カカリコ村の異変に気付いたのは、村のあたりから怪しい黒煙が立ち上っているのが見えた時だった。エポナを走らせて急いで駆け付けると、村では大規模な火災が発生していた。消火活動にあたろうと村の奥にある井戸に駆け付けると、見慣れた細身服に身を包んだシークがこちらに背を向けて井戸の前に立っていた。
「シーク!!」
「下がってろ」
リンクの呼びかけに、シークは少し振り返って牽制する。シークが何かをしようと手をかざすと、突如シークは透明な何かに遊ばれているかのようにふわりふわり、宙を舞って、最後には吹き飛ばされた。
すると井戸から影のようなものが出てきて、するするとカカリコ村を徘徊する。その存在が気になりつつも急いで駆け寄ると、シークが苦しそうに顔をゆがめつつ、起き上がろうとする。そこに先ほど出てきた影がスピードを上げてこちらへ突進してきた。盾を構えてリンクが備える。
「リンク!!」
影とリンクが衝突すると、リンクはまるではねられたかのように大きく舞い上がり、弧を描いて地面に落ちた。急いで駆け寄る。シークもやってきて、リンクの様子を確認する。リンクは眉根を寄せて目を瞑っている。
「大丈夫、気を失っているだけだ」
「シーク、いったい何が起こってるの?」
リンクの手をぎゅっと握って、シークに問う。
「説明は少し待ってくれ」
シークはそういうと、ハープで音楽を奏でる。こんな時に何をしているのかと思ったのだが、彼のハープは魔力を秘めている。音楽を奏でているうちに、なんと雨が降ってきた。これで火災は終息するだろう。
「うっ……」
「リンク、気が付いた? 大丈夫?」
リンクが意識を取り戻し、上体を起こした。
「リンク、、よく聞いてくれ。闇の魔物が復活したんだ」
「闇の魔物……?」
リンクが怪訝そうな顔をする。
「闇の魔物はカカリコ村の長、インパの力で井戸の底に封じられていた。だが魔物の力が強まったため、封印が解かれて地上へ出てきたんだ! インパは再び封印をするために闇の神殿に向かったはずだが、このままでは彼女が危険だ。インパは六賢者の一人なのだ、魔物を倒し、インパを助けてくれ!」
は不謹慎ではあるが、今話されたことよりも寧ろ、いつになく焦燥しきったシークのほうに興味を持った。彼はいつだってクールで、賢者の正体を明かしたり、こんなに焦ったように、そして縋るようにリンクに助けを求めるのは初めて見た。
「闇のノクターンを覚えてくれ」
何かインパか、闇の魔物に因縁があるのだろうか。
深淵へ
闇のノクターンを奏でると、墓地を臨む小高い場所にやってきた。そしてその反対には、吸い込まれそうな闇が待ち構えていた。自慢じゃないが暗いところは得意じゃない。何がいるか見えないし、周りの状況がわからないというのは恐怖である。人はなぜ死を恐れるのか、その問いの答えは、その先に何があるかわからないからだ。故には、目の前の深淵を恐れていた。
「真っ暗だなあ……」
リンクは暗闇を見遣り、ぽつりとつぶやいた。
「わたし、くらいの苦手なんだよね……」
「えっ、そうなの? じゃあ、夜はいつも―――」
「いやそういうわけじゃないんだよ?」
「そっか、じゃあ今度から夜は怖い思いをさせないように――――」
独り言をぶつぶつ言っているリンク。完全にリンクの中では、夜をも恐れている人になってしまった。人の話を最後まで聞きましょう、と言ってやりたい。
「、怖かったなら言ってくれればよかったのに! 俺、怖い思いしないようにもっと近くで一緒に寝るよ!」
「………。ありがとうね」
まあ、いっか。リンクのかわいらしい言葉に、なんだか少し恐怖もまぎれたは、ふっと表情を緩めて微笑んだ。リンクはカンテラを灯して暗闇を進む。そのリンクに寄り添うように歩く。しっかり服の裾を掴んで、いざとなればしがみつけるような準備は万端だ。しかし、先の見えない暗闇というのは本当に恐ろしい。心が不安定になる。こんなことなら、闇の神殿の入り口で待っていればよかった、と後悔する。
「、大丈夫?」
「う……まあ。でもリンクがいるから、平気だよ。ありがとう」
「俺がいるから平気なの?」
「ん? うん」
「へへ……は俺がいなくちゃだめなんだ!」
カンテラに照らし出されたリンクの顔はとてもうれしそうで、単純なリンクにもつられてうれしくなる。全く、扱いやすいったらありゃしない。
「あ、そういえば、インパ生きているんだね。うわさではゼルダ姫は死んだって聞いてたから……必然的にインパも死んでしまったのかと思った」
「そういえば。ゼルダと一緒に出ていったんだもんね」
七年前、インパとともにハイラル城から逃げていったゼルダとインパ。最初こそはどこかで生きて、その時を待っていると思っていたが、時の経過とともにその望みも段々と薄れて、絶望がハイラルを蔓延っていった。こんな未曽有の危機に、お姫様は何をしているのだと怒る声もあがっていた。七年の時というのは、それほど大きかった。
ハイラル城は陥落して今では魔物が跋扈する恐ろしい城下町になったし、各地で魔物が出現したりと異常が起こっていたが、ハイラル人を虐殺したり、町や村を焼き払ったり等の身近な危険はなかったので、皆ガノンドロフに恐怖しながら、何事も起こらないようにと祈りながら毎日を静かに過ごしていた。だからこそゼルダ姫の安否は、正直言えば段々と興味が薄れていったのかもしれない。
同じく七年経って、もうそろそろあきらめなくてはいけないのかな、と思い始めていた時に、彼はを迎えにやってきてくれた。ナビィがこそっといってくれたが、眠りから覚めて一番にを探しに出てくれたらしい。
『ラウル! 俺、ちゃんと賢者も探すけど、まずはを探さなきゃいけないんだ!!』
と言って返事も待たずに駆け出していたらしい。なんと幸せなことなのだろう。この世界に来て、ずっと一緒にいたからこそ、ゼルダよりも諦めることが難しかった。というより諦められなかった。だからこそ本当に生きていてくれてうれしかった。
「シークはインパと同じシーカー族って言ってたし、二人はやっぱり血縁関係なのかな」
「けつえんかんけい?」
「血がつながってるってコトだヨ! コキリの森で育ったリンクには少し縁が遠い話かもネ」
「血? 血がつながってる? ……え??」
おそらくリンクのことだ、物理的につながっている様子でも想像しているのだろう。そんなリンクになんとなく笑えた。
どちらにしろ、インパに会えるならばゼルダの安否も確認できる。彼女が生きているのならば、何を思い、何をしているのか、聞きたい。