リンクとリオはロンロン牧場の中へ入り、エポナを馬小屋へ戻しに向かった。すると運悪く歩いているところを偶然通りかかったインゴーに見つかってしまった。インゴーはすぐさま状況を理解し、眉をきっと吊り上げた。

「おい! お前まさか、この男にエポナを貸したんじゃねえだろうな?」
「うん、貸したよ」
「かあ〜!! てめえ、いい加減にしやがれ! 何度も言わせるなよ、エポナはガノンドロフ様に献上する大事な……」
「待ってくれ!」
「ああん?」

 リンクからの横槍に、インゴーがじろりとリンクを睨む。負けじとリンクも眉尻を上げる。

「ガノンドロフは世界をこんな風にしたやつだ、そんなやつになぜこんないい馬をあげるんだ!」
「あの方に俺とエポナは気に入られたんだ、さしあげるにきまっているだろう!」
「インゴーさん! ガノンドロフが怖いんでしょ? 逆らったら殺されるかもしれないものね!」

 もリンクに加勢する。相手はハイラルを支配する強大な悪。屈してしまうのは仕方のないことだ。は言葉を続ける。

「もういいよインゴーさん……元のインゴーさんに戻ってよ。ガノンドロフは、リンクが絶対にやっつけるから」
「………
「俺が絶対にガノンドロフを倒すから、エポナを献上するのをやめてくれ!」
「お前ら……」

 インゴーはその場に泣き崩れた。二人の言葉がインゴーの心に響いたのだ。あとはインゴー自身の問題、これ以上かける言葉もないので、二人はインゴーのことをただただ見守った。暫くして落ち着きを取り戻したいンゴーがポツリと語り始める。

「……すまねえな、情けない姿を見せちまった。おまえらの言うとおりだ、俺だって命が惜しい。でもおまえらのいうこと聞いたら、ばからしくなったぜ。、迷惑掛けたな。タロンさんも帰ってきたし、ロンロン牧場も元通りだ」

 涙をぬぐって笑顔を見せたインゴーは、昔のインゴーのままで、はなんだか胸がじーんとするのを感じた。こんな人がまだ世界にはいるかもしれない。恐怖による服従を強いられている人たちが。

「兄ちゃん、冒険には馬が必要だろう。エポナを持ってきな」
「え、いいの?」

 献上をやめるだけでなくリンクにエポナを渡すとは、インゴーの変わりようにはリンクも驚いている。確かに馬がいた方が旅は捗るだろう。インゴーはエポナの鼻先をなでつけながら言う。

「ほかの馬でもいいんだ、だがな、俺はこの馬が一筋縄じゃいかねえ暴れ馬だってことを知ってる。それを手なずけちまうなんて、きっとエポナと合ってるんだろうぜ」

 インゴーの言う通り、気性が穏やかな馬が多い中、エポナは気性が荒いほうだ。乗り手を選び、エポナが認めないものは、嫌がって乗せることがない。そのエポナがリンクをすんなりと乗せたのだから、エポナもリンクのことを認めている証拠だ。

「ありがとうインゴーさん!」

 リンクが礼を言うと、会話がちょうどよく終わったのを見計らったかのように、マロンとタロンがやってきた。

「タロンさんに、マロン。俺―――」
「全部聞いてたよインゴーさん。インゴーさんも辛かったんだよね……」

 何か言おうとしたインゴーを遮ってマロンが言い、痛ましげに目を伏せた。

、お前、リンクについてくだあよ」
「え……?」

 突然タロンから言われて、はぽかんと口を開く。

「マロンからもお願い。妖精くんと一緒に冒険にいってきて」
「マロン……」
「約束、したでしょ。妖精くんはお父さんを連れてきてくれた。それに、インゴーさんも元に戻ってくれた」


 リンクに名を呼ばれて、見上げれば、リンクはやさしい笑顔を浮かべていた。

「俺からもお願い。ついてきてよ、
「う……でも、ここには……」

 リンクからもお願いされて、の決意がグラグラと揺らぐ。そりゃあリンクと一緒にいたい。けれどリンクの足手まといになるし、ここまで住まわせてくれたタロンたちにも申し訳ない。

。……お幸せにね」

 マロンが両頬に手を添えて、はにかんだ。そうだマロンの中では自分たちは想い合っているのだった。

「牧場のことならなーんも心配いらないだ。でもな、いつでも戻ってこい。ここはの家だあよ」

 タロンの言葉に、涙が堰を切ったように流れ出た。タロン、マロン、インゴーが駆け寄ってきて、頭を撫でてくれたり、ハンカチで涙を拭いてくれたり、元気でな、なんて言葉をかけてくれて、の涙は止まることを知らなかった。この世界で初めてできた“家族”。うれしくって、さみしくって、なんだかお嫁に行くみたいな気分だった。

+++

 エポナに揺られながら、現在はコキリの森を目指している。シークという男が、件の呪われた神殿は『深き森、高き山、広き湖、屍の館、砂の女神』にいるといっていて、(ナビィが覚えていた)森の賢者はリンクのよく知る少女らしい。

