三人の女神様はハイラルの何処かに神の力を持つ“トライフォース”を隠された。その力とは“トライフォース”を手にした者の願いを叶えるものだった。心正しきものが願えば、ハイラルはよき世界となり、逆に心悪しき者が願えばハイラルは悪に支配される。そこで、いにしえの賢者達は悪しき者から“トライフォース”を守るために“時の神殿”を造られた。つまり時の神殿とはこの地上から聖地に入るための入り口だった。その入り口は時の扉と呼ばれる石の壁で閉ざされている。そしてその扉を開くためには“三つの精霊石”を集め、神殿に供えよと伝えられている。さらに必要な物、それが王家が守っている時のオカリナ―――

「つまり、三つの精霊石と、時のオカリナを神殿に備えれば、時の神殿の扉が開いて、聖地に行けるんだね」

 ちんぷんかんぷんといったような表情が前面に出ているリンクを見かねて、それなりに教育も重ねてきたが、いまの話を噛み砕いて説明しなおす。へえ、と呟くリンクは理解できたのかできていないのか、わからない。

「そうです、それから私はこの窓からあの男を見張っていました。西の砂漠から来たゲルド族の首領、ガノンドロフを。今は父上に忠誠を誓っていますが、嘘に違いありません。ハイラルを覆う黒い雲……あの男に間違いありません、私にはわかるのです、あの男の悪しき心が」

 窓から覗き込むと、褐色、というよりは浅黒い肌に赤い髪の、禍々しい顔つきの男が跪いている。彼がそのガノンドロフだろう。隣でリンクが「すげー眉毛」とぼそりと呟いた。確かに、と思った。と、そのとき、ばっとガノンドロフがこちらを見た。反射的にとリンクは窓から顔を離した。

「見つかりましたか? 安心してください、私たちが何を考えているかなんて、いまはまだあの男にはわからないのですから」

 安心させるようにゼルダ姫がいったがの脳裏にはあの男の顔が焼き付いて離れなかった。見るからに悪そうな、恐ろしい顔。

「父上にもお話をしたのですが、信じてくれませんでした。リンク、、あなたがたしか頼れません。私はなんとしてでも時のオカリナを守り抜きます。その間にあなたがたは残る二つの精霊石を集めてください。そしてやつよりも先にトライフォースを手に入れて、やつを倒しましょう」

 ああ、それから……。といって、視線を彷徨わせる。すると、たちの後方を見て、表情を明るくした。思わずとリンクは振り返れば、そこにはいつの間にか褐色の肌に短い銀髪を一つに結った、見るからに鍛えられている女性が現れた。その女性の手元には厚紙と羽根ペンがあり、彼女の醸し出す雰囲気とはなんとも不釣り合いであった。女性はそれをゼルダに渡すと、ゼルダは窓辺で何やらしたためて、そしてそれをリンクに手渡した。

「これをお持ちください。何かの役に立つはずです」

 はたしてこれは少年と少女の大がかりな遊びなのか、それともこれは本当に世界の存亡へ繋がる危機なのか、どちらかはわからないが、にはリンクしか頼れる人がいない。彼についていくしかない。リンクはハイラルの紋の入ったゼルダの手紙を鞄にしまい、顔を上げるとニッと笑った。

「わかった。精霊石は俺が集めるよ」
「よろしくお願いします」

 ゼルダは恭しく一礼をした。こうして精霊石集めの旅が始まった。は「いこっかリンク」と声を掛ければ、リンクは頷いた。

「うん。じゃあねゼルダ姫」
「またお会いしましょう。帰りは、そのものに送らせます」

 先ほどゼルダに手紙とペンを渡した女性が歩み寄った。

「私はインパ、ゼルダ姫様の乳母だ。送り届けよう」
「インパ、あの歌を彼らに教えてくれませんか? きっと旅のお役にたちましょう」
「あの歌、ですか。そうですね、なにか楽器を持っているか?」
「俺オカリナがある」
「わたしはないなあ……」
「でははメロディだけ頭に刻んでくれ。いくぞ」

 インパは口笛でメロディを奏でる。ゆっくりとして、穏やかなメロディがの頭に入り込んでくる。聞き終えた後、忘れないようにちいさく口ずさむ。その横でリンクがオカリナで覚えたてのメロディを奏でる。インパはリンクのオカリナの音色を聞くと、頷いた。

「ゼルダの子守唄……。覚えておくといい。さあ、外へ送って行こう」

 ぱちん、と指を鳴らしたと思ったら、あたりが閃光に包まれて、思わず目を閉じる。次に目を開けたら、そこは城下町の外だった。

「わあ……すごい、ありがとうございます」

 はお礼を言うと、インパは無表情のまま頷いた。

「精霊石を探すんだろう? 一つはゴロン族の住まうデスマウンテン」

 そういってインパが見遣った視線を辿ると、大きな山が聳えている。そこにはゴロン族と言うものが住んでいるのか。どんな種族なのだろうか、と思いを馳せる。

「もう一つはゾーラが持っているらしい。デスマウンテンは少し行ったところにあるカカリコ村の奥にある。私が知っているのはそれだけだ」
「ありがとうインパ」

 リンクは礼を述べる。

「健闘を祈る」

 再びぱちん、と音が鳴って、インパは姿を消した。インパは大人だ。そのインパが真面目な顔で健闘を祈ると言った、ということはやはりこの世界に危機が迫っているのだろうか。それともやはり、子どもの遊びに付き合ってあげているだけなのだろうか。彼女の無表情からはとうとうそれを読み取ることはできなかった。

