リンクが水の神殿へいってもう半日くらいたったのだろうか。話したり、沈黙したり、ちょっと昼寝したりしていたらあっという間に空が暗くなっていた。まだリンクは帰ってこない。彼の安否はわからないが、なんとなく彼は無事な気がするのだ。
「そろそろお腹が空いただろう? 僕が買ってくるから、ここで時の勇者の帰還を待っていてくれ。守りのおまじないをかけておくから魔物に襲われることはないだろう」
「あ、ありがとう! じゃあここで待ってるね」
無事は気がするとは言えど、やはり心配は心配だ。ここはご厚意に甘えて、リンクをこの場で待つことにしよう。シークが何かを唱えての額に触れる。
「これでいい。それじゃあいってくる」
「いってらっしゃい」
シークがまばゆい光を放って、姿を消した。
シャドウ
「……」
は水の神殿のある場所のすぐ上にずっといるのだが、ここはハイリア湖の中央にあるためこの場にやってくるのには、橋を使わなければ来ることが出来ないのだが、不意に後ろから声がかかった。心臓が鷲掴みされたようにぎゅっと縮こまり、反射的に振り返り姿を確認すると、リンクのような人がいた。
「リンク!? 違う、あなた、リンクじゃない……?」
リンクではない。彼の髪は綺麗な金色の髪だったし、彼の瞳は空みたいな碧眼だった。背後に現れたリンクに似た青年は、漆黒の髪に、血のように赤い瞳。服だって黒だ。彼はとてもリンクに似ているが、リンクではない。立ち上がり、身構える。シークのおまじないがあるから魔物に襲われることはないはずなのだがおまじないが切れてしまったのだろうか。敵か? 味方か? 判断出来ずにリンクのような男をじっと観察する。
男は無表情のまま口を開いた。
「リンクの影ってところだ」
「どういうこと……? さっぱり意味が分からない。リンクの影がどうしてこんなところに?」
影がリンクに愛想を尽かして逃げ出しちゃったのだろうか。
「俺はガノンドロフが生んだリンクの影。自分の敵は自分ってやつでさ」
「え……あなたは敵?」
「まあね」
しれっと言ってくれたものだ。あまりにさらっというものだからまるで危機感が抱けない。とはいっても警戒はまだ解けないが、どう見てもを襲うようには見えないし、戦意もまるで感じられない。彼がリンクの姿をしているというのもあるだろう。の混乱をよそに、リンクの影は言葉を続ける。
「あいつを水の神殿で葬るために生み出されたんだがまんまと負けた。所詮影は影ってことだ。けどあいつさ、俺にとどめを刺さないんだよ。お前はお前で好きなように生きなよ、とかいいながら、走ってった。ほんと、よくわかんないやつ。俺はあいつを殺すために生み出されたのに。生きる意味なんてそれしかないのに」
じゃ! 俺急いでるから! とか言いながら走り去っていくリンクの姿がたやすく想像できた。いつもいつも走っていて、疲れないのかな、なんて思ってしまう。
「リンクらしいっちゃリンクらしいけど……わたしからしたらこの状況のほうがよくわかんないよ。リンクに負けたリンクがここでいったい何をしているの? 腹いせにわたしを殺そうって?」
少し強気に出てみたが、これで肯定されたらどうすればいいんだろう。ドキドキと心臓が嫌に早鐘を打つ。
「違う」
否定された。心底ほっとする。リンクの影はそのまま言葉を連ねる。
「ただ、聞いてほしかっただけだ。誰にも会わず、誰とも喋れなくて、結構孤独だったんだぜ。それで誰よりも、俺が好きになった女に会いたくて、ここにきた」
「へ? わたしとあなた初対面だけど……」
全然話が見えてこない。なのにリンクの影はそんなのお構いなしにぺらぺらと自分のペースでしゃべり続けるから理解が追い付かない。けれど最後の一文だけは聞き捨てならなかった。俺が好きになった女。初対面のリンクの影が自分を好きだとは意味が分からない。新手のナンパだろうか。
