びっくりするくらいなんもない平原だった。見える景色はひらすら続く大地と木々。そして自分がなぜこんなところにいるか見当もつかない。昨夜はいつも通り自分の部屋で寝たはずだ。ということは、起きても自分の部屋にいるのが普通である。でも、目覚めたら、この平原にいた。しかも寝るときに着ていた寝間着ではなく、のよく着る動きやすいお気に入りの服を着ていて、靴もきちんと履いていた。けれどほかには何も持っていなかった。
 しかし、そんなことよりも驚くことがあった。なんと。小学生くらいの小娘になってしまったのだ。手のひらをみて、その小ささに驚き、何もかもが小さくなっていることに気付いて愕然とした。一体全体、どうなってしまったんだろう。

「……はあ」

 本日何度目のため息だろうか。この世界に降り立った時には地表からあまり離れていなかった日も、もう真上にまで到達している。
 最初はとりあえず状況を知りたくて、辺りをうろちょろもしたが、いくら進んでも何も見当たらないので、体力を温存する意味でもおとなしく木陰で座ることに決めてから、平原でひたすら座り続けるは、ほかの人間が通るのを待っていた。

「あれっ! 木の後ろに誰かいる。どうしたの?」

 自分でもびっくりするくらいの早さで振り返る。突如かけられた声は後方からで、振り返った先にはいまの自分と同じくらいの年齢の緑の服を着た少年がいた。髪は金髪で、耳まである前髪をセンターで分けている。瞳は海みたいに美しい碧で、鼻はつんと尖っている。外国の少年のようだが、なんと耳が尖っていて、耳だけで言えばエイリアンみたいだった。は立ち上がり、少年と対峙した。

「あの! わたし! 遭難してまして!!」
「そうなん?? って、なに、ナビィ」
『遭難っていうのは、迷子みたいなもの! もう、リンクってばなんもしらないんだから』

 水色の火の玉に羽根が生えた不思議な生き物が“リンク”と呼ばれた少年のそばを飛んでいる。虫? それとも火の玉? 地球では見たことのない生き物であることは間違いなかった。声にならない悲鳴が喉の奥まで上がったが、どうにか呑みこんだ。

「そうなんだ、俺と一緒に来る?」

 リンクの言葉が、神の言葉のように感じた。この平原で野垂れ死ぬ前に出会うことが出来て良かった。何と人がいるところに連れて行ってもらえるかもしれない。

「えっいいの?」
「もっちろん! 俺、リンク。きみは?」
「わたしは、だよ。よろしくね」
『ナビィよ! よろしくね!』
「火の玉はナビィっていうのね、へぇ……」
『しっ失礼ね! ナビィは妖精なのヨ??』

 リンクと一緒に歩いているうちに、いろいろなことを喋った。見た目は子どもだが中身は大人なは、ちいさい子の相手をしている感覚だが、向こうからしたら同世代の子を相手にしているつもりなのでとても好都合だった。なんの警戒心もなしに、たくさんのことを喋ってくれた。辛い過去も、まるで他人の不幸かのような語り口で喋る。
 リンクはコキリの森、という大人にならない子どもたちだけの集落で過ごしていて、そこでは一人に一匹、ナビィのような妖精がつくのだが、なぜかリンクにはいつまで経っても妖精がやってこなかった。ほかの子たちには半人前扱いされていたのだが、つい最近ナビィがやってきた。
 ある日、デクの樹というコキリの森の守り神に呼びだされていくと、なんとデクの樹は呪いをかけられてもう先が長くないという。自身の中に巣食う魔物を倒してくれ、とリンクに頼み、見事リンクは魔物を倒すが、時すでに遅し。デクの樹にかけられた呪いは、デクの樹の命を奪ってしまった。
 デクの樹が死に際に放った言葉は、リンクはコキリの森の人間ではない、ハイラルの人間であること。デクの樹に呪いをかけた男は、聖地へ行こうとしていること。ハイラル城には神の子といわれているゼルダ姫がいて、彼女に会ってほしいということ。そしてリンクが、その男を止め、ハイラルを救う希望だということ。
 本当にゲームや漫画の中の世界のような話だった。これが子どものお遊びならばいいのだが、火の玉改めナビィような地球に存在しない存在が、非現実的であるがゆえにこの世界を現実的にさせる。つまりわたしは、その変な世界の住民になってしまったのか。

「そんでこれが、デクの樹さまが俺にくれた石」

 鞄から無造作に取り出したのは、緑の綺麗な、宝石のように輝く石。触れよ、といわんばかり、突き出された。そんな大切な宝物を、初対面の人間に警戒心をいただくことなく見せてくれるところに子供らしさを感じたが、ちょっと危ない、とも思った。