「よーし、まずはデスマウンテンにいこう!」

 にかっ、と笑ったリンクの笑顔が、無邪気でなんだか好きだった。
 カカリコ村はデスマウンテンへ続く緩やかな山岳を切り立って作った村のようだった。村に入るにはまず、長い坂道を歩いていく。村の入り口門をくぐると、ハイラルの城下町とは違っ、たのどかでゆったりとした時間が流れている村だった。村の高台には大きな風車があり、とても印象的だ。そしてカカリコ村からは、デスマウンテンへと向かう山道の入り口があった。けれど日も傾き、景色は夕方へと移ろいだしている。見たところデスマウンテンはそれなりの高さがある山岳のため、今から登っては日が暮れてしまうだろう。はリンクに提案する。

「もう日も暮れてしまいそうだし、今日はここで少し休まない?」
「確かにそうだね。誰かの家に泊めさせてもらえるかな」
『恐らく旅人向けの宿があるはずダヨ。そこでお金を払えば泊めさせてもらえるヨ』

 ナビィの言葉に、はふとお金がないことに気づく。

「ナビィ、わたしお金持ってない」
『ルピーならリンクが持ってるから大丈夫ダヨ!』

 ルピーと言うのは、この世界の通貨のことだろうか。ここは甘えてしまっていいのだろうか、と思案するも、それ以外方法がない事もまた事実だ。申し訳ないが、ここは甘えさせてもらうことにしよう。村を探検すると、小さな宿屋を見つけて泊まらせてもらうことになった。いくつも部屋があるようなものではなく、大きな部屋にベッドがいくつも置かれていて、そのベッドを二つ使わせてもらう形だ。とはいえ、宿泊客は少ないらしく、今日のところはとリンク以外はいなかった。簡単な夕飯を食べて、風呂に入ると、あとは寝るだけだ。消灯の時間まではまだ時間があるため、それまでの時間、ベッドの上で二人はまったりと話をしていた。大人用のベッドは、子どものにとってはとても大きく感じる。

「明日はデスマウンテン登るし、飲み物とか食べ物とか、色々買って行ったほうが良いかもね」

 の言葉に、リンクは「そうだね」と眠そうな目を擦っている。

「リンク、眠いならもう寝ようか」
「眠くなんてない」

 口ではそういうが、顔には眠いですと書いてある。は可愛いなあと思いつつも、もとても疲れていることに気づく。起きたらこの世界にいて、リンクと出会って、お城の中に忍び込んで、精霊石を見つけることになって……色々なことが起こった一日だった。

「わたしは眠いなぁ。少し早いけど、明日に備えてもう寝ようかな」
が眠いならしょうがないか。俺も寝るよ」

 早速目を瞑ったリンクに、は思わず笑みを零す。「おやすみ」と声を掛ければ、リンクは閉じていた瞳をゆっくりと開いて、「おやすみ」と言った。

+++

 翌朝、宿でご飯を食べて、登山に向けて旅支度を進めると、村のはずれにあるデスマウンテンへの登山口に向かった。登山口には門があり、門番がいたのでこの先に行きたいことを伝えると、魔物が出るため、通すわけにはいかない言われた。確かに門番としても、保護者もいないような子ども二人が今から魔物が出る山へ行こうとしていたら、止めるだろう。が門番なら勿論止める。しかし、ここを通らなければ精霊石が手に入らないのも事実だ。リンクは食い下がる。

「俺、戦えるから平気だよ!」
「魔物は強いし、時折大きな岩が山道を転がり落ちてくるんだぞ。それの下敷きになったら、君たちはぺらっぺらの紙みたいに押しつぶされてしまう。怖いぞぉ」

 リンクは一瞬、ペラペラになった身体を想像したのだろうか。顔を引き攣らせたが、そんな想像を振り払うように頭を振って、「平気だ!」と拳を握る。はふと、門番の鎧にハイラルの紋が入っていることに気付いた。と言うことは、この門番はハイラルの兵だと言うことだ。は昨日貰ったゼルダの手紙を思い出す。

