「リンクはハイリア人ということは知ってると思うデスが、ボクはもっと詳しいことを伝えるデス」
「続きがあるの?」

 幼いリンクからしたら、与えられた情報がすべてであって、それに対して、なぜ、だとか、どうして、だとか疑問なんて持たなかっただろう。純粋に興味があると言った様子リンクが続きを促す。

「はい。いまは亡きハイラル王がハイラルを統一する以前、はげしい戦争があったデス」

 ハイラル統一戦争。これはこの世界で歴史として語られている戦争の歴史。異世界から来たも何度か聞いたことがある話だった。それぐらい有名な戦争だ。ハイラル王が以前―――ガノンドロフによる謀反がある前―――に統一する前は、民族間で激しい争いがあり、ハイラル全土は混沌を極めていた。それを平定したのが今は亡きハイラル王だ。結果、ガノンドロフによる謀反により治世は長く続かなかったが、以前の平和のハイラルに至る前は血で血を争う歴史があったのだ。
 デクの樹の子どもは続ける。

「戦火を逃れたハイリア人の母親と赤ん坊が禁断の森に逃げ込んだデス。深いキズを負っていた母親は、森の精霊であるデクの樹に赤ん坊の命をたくしたデス。デクの樹はその子を見たときに世界の未来に関わる宿命を感じ、受け入れる決意をしたのデス。母親が息をひきとった後に子供はコキリ族として育てられ、運命の日を迎えたデス。それが、リンク、あなただったのデス」
「そうだったのか……」
「リンクはいずれ、森を出ていく運命だったデス」

 コキリ族でないということが周りに気づかれないうちに、ということか。森で育ち、森の外に居場所を持たない彼が森を出ていくということはどれほど残酷なことか、それとも一時でも安寧を得られたことを幸福に思うべきなのか……いずれにせよ残酷な運命を背負いながら育っていくこの少年を、デクの樹はどんな思いで見守ってきたんだろうか。
 今は亡きデクの樹に一瞬視線を遣るも、勿論そこに応えはない。すぐに正面にいるデクの樹の子どもに向きなおった。

「そして、自分の宿命を知った今、キミにはやることはあるです。そう、このハイラルを救う使命が! すべての神殿の呪いを解き、ハイラルに平和を取り戻すのデス!」
「うん、わかってるさ」

 リンクは力強く頷いて見せた。

「けれどきっとデクの樹も安心デス! リンクには、ともに生きていくパートナーがいるデス!」
「と、とも、パ!?」
「うん、俺はがいれば平気」

 慌てふためくに対して、リンクは当然だといわんばかり言っていて、その横顔にどきっだなんて心臓が痛む。無邪気にはしゃぐ横顔は、そんな残酷な運命をすべて受け入れている。むしろ気にしていないくらいの明るさ。そんなリンクと、デクの樹の子どもが言うとおり共に生きていきたいと感じた。にとって、リンクは大切な人だから。

、いこう」
「うん」

 リンクにとって、自分はどんな存在だろう。




「いってきます」




 エポナを連れてコキリの森から何も言わず立ち去る。あとはミドに任せればきっと大丈夫だろう。

『でも、サリアが森の賢者だったなんてびっくりしたネ』
「うん。それにサリアだけは俺のこと気づいてくれたから、うれしかった」

 またでた“サリア”。もやもやが胸を覆っていく。ああ、なんか大人げないなあと心の中でぼやく。リンクなんかより倍近く生きてるのに、なぜこんな感情に苛まれなくてはいけない。けれどその感情を表に出したりはしない。それがこの感情に対するせめてもの反抗。

『みんなリンクが大人になってるなんて思ってないもんネ。そうだ、森の神殿の呪いが解けたことを時の神殿にいって、シークに伝えヨ!』
「そういえばシークって、何者なの?」

 シーク、という存在については何も知らなかっただった。

『シークっていうのはシーカー族っていう、昔ハイラルに存在して、ハイラル王家に忠誠を誓って陰で支えていた一族の末裔だヨ』
「へえ……忍者みたいなもんかな」
「ニンジャ?」

 リンクが知らない単語に目を輝かせた。

「うん。偉い人に仕えてて、敵の情報をこっそり集めたり、悪いやつを暗殺したりして、陰で支えてる人たちっていうか、そんな感じ」

 そういっては、両人差し指を立てて、片方を片方で包む、いわゆる忍者の定番ポーズをして「にんにん」と忍者っぽいことをいってみる。

は忍者なの?」
「……ザンネンながら違うよ」

 ――わたしが忍者だったら、おそらく日本中の人は忍者だ。それぐらい、はいろいろとアベレージな人間だった。
 森の中を抜けると凛とした空気は変わり、暖かな空気になった。木漏れ日ではなく、すべての太陽光が身体に染み渡る。リンクはくるりと振り返り、森と向き合う。

「いってきます」

 森に向かってリンクがつぶやいた。

「二回目の出発。今度はちゃんと言える」
「うん」

 たとえ、二度とこの森に帰ることはなかったとしても、それでもいうだろう。帰ってくることを示す、そしてここが故郷であるということを示す言葉を。

「一回目は逃げるように出てったからね。デクの樹さまを殺したのはお前だっていわれてさ」

 リンクの横顔にほんの少し寂しさがにじむ。はリンクの見せたその珍しい表情に引き込まれた。いつも笑顔なのに、たまに見せる違う表情は驚くほどに何かを訴えかける。しかしはその訴えに気づかないふりをする。それに気づいてはいけない気がするから。
 リンクはそのあとハイラル平原でとリンクは出会う。あのとても広い平原で出会えたことは少なくともの人生を変えた。

「そのあと、リンクと出会えてわたしはうれしかったよ」
「俺も! ほんと、と一緒にいれて幸せ」
「そ、そーう? リンク、ほら、時の神殿いこいこ!」

 照れ隠しにリンクをせかして、ハイラル平原を駆け抜けていった。