水のセレナーデを奏でると、身体が光に包まれて、気が付けば辺り一面が穿たれた小島のような場所に降り立った。島の中央には大きな樹が存在感を示すように鎮座している。メインの陸とは橋が渡されていて、覗き込めば水面が見える。それにの脳のシナプスが刺激されて、この場所におおよその見当がついた。ここは恐らくハイリア湖だ。何年か前にマロンやタロン、インゴーと一緒に遊びに来たことがある場所だった。感慨に浸る前に、このハイリア湖の水位の低さに驚く。ハイリア湖の水位はその呪いからか、大分下がっていた。
 リンクは青色のゾーラの服に着替え、ヘビーブーツに履き替えた。水面から上がった時のためにいつものブーツもくくりつけて準備万端だ。シークは律儀にもリンクの着替え中は身体ごと逸らして見ないようにしていたのが印象的だった。着替えが終わるとシークは向きなおった。

「時の勇者、水の神殿はこの島の下に入り口がある」
「わかった。……、すぐ戻るからね」

 リンクがとても悲しそうな顔で言った。は勇気づけるようにほほ笑んで、リンクの折れてしまった襟を直しながら言う。

「わたしのことなら心配しないでね。ここで待ってるから」
「うん………。シーク、頼んだ。になんかあったらぶっ飛ばすから」
「そんな物騒なこと言わないの!! ごめんね、シーク」
「いや」

 シークは表情一つ変えず首を振り、一言。片目しか見えていないので変わりようが見受けられないだけかもしれない。けれど彼はきっと徹底してクールだろうから、たとえ顔のすべてが見えていたとしても表情は変わっていないだろう。

「いってくる」
「気を付けてね……」

 が手を振り、リンクも手を振りかえす。そしてリンクはハイリア湖の底―――水の神殿―――へと向かった。




with シーク at ハイリア湖



 少し憂鬱、というか心配なのが、このクールなシークとずっと一緒にいるということだった。待っているだけでやることもない。彼と話すようなこともないし、彼が社交的でないことくらいわかる。こう見えてよくしゃべる、なんて絶対ありえない。なぜなら彼は徹底してクールだからだ。(の勝手な想像だが)
 故に会話を初めて、途切れた時の沈黙が恐ろしくて仕方ないので、はまだ口を閉ざしたままだった。

「……」
「……」

 シークは腕を組んで立っていて、遠くを見つめている。はその隣に座って、ハイリア湖の水面をじっと見つめている。リンクが行ってしまってから痛いくらいの沈黙がずっと続いている。どうしよう、と考えあぐねて、やはり当たり障りのない話題をエンドレスに振って色々話してみようという結論に至った。

「……シーカー族、なんですよね?」
「ああ」
「シーカー族っていうのは、いったいどんな族なんですか?」

 カカリコ村によく買い出しに行っていたし、ロンロン牧場の牛乳を配達にも行っていたのでカカリコ村についてもそれなりに知っているつもりだ。
 あの村はもともとシーカー族の村で、末裔であるインパがシーカー族の長になった時にハイリア人に開放したのだと聞いた。インパというのは、ゼルダ姫の乳母でもあり、とリンクをハイラル城から外へ出してくれた女性。彼女と同じシーカー族と名乗るシークにも、シーカー族にも多少なりとも興味があった。

「このハイラルには六つの種族がある」

 例のシークらしい語り口でシーカー族の説明を始めた。

一つはハイリア人。
神に守られし種族。神からの声を聴くために、耳が尖っている。

一つはコキリ族。
妖精とともに生きる永遠に大人にならない種族。

一つはゴロン族。
山に住まいし力強い種族。

一つはゾーラ族。
太古よりハイラルの水を守りし理知的な種族。

一つはゲルド族。
盗賊を生業とする砂漠の種族。

そしてシーカー族。
―――ハイラル王家に仕えし闇の種族。


「決して表に出ることなく、ハイラル王家に尽くし、そして時代の流れとともに消えていった種族だ」
「インパも確か、シーカー族でしたね。彼女は末裔と言っていたけど、まさかもう一人いたとは」
「……」