「ねえリンク、ゼルダ姫からもらった手紙を見せたらどう?」
「ん? ああ、いいよ。これ、見てよ」

 リンクは鞄からゼルダの手紙を取り出して、門番に見せると、門番は手紙とリンクとを見比べて訝しんだが、最終的には「そういうことなら……」と渋々頷いた。

「姫さまはまた変な遊びを始めたもんだなあ」

 ううむ、やはり子どもたちの遊びなのだろうか。門番はゼルダの手紙をリンクに返すと、門を横に引いて、登山口に入れてくれた。
 デスマウンテンの登山道は当然舗装なんてされていない道で、は心底困った。それに門番の言う通り魔物も出て、襲い掛かってくるたびにリンクが退治をしてくれた。それから地響きがしたと思ったら、大きな岩がゴロゴロと転がってくる。“デス”マウンテンというだけあり、一筋縄ではいかない登山であった。
 途中が根をあげて何度か休憩を挟みながらも、急こう配の山道を何とか進んでいく。ふと景色を眺めれば、カカリコ村がもうずいぶんと下になっていることに気付く。は嬉しくなって、リンクの名前を呼ぶ。

「ねえ見て、カカリコ村がもうこんなに離れたよ。それに、ハイラル城があんな小さい」
「ほんとだ! 高いところに来ると、色んな景色が見れるんだ」
「あそこに牧場みたいなのがあるね」

 の指さす先には、平原の真ん中に大きな牧場が見えた。

「牧場って何??」
「牛とか馬とかがいるところだよ。……ね、ナビィ?」

 この世界の常識がのいた世界の常識とは限らないため、急に不安になったはナビィに確認する。

『そうダヨ! 城下町で会ったマロンがいるのはあそこの牧場かもネ』
「マロンか、父さんに会えたらいいけどなー」

 リンクが言い、はふと思たことを口にした。

「そういえば、リンクのいたコキリの森は、ここから見える?」

 リンクは視線を巡らせて、指さした。そこにはとても遠いが、草原の先に森があった。

「多分、あっちの方。木がたくさん生えてるところだと思う」
「そっか。遠いところからきたのね」
はどこからきたんだろうね」
「……ね。どこなんだろう」

 休憩を終えて再び歩き始めると、漸くデスマウンテンの頂上が見えてきた。もう登り道はないかわりに、洞窟のようなものの入り口が待ち構えていた。洞窟の中は薄暗く、先がよく見えない。
 意を決して洞窟を進むと、壁にかかった松明に明かりが灯っている。火を使える種族がこの先にいると言うことだ。ゴロン族だろうか。とはいえ、足元は薄暗いため、足元に気を付けながら慎重に歩き続けると、一気に広い場所へとやってきた。

「……わっ、すごい高い」

 は今いる場所の高さに驚いて、思わず後ずさりする。たちが今いる場所から見えるのは、この洞窟内はドーナツのような形になっていて、それが三層重なっている。たちが今いる場所は、一番高い三階に当たる場所だった。
 それから、この洞窟内では絶えず地響きが鳴り、地面が小刻みに揺れている。

「ごろごろ地響きみたいな音も聞こえる……なんかこわいよここ」

 もしや噴火? なんて頭をよぎって、は心もとなくなり、思わずリンクの近くに寄る。リンクは安心させるようにの肩を叩いた。

「安心して、俺がついてるって。ね?」
「ううう……」

 自分よりもちっちゃい子に励まされるとは。まあ、今は自分とそう変わらない年齢だがなんだか情けなかった。

「なんだお前ら? ニンゲンか??」

 突然横から会話に入ってきたのは、茶色いボディの、まるで岩のような生物だった。服は着ておらず、大きくてつぶらな瞳と、大きくせり出たお腹が特徴的だった。ぎょっとしてとリンクは言葉がつまった。

『これが、ゴロン族ネ』

 ナビィがそんな二人を見かねて、説明をする。これが、デスマウンテンに住まう“ゴロン族”とやららしい。てっぺんのがたまねぎみたいな頭になっていている。

「ニンゲンがこんなところに何の用だゴロ?」
「ええと、わたしたち、精霊石を探していて……」

 おずおずとが言えば、「おお」とゴロン族は目を見開いた。

「そうゴロか。ならオラについてくるゴロ。ダルニアの兄貴のところに案内するゴロ」

 こんなに簡単に案内してもらえるとは思わず、拍子抜けしつつも、すたすたと歩き出したゴロン族についていく。その間、ゴロン族は様々なことを教えてくれた。ゴロンシティ、と呼ばれているこの場所は、その名の通りゴロン族の住まう集落らしい。ゴロン族は岩のように丸くなってゴロゴロと転がるのが特技らしく、この常に響いている地鳴りはゴロン転がっている音とのこと。そしてゴロン族というのは、普段岩を食べているのだが、最近その食用岩を採掘する洞窟に異変が起きた。その洞窟に巣食うドドンゴという魔物がガノンドロフによって凶暴化させられてしまったのだ。なのでその洞窟に食べにいけないらしい。
 ゆえにこのゴロンシティに住まうゴロンたちは、ただいま空腹によるイライラに苛まれているらしい。

「なら、そこらへんにある岩を食べればいいんじゃないの?」

 リンクの問いに、ゴロンはふっ、と口元を釣り上げた。

「オラたちはグルメなんだゴロ、そんじょそこらの岩なんぞ食えないゴロ」

 この期に及んでなにをいうか! というの突っ込みは、もちろん心の中だけである。