いよいよ運命の日がやってきた。アレクサンドルとは今、煌めきの都市を遠く見つめていた。美しい宝石たちが幾重にも重なり合い都市を造り上げている様子がとても美しく、遠目からでも感嘆のため息をついてしまう。隣のアレクサンドルは緊張で押しつぶされてしまいそうな面持ちで煌めきの都市を見つめている。

「大丈夫です」

 の言葉を聞いて、彼女の視線に気づいたアレクサンドルが力ない笑顔を浮かべた。

「大丈夫です」

 再度言うと、「ありがとう」といい、ふいと視線をそむけた。

「……不思議な感じだ。誰かに支えられているなんて」
「これからはずっとわたしがいます。不思議に思うのは今だけですよ」

 “これからはずっとわたしがいます。”この言葉に一番心が躍っているのはほかでもない自分で、大好きなアレクサンドルの支えになれているのが嬉しかった。実際になれているかどうかはわからないが。少なくとも、傍にいることは許されている。それだけでも幸せなことだ。

「いこう」

 今度は穏やかな笑顔だった。



change the world



 話は事前に蛍姫にしてあったので、煌めきの都市から珠魅がすべて出て、都市の入り口に集まっていた。近くで待機していた二人のもとに蛍姫がやってきた。

「いよいよですね」
「蛍姫さま……」

 しおらしい表情のアレクサンドルに、蛍姫がくす、と笑った。

「こんな頼りない表情をするアレクなんて久々に見ました。そんな表情をしてはさんまで心配してしまいますよ」
「いっいえ」
「そうですね、しっかりしないと」
「ふふ。そろそろ時間です、いきましょう」

 場所に近付くにつれてどよめきが大きくなっていく。それがさらに緊張を増幅させた。とアレクサンドル、蛍姫の姿が皆の前に現れると、どよめきが一層激しくなった。

……)

 瑠璃が黙って三人の様子を見つめる。言葉は何も出てこなかった。

「静まってください」

 蛍姫の声に、一斉に珠魅はしんとなった。アレクサンドルと蛍姫は目を合わせて、うなづきあった。

「みんな」

 アレクサンドルは膝を折り手を地面についた。

「本当に、本当に、申し訳ないことをした。蛍姫様を助けたい一心で、涙を流せぬ珠魅たちに復讐と称し、核を奪い、滅亡の寸前まで追いやってしまった……とても、独りよがりだった。あのときの私は、それしか道がないと思っていた」

 悲痛な顔で叫び、額をじりじりと地面に打ち付けた。

「申し訳ありませんでした……!」

 そんな様子を見ていられなくて、今すぐ彼のもとに走り寄って何か言いたい衝動に駆られるが、すぐにそれはだめだと気付き口をきゅっと結んだ。ここで自分が邪魔してはいけない。

「許してほしいとは思わない、けれど、謝りたくて……! どんなことを言われても、どんなことをされても、受け入れる」

 しん、と静寂に包まれた。誰も、何を言えばいいかと考えているようだった。

「……俺は」

 静寂を破ったのはラピスラズリの騎士。瑠璃は土下座をしているアレクサンドルの前に出て、言葉をつづけた。

「俺はアンタを許すつもりはないぜ」
「……」
「アンタは俺たちだけでなく、のことまで傷つけた」
「その通りだ……」

 顔を上げたアレクサンドルがうなづいた。

「だがな、は俺たちだけでなく、そんなあんたを救ったんだろう」
「……ああ」
「すべて壊れてしまったが、がすべてを直してしてくれた。そのがあんたを許している。そうだろ?」

 ゆっくりと瑠璃がのほうを見る。

「うん」
「……許すつもりなんて、なかったんだ。でも、がそういうのなら俺は、許す。が許せるなら、俺も許せる。そしてここにいるすべての珠魅がきっと同じ気持ちだ」

 が見渡すと、珠魅はみな瑠璃に同意するように頷いていた。最後に隣の蛍姫に目をやると、彼女は穏やかに微笑んでいた。

「……ありがとう」

 アレクサンドルが泣きだしそうな顔で笑った。

「本当にありがとう」

 もう一度、感謝を述べる。瑠璃がアレクサンドルのもとへ歩み寄り、すっと手を差し伸べた。戸惑うアレクサンドルに、照れくさそうな瑠璃が「ほら」といって無理やりアレクサンドルの手をとり彼を立ち上がらせた。
 のちに珠魅の歴史に残る、愛と復讐と救いの物語はこうして幕を閉じた。




 蛍姫とが煌めきの都市の探検にいってしまったので、残った瑠璃とアレクサンドルは煌めきの都市に新しくできた喫茶店に足を運んだ。この二人でお茶をするなんて、何とも不思議な感じだ。瑠璃はコーヒーを一口飲むと、アレクサンドルに改めて問うた。

「あのとき、いっていたな。“俺にを幸せにできるかわからない”、と。今でも変わらないか」
「……正直なところ、わからない。言い切ることもできない。だが、俺のことをは救ってくれた。今度は俺の番だ。俺が、を、幸せにする。いや、幸せにしたいんだ」
「そうか。でも、隙があったらすぐにでも奪うからな。覚悟しておけよ」

 そういって瑠璃はふっと笑った。対するアレクサンドルは奪われる様子が想像されたのか、一瞬固まる。だがすぐに表情を崩して、

だけは渡せない」

 ときっぱりと言い放った。

「一度諦めたものが今、俺のすぐそばにいる。そうそう譲れないさ」
「俺だって譲れない。まだ、これからだ」

 争いなら何度だって経験した。けれどこんなに平和な争いは初めてだ。世界は、変わったのだと感じた。