「坊主やお嬢ちゃんがくるようなところじゃないんだ、お母さんと出直しといで」
「俺どうしてもこのお城のお姫様に用があるんだってば!」
「それにわたし見た目より大人ですよ!」
「お姫様にどんな用事なんだい? そうだなー大人だなあ。はっはっは」
「いま、大変なことが起こってるんだ!」

 ハイラル城へと続く城門の前で、門番を前にきゃんきゃん喚くが、門番は半笑いのまま、まるで取り合ってくれない。そりゃあそうだとなと思う反面、あまりに警備が暇で、こんな子どもで暇をつぶしているのだろうか、と思う。でなければ普通こんな子ども二人組、すぐにつき返すだろう。よほど平和なのだろうかこの世界は。だとしたらとてもいいことだが、リンクの話を聞く限りそうでもないはずだ。勿論、リンクの子どものお遊びなだけかもしれないが。
 門の向こうのハイラル城は、午後の柔らかい日差しを受けて平和そうに佇んでいた。

「リンク、出直そう。らちが明かないよ」
「おっお嬢ちゃん、らちが明かないなんて難しい言葉知ってるんだねえ」
「でも――――」
「……ほら、いこいこ!」

 は尚も食い下がろうとするリンクの手首をつかんで、無理やり門から離れて行った。大きな隔壁に沿って歩き、角を曲がったところでリンクの手を離し、ふう、と息をついた。

「リンク、お城にはきっと用がある人じゃなきゃ入れないんだよ」
「でも俺、用事あるよ」
「門番さんは信じてくれないよ。でもお姫様は信じてくれるよ、きっと。だからどうにか門番の目をかいくぐってこの中に入って、お姫様に会いに行こう」

 お姫様にも馬鹿にされたらそのときはそのときだ。

『あ、このツタ、登れそうじゃない?』

 ナビィの声がする方を見ると、壁にツタが這っていて、上の方まで伸びている。ためしに引っ張ってみると、頑丈そうだ。

「お城につながってるかも! 登ってみよう!!」

 さすが森育ち、リンクは一目散にツタをのぼり始めた。も後に続いてツタをのぼる。身体が重くて無理かと思ったが、思いのほか軽くてひょいひょいのぼれる。大人の身体と子どもの身体は全然違うなあ。なんて思いながらも、あっという間にツタをのぼりつめ、待っていてくれたリンクと一緒にその先に続いている道を行く。

「門、越えられそうだね」

 どうやら門を超えたところまで壁が続いていた。ここから飛び下りれば恐らく門を超えて城内の敷地に入ることができる。しかし見たところ結構な高さだ。イチかバチかの賭けだが、身体がびびって賭けに出ることが出来ない。が、リンクは違った。

「やったラッキー!」

 といってすっと飛び下りて行った。我が目を疑った瞬間だった。たん、と軽快な音でリンクが地表に降り立った。明るい笑顔のリンクがこちらを仰ぎ、手招きする。うう。どうしよう。リンクが小さな手を精一杯広げて、大丈夫! とアピールをしている。

「……もおー!」

 観念して飛び下りる。胃の浮く感じと、声にならない悲鳴がのどの奥で暴走する。そして襲い掛かる落下の衝撃。それは想像したほど痛くなく、うっすら目をあけると、リンクが下敷きになってくれたみたいだ。

「ごっごめん!!」

 急いで退くと、リンクは太陽のような笑顔で「怪我はない?」と逆に気遣ってくれた。なんとできた男なのだろうか。はこの小さな少年に、胸がきゅんとなったのを感じた。

「ないよ、ありがとう、リンク」
「よーし、じゃあいこー!」

 たたたっと軽快に駆けだすリンクに慌ててついていく。現在は門の中に入ることに成功し、城の庭のようなところに侵入が成功した。その先にはハイラル城がある。庭の中にも衛兵がいたが、その目をうまくかいくぐってどうにかこうにか城の目の前近くの生垣に身をひそめる。城の周りには鉄柵がめぐらされていて、その奥にある門には当然のように門番が両側にいた。さすがに門から堂々と入ろうとしたところで、捕まってしまうのは目に見えているので、他にどこか城内に進入できるような場所がないか捜す。
 すると、ハイラル城の周りには堀がめぐらされているようだった。端まで行くと衛兵の姿は見えなくなったため、二人は鉄柵の隙間からするりと入り込む。小さい子どもの特権と言うところだ。堀に近づいてみると、水路が流れていた。水路の脇には舗装された道ができており、この道を通っていけば水路を移動できそうだ。
 そこを歩いていると、水路の水の出所までたどり着いた。水は城の中から出てきていて、水の出てくる穴が、自分の身長よりも少し高い位置にあいていた。侵入するとしたらこの穴だが、いかんせん今いる場所では自分たちが潜り込めるかどうかわからない。

