最近、インゴーが牧場でいばり始めた。なんでも、魔王ガノンドロフに見込まれて、ロンロン牧場の牧場主になったとか。本来の牧場主であるタロンはそのショックからか、牧場から出て行って行方をくらませてしまった。そのうえ、馬のエポナがガノンドロフに認められ、近日献上することになっていた。
「インゴーさん悪い人じゃなかったのに……最近人が変わっちゃったね」
馬にあげる牧草を準備しながらがポツリと零す。の隣でマロンが「うん……」と暗い返事をする。
「父さんもどこいっちゃったんだろう。まあ、働かない父さんもいけないけどね」
とマロンは同時にため息をついた。このロンロン牧場でマロンと一緒に生活を始めてもう七年になる。今では二人は姉妹のようになっていた。そして七年経ってもまだ元いた世界に戻れる気配もなかった。もともとの年齢にはまだ追いつかないが、それも時間の問題だろう。
この世界にやってきたとき、自分を拾ってくれて一緒に冒険した妖精を連れた緑の男の子がいたが、あの子は今ごろどこで何をしてるんだろう。彼の努力は虚しく、今このハイラルはガノンドロフの支配下にある。ハイラル王はガノンドロフによって殺され、その娘であるゼルダ姫も、死んだと聞く。あくまで噂だが。けれども一部では、ゼルダ姫は生き延びて、ガノンドロフを倒すための軍をつくっているのではないか、と囁く声もある。どちらにしろ、ゼルダ姫の姿を見た者はいない。
「あれ、今日はがカカリコ村に配達と買い出しに行く日?」
「うん、この仕事終わったら行ってくるね」
「いいよーマロンがやっておくから、はカカリコ村にいってらっしゃい」
「え、いいよーちゃんとやるって」
「いいからいいから、いってらっしゃい。いつもありがとうね」
「うーん……ありがとう! この借りはちゃんと返すからね!」
「はーい」
マロンが作曲した、『エポナの歌』を唄うと、エポナが駆け寄ってきた。エポナに乗れるのもあともう何回もない。どの馬も同様に愛しいが、エポナは特に思い出があるため、正直ガノンドロフに献上なんてしたくなかった。エポナを見ていると、脳裏に彼の姿がちらつく。
「カカリコ村にいこうか」
馬車置き場までエポナをつれてゆっくりと向かう。馬車置き場には現牧場主のインゴーが仁王立ちして待ち構えていた。にはインゴーが何を言いたいのか分かっていた。
「なあにインゴーさん」
「、まさか買い出しをエポナでいくつもりか?」
「そうだよ、だっていつもエポナだもん」
「かーっ! ! もうエポナはただの馬じゃねえんだ、ガノンドロフ様に献上するだいっっじな馬なんだから! 買い出しはほかの馬でいきやがれ!!」
「う……いやっ! これが最後にするから、わたしエポナじゃなかったら買い出し行かない! インゴーさんいってきて!」
インゴーは好きだ。けれど最近のインゴーは嫌いだ。だから刃向かう。エポナはもうすぐ献上されるのでここからいなくなってしまう。思い出のともに育ってきた馬だから、思い入れも一入。だから献上されるその日まで、少しでもエポナに乗っておきたいのだ。まさかが食い下がると思わなかったんだろう、インゴーはたじろいだ。
「……くそ、これが最後だからな。ミルクは積んである」
どうやらの勝ちのようだ。インゴーは吐き捨てると、馬車置き場から立ち去っていった。
「よーしエポナ、いくよ!」
エポナに馬車をくくりつけて、牧場から飛び出した。カカリコ村に定期的に行くのは、カカリコ村に買い出しに行くのと、ミルクの配達と、そして彼の消息を聞くためでもあった。けれどもいつ聞いても、彼を見たという人はいない。半ば諦めているのだが、けれども聞かずにはいられなかった。
しばらくエポナを走らせて、橋を渡ると、カカリコ村へと続く大きな階段にやってきた。エポナを馬止めにくくりつけて、馬車に積んだミルクを担いで、は階段を踏みしめていく。
カカリコ村は、七年前に城下町に陥落してから、そこに住んでいた人や商売をしていた人が流れてきたため、七年前と比べると幾分活気が出ている。は配達先にミルクを配り歩き、そして最後に買い出しに向かう。
「こんにちは」
「やあちゃん、いらっしゃい」
馴染みの店主がニッコリと笑いかけてくれる。
「いつも通り、お願いします」
「はいよ。用意してあるから、馬車に積んでおくからね。それよりちゃん、いつも聞いてた人、いるだろ?」
店主の言葉に胸が深く脈づく。
「!! はい!」
「緑の服を着た、金髪で、妖精を連れた男……ついさっきカカリコ村に来たんだよ!」
「ほんとですか!?」
どきどきどきどき、心臓が早鐘を打つ。
「ああ、ちゃんのことを話したらね、牧場へ向かっていったよ」
「わ、わかりました……ありがとうございます!!!!」
もしかしたら入れ違いになってしまったのかもしれない。 は荷物が積み終わるのを確認して、ロンロン牧場へ急いだ。もしかしたら、もしかすると、七年待ってようやく会えるのかもしれない。あのときいなくなってしまった彼に。高鳴る気持ちをエポナも察したのか、上機嫌そうに鼻を鳴らした。
(2011年最後の更新です!よいお年を♪)