佐為が消えたらしい。
何の前触れもなく、まるで風につれてかれてしまったように不意に。
ヒカルが血相を変えてわたしの家までやってきて知らせてくれた。
佐為がいそうな場所捜すから、も手伝ってくれ、ともいわれたので、わたしたちはそれぞれ佐為を捜し始めた。

佐為のことが見えたのはわたしとヒカルだけだった。
だからわたしとヒカルは自然と仲良くなっていったし、佐為とも当然仲がよかった。
そしてあの麗人のことが、わたしは男性として本当にだいすきだった。幽霊だとかそんなことは全く関係なかった。

その彼が、消えた。
厳密に言えば消えたわけではない。いなくなったのだ。
ちょっと家出しただけかもしれない。ちょっと思うことがあって旅行に出たのかもしれない。

―――かもしれないのに。
なんでだろう、こんなにも踏み出す足が震えるのは。心が震えるのは。
佐為が消えたなんて、決まったわけじゃないのに。

いまわたしは、はじめて佐為とデートに出かけた近所の公園にやってきた。
ヒカルにナイショで夜に一緒にここにやってきたんだけど、そのときの月がまたほんとうに綺麗で。
けれど月よりも隣で目を細めてそれを見ていた佐為の方がもっと綺麗で。わたしはその横顔に暫く見惚れちゃったんだった。

「佐為。」

名前を呼んでみる。
もとよりあまり人気のないこの公園には佐為はおろか誰もいなくて、わたしの声は虚しく静寂に吸い込まれた。
わたしはブランコに座りこむと、ゆらゆらと小さく揺られてみる。揺れるたびにギィギィ不平を言うブランコを無視して
本格的にこぎはじめた。あのときもわたしひとりが頑張ってブランコをこいでて、佐為が不安げにオロオロしてて、
「危ないですよ!」なんてわたしを止めようとしていたっけ。けど、その佐為は今日はいないんだ。
わたしは急に虚しくなって、こぐのをやめる。

「いつ、くるのかなぁ。」

べつに約束なんてしてないけど。

ヒカルはどこを捜してるんだろ。はじめて出会ったおじいちゃんの家の蔵。これまで一緒に歩んできた場所。
きっと血眼で捜してる。わたしはただ待っているだけで、捜さなきゃとは思うんだけど、わたしにはここで待っていることしか
できない気がする。わたしは一緒にいたわけでないから、彼との思い出はあまりない。彼とわたしだけの唯一の思い出がここ。
そう考えるとやっぱりさみしいな。
もっと一緒にいたかったよ。
急すぎるよ。
まだ気持ちだって伝えてないのにな。

帰ってきたら、ヒカルがきっとうーんと怒ってるはずだから、わたしは一言だけですませてあげよう。
なんていおう。

「心配したんだから。」
「もう二度とこんなことしないでね。」
「どこいってたの?」

――ううん。

「佐為が、だいすき。」

きっと佐為に会ったら、怒りなんてどこかへふっとんで、きっと愛情だけが残るんだと思う。
なくしたことで気付いたんだ。こんなにも佐為を好きだったんだって。
それなのに、消えてしまったらこの行き場のない愛情はどうなってしまう?
お願いだから帰ってきて。お願い、お願いだから。

「―――あ。」

気付けばあのときとおんなじ、綺麗な月がわたしを見下ろしていた。

「佐為を、待ってたのにな。」

月を待っていたわけじゃないんだ。