「ちょっとあがってみようか」

 はそう言うと、周りに衛兵がいないことを確認して、水路からあがる。すると、少し先に牛のマークの木箱があった。ひと先ず身を隠すために木箱の近くに向かおうとすると、木箱に身体を預けて眠っている、全体的に毛の濃い男がいた。いびきがうるさい上に鼻ちょうちんをつくっている。は鼻ちょうちんと言うものを初めて見た。
 牛のマーク、牛乳、配達……もしや、と先ほどのマロンの言葉を思い出した。この方は、マロンの父親かもしれない。はリンクの顔を見る。

「もしかしてこれ……マロンのパパ?」
「全然似てない……」

 リンクが呆然とつぶやく。

「おきてくださーい」

 ゆるゆる揺するが、大きないびきは止まることを知らない。
 今度はリンクが容赦なく揺すると、鼻ちょうちんが破裂して、マロンパパは飛び起きた。

「むあ!? なんだーおまえらあ」

 やけにゆっくりとした喋り方だ。

「マロンのパパですか??」
「ん〜そうだあ〜よ、タロンだあ。……って、すっかり寝ちゃっただあよ!! マロンに怒られるー!!!」

 大慌てでタロンは駆けて行った。取り残されたとリンクとナビィは、沈黙に包まれるが、やがてはっと我に返り水の出所を見ると、水路の周りに舗装された道があったように、水の噴出口の両脇は舗装されていて、小さな子どもだったら入ることが出来そうな四角い穴になっていた。そこに飛び移ればなんとか入れそうだ。

「よーし、、俺についておいで!」

 リンクが助走をつけて水路の向こう側に飛び乗る。続いても飛び乗って、二人は穴に潜り込んだ。暫く進むと、読み通りハイラル城の内部に入れた。

「いってみよう」

 少し声をひそめたリンク。はうなづいて、彼の後ろをついていった。城の中には衛兵がいて、ぐるぐるとルーチン作業のようにまわっていた。衛兵の目を盗んで城の奥へと進んでいくとついには中庭にやってきた。中庭は楕円形になっていて、壁に沿って水路が二股に分かれて流れている。暖かい光が降り注ぎ、花々咲き誇っているリンクは中庭を見て、ぽつりと呟く。

「建物の中に外みたいなところがある」
「中庭、っていうんだよ」

 中庭の一番奥には、三段ほどの小さな階段があり、その先にはガラス窓があり、そこから何かを眺めている人の後姿があった。背恰好はリンクたちと同じくらいだ。姫なのだろうか、判断がつかない。どこかに潜める物影がないか探そうと思った矢先、その人はゆっくりと振り返ると、二人の存在に気付いて怯えたように目を見開いた。

「あ、あなた、誰なの? どうやってこんなところまで……」

 見たところ女の子のようだ。少女はナビィの姿を認めると、「妖精?」と呟き、言葉を続ける。

「そしたら……あなた、森から死者なのね。近くに来てくれませんか」

 言われた通り、リンクたちは中庭を恐る恐る歩いていき、階段の下までやってきた。少女は階段を下りてきて、対峙した。

「森の使者ならば、森の精霊石……緑の石を持っているはずです」

 少女が、首をかしげた。

「私、夢を見たんです。暗黒の空に一筋の光が差し、その光のもとには緑の石を掲げた少年と少女が妖精を連れて現れると……」

 少女とは、自分のことだろうか。彼女の予知夢はすでにの存在を暗示していたらしい。今日やってきたばっかりなのに。

「俺はリンク。緑の石ってたぶん、このコキリのヒスイかな」

 リンクはに見せようとした時と同様、無造作に取り出して、少女に見せた。

「私はゼルダ。この、ハイラルの王女です。リンク、そして……」
「あ、です」
、精霊石を持つあなたがたを信じて、これから王家だけに伝わる神話をお話します」