『だいじょーぶ??』

 ナビィが心配そうにのそばを飛ぶ。ロンロン牧場を出てからというものの、の涙は止まることを知らない。

「うん、だい、じょー……うわあああん!」

 いい年した女がこんなに泣くってことは、ロンロン牧場はにとってそれほど大きかったということだ。前に乗ったリンクが上体だけ振り返っての頭をぽんぽんした。

、せっかく可愛いの顔が、ぶっさいくだよ」
「リンクぅ……正直ね、あんた」

 レディに向かって不細工なんて、さすがリンクだ。と懐かしさすら感じる。ごしごしと顔を拭いて、ぱしっと両頬を叩いた。

「よおし、もう大丈夫!」
「それでこそ!」
「ねえ、いまからいくのリンクの故郷なんだよね。楽しみだなあ」
「そうだよ。スピードあげるから、しっかりつかまって」

 リンクの腰にしがみつき、「はあい!」と返事をした。手綱を引くと、宣言通り加速してコキリの森までひた走る。やがて木々の生い茂る森の中にやってきて、太陽の光が木々によって遮られる。減速すると、一気に薄寒い空気に変わる。

「懐かしい匂い。もうすぐだよ」

 リンクの言葉の通り、森を抜けるとコキリ族の集落にたどり着いた。エポナから降りてゆっくりと歩いていく。コキリ族は森と共存しているようで、大樹の中にはそれぞれ家があって、そこで生活しているようだった。

「懐かしいなあ。俺の家案内するよ!」
「えっリンク、森の神殿は?」
「俺の家にいったらね!」
「もーリンクってば」

 びゅーんと風のように走っていったリンクのあとを慌てて追いかける。しかしリンクが突然立ち止り、剣を抜いた。

「なんでこんなところにモンスターが……?」

 食虫植物のようなモンスターが、地面から現れた。リンクが茎の部分を一斬りすると、モンスターは真っ二つになり消えた。

「……おかしいな、コキリの森にモンスターがいるなんて」
『デクの樹さまがいなくなってしまったから、今まで抑えられてたモンスターたちがやりたい放題やってるのカモ。あとはガノンドロフが世界を支配しているからってのもあるかもネ……。ハイラル中でモンスターが増えてるヨ』

 ナビィの見解は正しいと思った。確かにハイラルでモンスターは増えていて、夜一人で歩くのは昔以上に危険だ。

「退治してくれたのか?」

 振り返ると、小さな男の子が目をまん丸くして驚いている。

「!! ミドじゃないか!」

 リンクがうれしそうな笑顔を浮かべて少年に話しかける。対するミドと言われた少年は「誰、兄ちゃん」と訝しげな顔をした。

「ミド、なんで子どものままなんだ? あっ」

 自分でいって気付いたみたいだ。コキリ族は成長しない。それを改めて目の当たりにして、リンクは多少なりともショックを受けているようだった。ミドにとってリンクは同じコキリ族で、成長するはずがないと思っているから、大人になったリンクの姿に気づかないのも無理はない。

「……? なんでおいらの名前知ってるんだ? そんなことより兄ちゃん、お前強いんだろ、助けてくれよ!」
「どうしたんだ?」
「サリアが、森がこんな風になっちゃったから、あたしがなんとかするっていって神殿にいっちゃったんだ! 一人じゃ無理に決まってる……あいつ、サリアにべたべたしてたくせに、肝心な時にいないし、兄ちゃんしか頼れる人がいないんだ! 一緒に来てくれよ!!」

 サリア……確かリンクが前持っていたオカリナはサリアから貰ったと言っていた。シークという者の話によると、リンクがよく知る人物ということなので、リンクがべたべたしていたサリアという(恐らく)少女が、賢者だろうとは予想立てる。

「ミド、神殿まで案内してくれ」

 神殿の中に入るということは、恐らく長い時間がかかることだろう。エポナを置いてけぼりにしているのが気がかりだったので、リンクに言う。

「わたしちょっとエポナを連れてきて、リンクのお家のそばに置いておくね。あそこ?」
「うん。あ、俺いってくるよ!」
「そう? ありがとう」

 リンクがエポナを連れて家へと向かう。その間、はミドと二人きりに。

「ミド、っていうんだよね」
「………うん」

 先程までの勢いはどこへやら、なんだか急に緊張しているように見えた。ミドはちらとリンクが駆けていった方を見やる。

「リンク、っていうのか、あの兄ちゃん」
「うん。見覚えあるの?」
「あいつに似てる男で、おんなじ名前のやついるんだ。……ね、姉ちゃんは、名前は」
「わたし? だよ、よろしくね」
「うん……よろしく」

 ミドは今にも消え入りそうな声だ。

「もしかして人見知り?」
「ち、ちがうよ! おいら、大人の女の人なんて見たことねえから、ちょっと緊張してるだけ!」

 半ギレしながらまくしたてられたが、言っている内容が可愛くては思わずニンマリとしてしまう。確か、大人がコキリの森に迷い込むとスタルフォスにされると言われている。だから外界の人間はコキリの森に立ち入らないのだ。と、そこまで考えて、(あれ、もしかしてスタルフォスになるの……?)と不安に駆られるが、きっとコキリの森に外敵が侵入してこないための言い伝えだろう、きっと。と自分を納得させる。

「そっかごめんね。お姉ちゃんはミドと仲良くしたいな」
「……うん」
「サリアとは仲いいの?」
「うん。姉ちゃんは、兄ちゃんと仲いいの?」
「仲良しだよー。お姉ちゃん、お兄ちゃんのこと大好きだから」
「だ、だいすき!?」
「そうよー。だあい――――」
「お待たせ!」

 そうこうしているあいだにリンクが帰ってきた。本人に今のを聞かれてしまっては色々と気恥ずかしいので、 は慌てて口を噤んだ。改めて一行は森の神殿へ向かいはじめた。