深淵を進むと、大きな広間に出た。なんとなく嫌な予感がする。封印された魔物がいるとするならばきっとここだろう。その予感はやはり的中した。薄暗い闇の奥、真紅の丸い瞳が一つ、こちらを見つめていた。その魔物は面白いことに、両手が本体とつながってなく、単独で存在していた。

、こいつが闇の魔物だ。下がって」

 カンテラで照らし出されたリンクの顔は、大人びていて、まっすぐにその魔物の真紅の瞳を見据えていた。この状況に恐怖を覚えながらも、その精悍さにの心がギュッと締め付けられた。




闇の解放、そして砂漠へ




 暗さというハンデを抱え、更に単体で存在しているその手に阻まれながらも、リンクは闇の魔物の紅い瞳に見事マスターソードを突き立て、征伐することに成功した。マスターソードを引き抜いてピースサインを作ったリンクは、程なくしてその姿を消した。賢者の間に行ったのだろう。も広間から立ち去った。
 暗闇が苦手なはひとりでの帰路が相当苦しいものとなった。カンテラで映し出される数M先の世界には特に変わったものは映し出されないのだが、いつ何が出てくるかわからない恐怖というものがある。

(もうやだ。怖い、迎えに来てよリンクー……)

 自然と滲む涙。と、そのとき、その願いが通じたのか、前方から「ーー!」という声と、駆け足の音が聞こえてくる。リンクだ、リンクが迎えに来てくれたのだ。

「リンクーーー!! わたしはここだよ!!」

 立ち止まり、その安心感からあふれ出てきた涙を無造作に拭き取りながら叫ぶ。程なくしてあらわれたリンクが、どれほど頼もしく見えたことだろうか。

「リンクゥ……怖がっだよおお……」
、ごめんお待たせ! 泣かないで??」

 リンクに抱きしめられて、はいよいよ涙が止まらなくなった。

「もう、、可愛い!」
「うるさい〜〜怖かったんだからね〜〜……」
「俺がついてるからね、。いこう」

 ぐずぐず泣きながらも、肩を抱かれながらリンクに出口へと導かれる。リンクが隣にいるだけで不思議と安心する。自分のつま先を見ながら歩いているうちに、賢者のことを思い出す。

「賢者は……インパだった?」

 かつて二度ほど会ったことのある褐色の美女。ゼルダ姫の乳母であり、シーカー族の末裔。一度はゼルダ姫と出会い、精霊石の話を聞いたとき。二度目は陥落していくハイラル城からゼルダ姫を連れて脱出しているとき。

「あ、うん! インパだった! ゼルダ生きてるって、そんでそのうちおれたちの前に現れるって言ってた」
「ゼルダ姫生きてるんだ! わあ、よかった……」

 隠れてハイラル城の陥落と共に亡くなった、とか、隠れて戦力を蓄えている、とか、様々なうわさが飛び交ったが、生存は絶望的であった。そのゼルダ姫が生きているとは。

「行こう、次は“砂の女神”だ」



+++



 砂の女神、と言うことで砂漠目指してハイラル平原を行く。ナビィ曰く、砂漠にはゲルド族と言う種族が住んでいて、女性しかいないのだとか。てっきり女性同士華やかで穏やかな国かと思ったのだが、どうやらそうでもないらしい。
 “男がいないからこそ、男の役割も女がこなす。”と言う訳で、強く逞しい女性が殆どとのこと。

「リンク、モテモテなんじゃない?」

 少し不安で、そんなことを口にする。リンクは容姿が非常に整っているし、逞しく、そして優しい。中身は子供だが、そこがまた母性本能をくすぐる、ともとれる。たくさんの女性に言い寄られる可能性は高い。ただの嫉妬だ。大人のくせして情けない、と思う。

「いろんな女の子がおれのことを好きーってなることだよね?」
「うん、そう」
「どんな感じなんだろう!」

 至極楽しそうに、前に乗っているリンクが言った。自分で言っておきながら、リンクの嬉しそうな声色にむっとした。あの時はにだけモテモテだったらそれでいい、なんて可愛いことを言っていたのに。そして更に言うならその言葉を今回も言われるのを待っていたというのに。益々自分が情けない。

「しーらない」
ったらヤキモチ? キャーナビィ照れちゃう!』
「ナビィ!?」
「ええ!? 、ヤキモチ? おれがモテモテだとヤキモチ?」

 が窘めるようにナビィの名を呼ぶが、もう時すでに遅し。顔を半分だけ振り返ったリンクはそれはそれは嬉しそうに反応する。横顔だけで判るニヤニヤ顔が今はちょっぴり不快だ。誰のせいだと思っているのだ、とその頬を引っ張りたいくらいだ。

「へへ……可愛い! モテモテって悪くないね」
「こっちは気が気じゃないよ」
がもっとおれのこと好きになってくれるんだもんねー」

 はしゃぐリンクの横顔に、結局なんだかんだで、どうでもよくなり、は小さくため息をついた。リンクの澄んだ海のようなキラキラした瞳はずるい。海を見ていると小さい悩みとかがどうでもよくなるように、彼の瞳を見ているとくだらない嫉妬はどうでもよくなった。

「リンクはずるいなあ」
「おれ、ずるいことなんてしたことないよ!」
「そうだねリンク。ふふ」

 ぎゅっと腰に強く抱き付けば、リンクは何も言わなくなった。代わりにナビィが『ヤダ! ナビィ目、つぶるネ!!』と、やけに楽しそうに言った。
 妖精にも目をつぶるとか、寧ろ目とかあるんだ。とぼんやり思うと、顔が真っ赤になってしまったリンクと、心なしかピンク色に染まっているナビィの一行は、いよいよ砂漠地帯までやってきた。