 会話が止まった。しまった、聞いてはいけないことだっただろうか。と思い、何か違う話題を考え巡らせるも、沈黙を破ったのは意外なことにシークの方だった。

「君は何者だ?」

 どきっと心臓が嫌に早鐘を打つ。そして同時に先ほどの話題は失敗だったと改めて気づいた。 がどの族にも属さないことくらい、シークなら気づいているだろう。ロンロン牧場の人たちはこの丸い耳を「可愛い耳」と言ってくれてあまり深く考えていなかったが、シークはきっとそんなこと思わない。ハイリア人でないと気づくだろう。それに、外見の特徴的に、同じく丸い耳を持つゲルド族でもない。がこの世界にとって異種であることを。

「……わたし、記憶、なくて。リンクと出会ったのは七年前なんですけど、それ以前の記憶がないんです」
「そうか」

 案外あっさりしていて、は呆気にとられたが、追及を逃れたのでよしとしよう。それにしても今後も会話に気を遣いながら何時間も過ごすしかないと思うと気が気でない。やはり黙って待っていたほうが良いのだろうか、と思い始めたその時だった。再びシークが口火を切る。

「しかし……時の勇者は本当に君のことが好きなようだね」

 まさかシークがそのようなことを口にするとは思わず、面食らう。シークの目にも、リンクはのことが好きに見えているらしい。それについてはとしても否定をする気はないので、頷いた。

「そうですね……身寄りもいないですし、一緒にいる時間が長いですからね。お姉ちゃんみたいなものです」
「そうかな。僕の目にはそうは見えないよ。きちんと彼は女性として意識しているようだ」
「いえいえ。ずっと一緒にいればわかりますよ」

 例えるなら、リンクにとって自分は近所のお姉さん。小さいころに好きだったしれない、憧れたかもしれない、けれど最後には選ばれない存在。結局は後々知り合った人と結ばれる。なんだか悲しくなってきて、は話題を変える。

「……そうだ。ハイラルに仕えていたなら知りません? ゼルダ姫がどうなったか」

 ずっと心の端で気にかけていた、ゼルダ姫の安否。少女の杞憂が現実となったこの世界で、彼女はもう亡くなったという噂もある。無理もない。ハイラル王は既にガノンドロフにより葬られている。姫も時間の問題だろう。とはいえ、その杞憂を事前に聞いていた身としては、チリチリと焦げ付くような思いに駆られる。
 シークは目を伏せて、頭を横に振る。

「姫の行方はまだつかめていない……無事であると祈っているよ」
「そう……なんですか。わたし、実はゼルダ姫に会ったことあるんです。そのときに彼女言ってたんですよ、世界の危機だって。それで何とか頑張ったんですけどね、リンクが消えちゃって、わたしひとりじゃ何もできなくて……この世界が変わっていくのを、ただただ見ていることしかできませんでした」

 あの時は辛かった。頼れる人がいなくなって、ハイラルの城下町も陥落寸前で、ただ逃げることしかできなかった。自分は無力なのだと思い知らされたし、リンクの存在の大きさを知った。世界が見る見るうちに変わっていくのを、何もできずにただ怯えながら見ていた。七年経ったが今でも鮮明に覚えているし、忘れられない記憶だ。は独白を続ける。

「自分の力のなさに愕然としました。だからシークがあのとき、時の勇者を支えている。って言ってくれたときすごい救われました。自分のこと、認めてくれたみたいで」
「そうか。……けれど本当に君の存在は時の勇者に必要だ。決して楽ではない、彼を支えてあげてほしい」
「はい! あ、そういえばシークは、わたしたちの手助けをしてくれるのになぜ一緒に行動はしてくれないんですか?」
「シーカー族とはそういうものだ」

 ふむう、と唸る。わかったようなわからないような。つまり、闇の一族であるがゆえ、表だったことはできないのだろうか。そう固いこと言わず! とは流石に言えなかった。

「あのさ、僕に敬語を使わないでくれ。調子が狂う」
「どうしてですか?」
「時の勇者も使わないし、もとより敬語を使われるような人じゃない」

 時の勇者ことリンクは、誰に対しても敬語を使わないのであまり説得力はないのだが。

「ふうん……わかった」

 は了承する。なんだか不思議な人だ。けれど思ったよりも喋れる人だということがわかった。