「俺は、あいつの影。そういうことだ」
「はあ!? どういう意味? ああーもうさっぱり!」
あまりに簡潔すぎて全然伝わってこず、思わず頭を抱える。けれどリンクの影がリンクに負けたということは……
「けど……リンクがあなたに勝ったってことは、リンクは無事ってことだよね?」
「うん。まあそういうことだ」
「よかった……」
ほっと胸をなでおろす。
「隣、座ってもいいか?」
「え? う、うん。」
反射的に頷くと、リンクの影はすとん、との隣に座り込んだ。どうしようかと悩んだ結果、もおずおずと座る。まだ心の底から信用しているわけではないが、でも外見がリンクなだけに、なんだか安心してしまうのだ。自分のことを殺すわけない。と変な自信がわいてくる。すぐ隣のリンクの影をちらりと見遣れば、本当にリンクと瓜二つだと感じる。
そしてまるで引力に吸い寄せられるようにリンクの影の視線がへと向き、視線が混じり合った。リンクの影は相変わらず無表情のままで、薄い唇を開いた。
「もあいつのこと、好きなのか?」
「え? んー、まあ」
「ふうん……。じゃあ、俺のことも好きってことか」
あまりに突飛した発言に、思わずは目を白黒させる。
「へ? 何を言ってるの。わたしはリンクのことが好きで、あなたとは初対面。全然違うよ。あなたはあなた。リンクはリンク」
「だって俺はあいつの影だ。一緒だろ?」
「あのさ、さっきからリンクの影だって言ってるけど……なんか、全然リンクの影っぽくないよ。あなたはあなたでキャラが立ってて別の人。いうなら、ダークリンクってとこ?」
彼とリンクとでは性格が全然違う。性格も一緒ならリンクの影と認めてもいいが、本物のリンクよりもダークな要素が強い。髪も服も黒いし、咄嗟に出てきたにしては“ダークリンク”という命名は我ながらいい線をいっていると思った。
「……別の人?」
「うん。……え? そんなビックリ?」
心底驚いたらしく、ダークリンクは目を真ん丸に見開いて驚愕を湛えている。ずっと無表情だったが、初めて見た表情はなんだか可愛かった。ダークリンクは驚きを滲ませたままぽつりと言う。
「俺は、影でしかないから、そんな風に言ってもらえてびっくりした」
「そんなことないよ。もう、自由に生きていいんじゃない? あなたはあなたで」
リンクを倒すために生まれてきたのだが、負けたというならもういいのだろう。ガノンドロフに生み出されたと言っていたが、仕えている部下というわけでもなさそうだし、ならばもう自分の道を歩き始めても誰も文句は言わないはずだ。生まれたからには自由に生きるべきだ。
例えリンクの影だとしても、つまりはリンクにそっくりな人。彼が元のソースだとしても、もうダークリンクは彼とは別の人なのだ。具現化したその日から。
「それなら……俺に生きる意味をくれよ」
「生きる意味……?」
ダークリンクは視線は落とし、零れ落ちるように言葉を紡ぐ。
「俺はあいつを殺すことが生きる意味だった。けれどそれを見失ったんだ……どうすればいいかわからない」
本物のリンクだったら絶対に言わないようなことだ。やはりダークリンクとリンクは全くの別の個だな、と思いつつ、はほんの少し先ほどの問いに考えを巡らせて、それを言葉にしていく。
「生きる意味なんて必要? 最後まで生きて、死ぬ間際、いい人生だった! って思えればそれでいいじゃん」
「……なんだか楽観的だな」
ダークリンクがふっと表情を緩めてを見た。
「そんなもんだよ。生きることの意味なんて考えない! 生きてることに意味があるの。生まれたからにはその人生、楽しまないとさ」
はにこっと微笑み、言葉を続ける。
「もう、生きる意味なんて考えるのやめなよ」
「あいつも、も、ほんと楽観的だ」
つられてダークリンクもふわっとほほ笑んだ。
「違うよ、あなたが考えすぎなだけ。単純な方が生きやすいよ」
「そうみたいだな」