「ありがとう。なくさないようにしまっておきな」

 は石には触らずに言うと、リンクは不服そうだ。

「いいの、触らなくて?」
「うん、ありがとうね」

 もしわたしが、その呪いをかけた奴だったらどうするの? そんな野暮な質問は心にしまっておく。この清らかな心がずっと持っていてほしいと言う気持ちもあった。
 リンクは出したときと同様、無造作にしまいこんだ。

「てわけで、俺はハイラル城にいくんだ。はどうしてあんなとこにいたの?」
「わたしは……気付いたらあそこにいたんだ。だから、リンクについていってもいい?」
「そっか、ソーナンだもんね! いいよ! 俺もナビィと二人って少し窮屈だったんだ! ナビィってすっごい口うるさいんだもん」
『なにヨ! 失礼しちゃう!』
「ふふふ、よろしくね」

 可愛くて素直な男の子だなあ、と思った。
 自分の知らない全くの異世界に飛んできてしまったという自覚はまだないが、知らない単語の数々、ナビィの存在、リンクの話を真実だとすれば、ここはの知らない世界であるという結論に行きつく。けれどどこか頭が認めていないのは、恐らくまだ実感がわかないから。
 まあ、いいや、暫くこの世界を楽しんでみよう。時がたてば元の生活に戻るだろう。それはそれでかまわない。子どものころに終わってしまった冒険のような日々がまた過ごせるなんて、素敵じゃないか。自分が楽観的な性格でよかった、と感じた。
 暫く歩いて行くと、日が真上から若干地表へ傾き始めた時にハイラル城へと繋がる城門までやってきた。隔壁の周りには水路が張り巡らされていて、そこに橋が架かっている。この橋を格納すると、門になり、中には入れなくなるような仕組みのようだった。
 とリンクは橋を渡り、ハイラル城の城下町に足を踏み入れた。石畳を敷き詰めた道の上を、沢山の人が行き交っていた。露店が軒を連ねて、そこで人が買い物をしたり、談笑をしていたり、とにかく賑やかな街並みだった。
 リンクは立ち止まり、城下町を見渡した。

「へえー人がいっぱいだ」
「そうだねえ、すごいがやがやしてるね」

 は人混みが嫌いだが、いままで森で育ってきたリンクには人混みという現象に初めて出会うため、嫌いも何も人の多さに興味深々らしかった。

「しかもみんな大人! 大人って、本当にいるんだあ」

 すごい発言だ。子どもだけの集落で育ってきただけある。コキリ族って、どうやって生まれてきたんだろう。どうやって育つんだろう。先ほど言っていた、デクの樹さまとやらに、まるで実のように成るのだろうか。だとしたらデクの樹さまが亡くなってしまった今、コキリ族は滅亡への道を………

「あれ、俺とおんなじ子どもだ」

 ぴゅーんと駆け寄っていくリンクのあとを慌ててついていくナビィと。リンクの駆けて行く先には、確かに背丈が同じくらいの女の子がひとりで佇んでいた。明るいオレンジ色の髪の毛をセンターで分けていて、腰辺りまで伸ばしている。きなりの可愛らしいワンピースを着た女の子で、彼女は駆け寄ってきたリンクに気づいた。リンクは「やあ」と手を挙げて、言葉を続ける。

「ここで何してるの」
「マロンはね、お父さんを待っているの。お父さんったらお城に牛乳を届けてから戻ってこないのよ。きっと、寝てるんだわ。困った大人」

 マロンはリンクの近くにふわふわと漂っているナビィに気づくと、目を見開いた。それから遅れて到着したの姿を見て、嬉しそうに顔を綻ばせた。

「まあ、妖精を持っているのね。それに女の子だわ。わたし、マロンっていうの。マロンは人間のお友達がいないの、だからお友達になってくれるかな?」

 マロンと言う女の子もまた耳が尖っていた。と、いうより、よく見ると道行く人みんなが耳が尖っていた。リンクはにかっと笑って自己紹介をした。

「俺はリンク。いいよ、友達になろう!」
「わたしは、お友達になろう。ねえ、なんでここの人はみんな耳が尖っているの?」
「ハイリア人はね、神様の声が聞こえるように耳が尖っているんだって。妖精くんは尖っているけど、は尖っていないのね。可愛い」

 にこにこというマロンがとてもかわいい。それにしても人間の友達がいないって、どういうことなんだろう。とは思うが、深く聞くほどはしなかった。

「俺、これからお城に行くんだ。だからもし、マロンのお父さんにあったら、俺が起こしとくよ」
「ほんとう? お願いね」
「うん! じゃあいこうぜ、ナビィ。じゃあねマロン!」

 城下町の探検をそこそこに、人混みを抜けてお城のほうへと向かった。