彼女の姿を見たとき、心臓の辺りが熱くなって、一瞬で忘れていた事が蘇ってきた。目まぐるしく、まるで走馬灯のように思い出すたくさんのこと。 時の流れと共に、思い出の中だけの人となり、やがてその思い出も色あせていき、輪郭もわからないほど滲み、ぼやけて、ゆっくりと佐為の中から消えていった。その彼女を、を見た瞬間、何もかもを取り戻した。手を握った感触だとか、耳をくすぐる甘い和歌。何度も重ねた唇の感触。もう自分はとうに死んだのに、まるで生きているように、ドキドキする。 『、』 その昔、恋人だった彼女の姿が、声が、笑顔が、何もかもが、と似通っていて、戸惑いが隠せない。幸いヒカルはそういうことには疎いので、何も気づかれなかったが、あのときの自分は尋常じゃないくらいあせっていた。 『』 夜の帳が下りた外の景色を窓越しに眺めて、ため息をついた。 平行線の行方 「祐輝、私たち、下校まで一緒になったね」 朝の光が通学路を照らす。家が近所の三谷とは、登校を共にしていた。今までは三谷が囲碁部で帰りが遅くなるので、一緒にいくのは登校するときだけだったが、が囲碁部に入部した事により下校も一緒になった。そのことは、三谷にとってもにとっても好都合なことだった。 「……めんどくさい事になったぜ」 「またあ、照れちゃってさ?」 イタズラっぽく笑い冗談を口にするが、あながちそれは嘘ではなった。三谷は幼馴染であるの事を昔から好きだった。だが、所謂“好きな子の前だと素直になれないタイプ”の三谷は、そんなこと口を裂けても言えるわけがない。その代わり口走るのは思っている事と正反対のことばかり。素晴らしい口だ。 「……バカ」 「なんでよー」 胸の中で密かに燃え続ける恋の炎は、気づかれることなく小さく燃え続ける。 +++ その日の授業もなんとなく終わって、賑やかな放課後になる。友達と別れの挨拶を交わしながら、は理科室へ向かう。 はやく部活がやりたくて、うきうきする。途中、三谷の存在を思い出したが、今更引き返すのも面倒なので、構わずそのまま理科室へ向かう。 (ヒカルもういるかな?) がら、と理科室のドアを開けると、既にヒカルが昨日を指南していた場所に座っていて、に気づくとひらひらと手を振って迎え入れた。佐為もその隣で可愛らしい笑顔を浮かべて手を振っている。 「よっ。待ってたぜ」 「ヒカル、佐為、お待たせ」 鞄を適当な場所に置いて、ヒカルの目の前に座る。既に碁盤と碁石が用意されていた。佐為はヒカルの隣に立っていて、今日見てもやはり美しいものは美しかった。これが幽霊だなんて、には到底信じられなくて、実は触れるんじゃないか、なんて思う。確かめるために佐為に触れようと思ったが、触れようとして触れられなかったら嫌なので、あくまで思っただけ。 「昨日ので囲碁の基本的なルールはわかったよな?」 「うん。要は陣地とりだよね?」 「そっ。じゃあ今日は実際にやってみよーぜ」 「ええっ。でも、わたし無理だよ。打てないよ」 が首を横に振ったところで、理科室の扉が開いた。やってきたのはあかりと三谷だった。 「おお、早いね〜」 「、先に行くなら、いくって言えよ」 「ごめん。すっかり忘れてた」 「……お前なあ」 少し怒ったような三谷に、あくびれもなく答えたには、三谷の怒りもどこかへ消えてしまう。なんだかんだでの事を許してしまう甘さは、昔から消えなかった。 「ねえねえ、三谷君とって、付き合ってるの?」 あかりがニヤニヤと笑いながらたずねると、三谷が過剰に驚きを露にした。が、のほうはそうでもなく、手をひらひらと横に振る。 「ないない。それはないよ」 の緩やかな否定に、三谷はこれまた過剰に落胆の色を示した。 「わたしたち、幼馴染なの。ね?」 「……おう」 今はただ、の笑顔が痛かった。心臓が抉られたように痛かったが、知らん振りを決め込む。 |