無事に水の精霊石を手に入れたので、ゾーラの里を後にし、ゾーラ川を下り、ハイラル平原を歩く。ハイラル城へ向かう途中、リンクはふとデスマウンテンで牧場を見つけたことを思い出し、行ってみないかと提案した。あまり寄り道はよくないとわかりつつも、こんなに早く3つの精霊石が集まるとはゼルダも思っていないだろう。も「行ってみよっか」と頷いて、牧場に向かって歩き出した。
城下町の前を通り過ぎて、暫く歩くと、ついに牧場に辿り着いた。大きな門には“ロンロン牧場”と書いてある。その門をくぐり抜けて歩いていくと、牧場独特の匂いがして、なんだか懐かしい気持ちになる。牛や馬の小屋の前を通り抜けると、大きな放牧場のような場所に出た。何頭かの馬が放牧されていて、その中には、見覚えのある女の子が一人いた。女の子は馬のお世話をしていた。がリンクの肩をぽんぽんと叩く。
「……あれ、あの子、マロンじゃない？」
「ほんとだ！ 行ってみよう」
近づいていくと、だんだんと確信を帯びていく。
「マロン！ 俺だよ！」
「あれ、妖精くんにだ！」
マロンが満面の笑みで迎えてくれた。思わぬ再会に三人の気持ちは昂る。マロンは顔を綻ばせながら言葉を続ける。
「このあいだはありがとう。お父さん、走って帰ってきたよ」
「よかったよかった。マロンの言うとおり、寝てたよ」
が笑うと、リンクも同意するように「そうそう」と言う。すると、そんなリンクに興味があるのか、マロンが世話をしていた馬がリンクに顔を近づけた。
「なんだこの馬、人懐こい」
リンクは馬を撫でつけると、満足そうに鼻を鳴らしている。
「エポナっていうの、でも珍しい！ エポナが人に懐くなんて」
マロンが本当に驚いたように言う。マロンに言われなければ、エポナは人懐こい馬にしか見えない程リンクに懐いている。リンクは「そうなのか」と言い、
「よくわかんないけど嬉しいな」
と笑った。するとマロンが、
「エポナの歌、マロンが考えたんだけどね、この歌を唄うとエポナはとても嬉しそうなの。だから二人に教えてあげるね」
と言った。リンクはオカリナを出して、「教えて」と準備万端だ。マロンは目をつむり、両手を組むと、エポナの歌を口ずさんだ。エポナの歌はどこか懐かしい感じのする優しい歌だった。聞き終えたリンクは、オカリナでエポナの歌を奏でる。マロンは「ばっちりだよ」と微笑んだ。
もう少しロンロン牧場にいたいところだが、ナビィが痺れを切らしてハイラル城へいこう！ と言ったので、マロンとエポナに別れを告げて、ハイラル城へと向かった。
「まさかマロンと出会えるなんて思わなかったね」
「うん！ またいこうな、」
「そうだね」
「と一緒に旅するの、すっごい楽しい！」
『ちょっと、ナビィも一緒ダヨ！』
姫の憂鬱と従者の謀反
「……なあ、気のせいかもしれないけど、ハイラル城が燃えてない？」
「わたしも思ってたの……様子が変だよね」
遠くに見えるハイラル城になにかが起こっている。気のせいだといいのだが、炎上しているように見えるのだ。いやな予感がする。駆け足でハイラル城へ向かう。
近づいていくうちにハイラル城の姿の輪郭がはっきりしてくるが、やはり燃えているようだった。急がなければ、と走って、城下町へと続く橋を渡ろうとした時に、馬が城下町の方から走ってきたので二人は避ける。
「あれは……ゼルダ姫だ」
思わず立ち止まって見つめる。馬に乗っているのはゼルダ姫と、乳母のインパ。二人はこちらに気づいたのだが、止まるわけにはいかないらしく、そのまま走り抜けていった。その際ゼルダ姫は何かをこちらに投げた。それはオカリナだった。リンクは拾い上げると、そこにトライフォースの紋章が刻まれていた。
「どうしたんだろう……」
そんなリンクの背後に、馬に乗った男がやってきた。彼は、いつかハイラル城の中庭でゼルダと共に見たガノンドロフだった。
はこの状況から、今起きていることをなんとなく分かり始めてきた。ゼルダ姫の言ったことは、本当のことだったのだ。少女の杞憂に終わるかと思ったが、今、現実になっている。
はガノンドロフの放つオーラに身体が動かなくなった。人は恐怖に対面した時、身動き一つ取れないというが本当らしい。
「今拾ったものをよこしてもらおうか、小僧」
リンクは拾い上げたオカリナをさっと鞄にしまいこむと、振り返る。
「……、安全なところにいって」
