだよ。わたしはリンクといるほうが好きだから、それは絶対だから」
「絶対?」
「うん、だからほら、顔を上げてね」
「……証拠は」

 証拠とは、また考えたものだ。少し考えあぐね、一つ考えが閃いた。不機嫌そうなリンクの瞳と、悪戯っぽく輝くの瞳がぶつかる。

「目、つぶって」
「えー」
「えー、じゃない。ほらはやく」
「うん……」
「序にちょっとしゃがんで」
「はーい」

 渋々膝立ちになり、彼が目を閉じると、はリンクの額に、キスをした。湧き上がるナビィの歓声。途端リンクの青く澄んだ瞳がかっと見開かれ、リンクはの腰に手を回して思い切り抱きしめた。

「ちょ、どうしたのリンク!」
「何したの!」
「なにって……チュー?」
「チューって何!」

 リンクは立ち上がり、今度はの肩に手を置いて、がっちりと固定した。彼の瞳は好奇心で満ちていた。

「なにって……なんだろう、恋人同士がする愛情表現……?」
「それがチュー! チューはおでこにするもんなの?」
「んんーとね、どこにしてもいいんだけど、その中でも一番特別なのは、唇同士かな」
「そうなんだ! も、も一回やって?」

 お願い、と眉を下げるリンクのお願いを断れるわけもなく、じゃあしゃがんで、と言う。リンクは忠犬のごとくすぐさましゃがみ込むと、恭しく目を閉じた。なんだか気恥ずかしいが、仕方がない。今度はリンクの頬にキスをした。

「!!!! 、好き!!」

 またリンクにきつく抱きしめられる。

「わー! はいはい、わたしも好き。わかってくれた?」
「うん、だっておれ、チューをシークにしてるとこ見たことないし。でも」

 リンクはむくれたように唇を尖らせて言葉を続ける。

「唇にしてくれなかったね」
「だって、特別だから。また今度ね。リンクが頑張ってたらしてあげる。じゃ、いこっか」
「よっしゃー頑張っちゃうぞー!」