リンクが剣を引き抜いての前に庇うように出て、目はガノンドロフを見つめたまま、少しだけ顔をの方へ向けてそういった。は頷いて、その場から退こうかと思ったのだが、どうにも足がうまく動いてくれない。無理やり足を引きずって、なんとかその場から後ずさる。
「絶対に渡さない！」
が移動している間に、リンクはそう叫んでガノンドロフに斬りかかるが、防がれる。
「俺に刃向かうか。貴様は前にハイラル城で姫さまと一緒にいた小僧だな。……まあいい」
再び斬りかかろうとしたリンクに、邪悪な魔力を集めたような波動を手から放つ。リンクは盾を構えるも、それをもろに喰らい、地面に吹き飛ばされる。するとリンクからオカリナが転がり落ちる。
「ふっ……」
ガノンドロフは下馬してそれを拾い上げると、にやりと口角を釣り上げて、馬に乗ってゼルダ姫の追跡を再開し、走り去っていった。
「リンク！！！」
ようやく身体の自由が効いてきたがリンクのもとへ駆け寄り、倒れているリンクを揺する。
「大丈夫？ リンク、リンク……！」
「ん……、平気か、怪我ない？」
「わたしは大丈夫にきまってるよ……だってリンクが守ってくれたじゃん……！」
「ならよかった。……うーいてて。結構効いたよ」
上体を起こして、苦い顔をした。こんなときにもの心配をするリンクは、なんてやさしい子なんだろう。いつも守られているだけ、守ろうとしてくれるリンクに甘えきっていた自分に嫌気がさす。
「ごめんねリンク」
「なんであやまんの？ なんか悪いことしたの」
「いつも守ってくれて、それでリンクが傷ついちゃってる」
「そんなの当たり前だろ！ のことは俺が守るっていつもいってるじゃん」
にかっと笑ったリンクの太陽のような笑顔に、何度助けられただろう。
は泣き出しそうになるのを堪えて、無理やり笑顔を作ってありがとう、といった。
「でも危なかった。俺はあいつに負けた。が殺されてもおかしくなかった。……くそ！」
「生きてるんだから、いいんだよ」
「今のままじゃあいつに敵わない、それが悔しい……もっと強くなりたい！ のこと、守らなきゃ！」
その気持ちだけでもありがたい。
はリンクをそっと抱きしめて、「ありがとう」と再び囁いた。リンクが突然のことに硬直する。
「……あ！」
慌ててリンクから離れる。
「ん！？ びっくりした、どしたの」
耳元で叫んでしまったため、リンクが目を丸くしている。
「ごめんね、あのね、さっきリンクが吹き飛ばされた跡、オカリナが転げ落ちちゃって、ガノンドロフが持って行っちゃった」
「うそ！ ゼルダがくれたあのオカリナが……あれ、でもある。もしかしたらあいつが持っていったのって、サリアがくれた、今まで使ってたオカリナかも」
トライフォースの紋章が刻まれたオカリナは健在だった。恐らくこれは、あの神話に出てくる時のオカリナで、これで時の神殿の封印を解け、ということなんだろう。と、そのとき、二人の意識が何かに支配される。まるで夢を強制的にみせられているかのような感覚だ。
『リンク、、あなたたちがこれを受け取った時には、すでに私はいないでしょう。その時のために、この調べを残しておきます。時の神殿を開く最後のカギ、時の歌です』
目の前に現れたゼルダ姫は、初めて会った時とのあどけない少女とは全然違う、憂鬱そうな大人びた表情だった。ゼルダ姫の残した調べは一度しか聞いていないのにしっかりと頭に、胸に刻まれた。
「ぜんぶが揃ったね、時の神殿へいこ」
＋＋＋
荒れ果てた城下町のなかにぽつんと建っている時の神殿は、教会のような厳かな雰囲気を醸し出した天井高い建物だった。神殿と入り込むと、内部は平和そのもので、荒れたところなど一つもなかった。戦火を免れたのだろうか。厳粛な雰囲気で、赤いカーペットが敷かれて、その先には祭壇があった。そこには三つのくぼみがある。リンクは今まで集めてきた精霊石を一つ一つ置いていく。そして時のオカリナで、先ほど覚えた時の歌を奏でる。すると祭壇の奥にある大きな扉が、ゆっくりと上へあがっていく。奥の部屋に進むと、一本の剣が眠るように刺さっていた。
「これが聖地へ続く鍵なのかな……」
剣の前でがしみじみと見つめる。この剣にもトライフォースが刻まれている。
「わかんないけど、でも、こいつがあれば、あいつに勝てるかもしれない」
「引き抜くの？」
「うん。いくよ……えいっ！！！」
剣を引き抜いた瞬間、リンクの意識が途切れた。それと同時にリンクとナビィの姿が剣とともに消え去った。